57/94
3
夕立の名残がまだ地面に残る校舎裏の階段。
雨上がりの匂いが、ほんの少しだけ冷たい風に混じっていた。
夕陽は傾き、廊下の窓ガラスが金色に光っている。
階段の踊り場で、奏は肩から鞄を下ろして息をついた。
その隣に、部活帰りの北條が立つ。手には、冷えた水筒。
「ほら、飲めよ」
「え……あ、ありがとう」
水筒を受け取ると、冷たさが掌に沁みた。
口をつけた瞬間、喉の奥に残るのは微かな金属の味と、夏の終わりの気配。
北條が階段の手すりに背を預け、奏の顔を覗き込む。
「最近、無理しすぎじゃない? 顔、疲れてるよ」
奏は笑ってみせる。
「……そう見える?」
「見える見える。ちゃんと肩の力抜けよ。
お前、何でも一人でやろうとするだろ。
周り、もう少し頼っていいんだって」
軽い調子の声。
けれど、その“優しさ”が、どこか遠くから届いてくるように感じた。
「……ありがとう」
そう言いながらも、自分の声が空の中に溶けていくのがわかる。
どこにも響かず、誰にも届かないような“ありがとう”。
――“頼っていい”って言葉は、確かに優しい。
でも、ほんとうは。
その言葉を、“言われたい人”は、別にいるのだ。




