開幕 ― 文化祭準備の始まり(7月初旬)1.任命の瞬間
一瞬の静寂が、教室を包んだ。
「――藤原と三上、頼んだぞ。」
担任の言葉が空気に沈む。
その瞬間、奏は小さく目を瞬かせた。
まるで時間の流れが一拍、遅れたようだった。
クラスメイトの視線が一斉にこちらへ向かう。
ざわめきの奥で、紙の擦れる音が微かに響く。
「……分かりました」
自分の声が、思ったよりも静かに響いた。
でもその中には、わずかな“緊張”と“決意”が滲んでいる。
この瞬間、彼女の中で何かが固く結ばれた。
隣の席から、透が軽くうなずく。
「一緒にやろう。頼りにしてるよ」
笑みを含んだ、柔らかい声。
深刻さを避けるように、あえて軽やかなトーンで。
それは場の空気を和らげる一言だった――
はずなのに、奏の胸にはどこか違う響き方をした。
(……“頼りにしてる”って、そんな簡単に言えるんだ)
(でも、言われた以上は……ちゃんと応えなきゃ)
指先が無意識に、机の上のプリントを強く押さえる。
その白い紙の上に、夕陽が差し込み、影が滲む。
一方、透はそんな彼女の横顔をちらりと見て、
(無理しないでほしいけど……たぶん、もう構えてるんだろうな)
と、胸の奥でつぶやいた。
――二人の思考は、交わらないまま、同じ一点を見つめていた。
黒板の中央に書かれた文字。
「展示+カフェ」。
“見せること”と“交わること”。
その二つの言葉の間に、まだ気づかれていない溝が、
静かに生まれ始めていた。




