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そのとき、
屋台の赤い灯の向こうで、手を振る影があった。
「――あれ、藤原?」
振り向くと、北條が氷の袋を片手に立っていた。
肩にはタオル、浴衣の上からでもわかる快活な雰囲気。
人混みのざわめきの中で、彼の声だけが不思議とまっすぐ届いた。
「一人?」
「ううん、今ちょっとはぐれちゃって」
奏が答えると、北條は軽く笑い、
持っていた紙袋を持ち直した。
「重いだろ、それ。持つよ」
「え、でも――」
「いいって。部活でお世話になってるし」
その言葉の調子には、
押しつけでも、気遣いの裏もなかった。
ただ“当然”のように差し出された手。
奏は一瞬だけためらい、
それから小さく息をついて紙袋を預けた。
「……ありがとう」
そう言って笑った顔は、
どこか解けるようにやわらかかった。
その笑みは――透にも、まだ見せたことのない“力の抜けた笑顔”だった。




