4.委員決めの瞬間:ズレの種
自己紹介が一巡し、教室の空気が少しゆるんだ。
黒板の端に書かれた「クラス委員・係決め」の文字。
担任が笑顔でマーカーを手に取り、軽く言う。
「じゃあ、委員……やってくれる人、いる?」
その声に、教室が一瞬で静まる。
誰かの笑い声が途切れ、紙をめくる音だけが残った。
透はペンを指で転がしながら、
この“沈黙の時間”を知っている気がした。
毎年、同じ。誰も手を挙げない。
誰かが空気を読んで動くまでの、あの間。
後ろの席から、男子の冗談交じりの声が上がった。
「佐伯くんでよくね? なんか落ち着いてるし」
教室の空気が、ぱっと笑いに変わる。
透は苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。
「……まあ、いいですよ」
その一言に、担任が安心したように頷く。
いつも通りの“波風立てない受け答え”。
それで済むと思っていた。
だが――
「じゃあ、私もやります」
明るい声が、ほとんど間を置かず響いた。
それは透の言葉の終わりを待たない、
まっすぐで、はっきりした声だった。
教室の視線が、そちらに向く。
藤原奏。
少し前の席、整った姿勢のまま、
手を上げた彼女の表情には迷いがない。
透はわずかに息を止めた。
(……早い)
彼女の声が出た瞬間、
まるで“次の一手”をすでに読んでいたような速さだった。
そこに計算も躊躇もない。
ただ「やる」と決めた瞬間には、
もう行動に移っている――そんな動きだった。
「助かる、ありがとう。じゃあ、佐伯くんと藤原さんで」
担任の声がそれを確定させる。
拍手が起こり、すぐに次の話題へと移る。
だが、透の耳にはその音が少し遠く感じられた。
(……何だろう、この感覚)
悪い気分じゃない。
むしろ、どこか落ち着かない。
自分の中の“時間”が、彼女の一言で少しだけ乱された。
奏の方を見ると、彼女はもうプリントを取りに立ち上がっていた。
肩に光が落ち、髪が小さく揺れる。
(決めて、動いて、次に行く。……そういう人なんだ)
透は、窓の外に視線を移した。
桜の花びらが風に乗って舞い上がり、
彼の胸の中にも、形にならない何かがふっと浮かんだ。




