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『その手を言葉にできたら』 ― 行動でしか伝えられない彼女と、言葉でしか繋がれない彼 ―  作者: 南蛇井


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3.ざわめきの中の観察

ざわついていた教室が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

担任が来るまでの“間”――。

誰もが新しい空気に馴染もうとするように、

ペンを回したり、友人の名を呼んだり、

どこか落ち着かない音が教室を満たしていた。


「おい、どの部入る?」「今年は野球やばいらしいぞ」

後ろの席で男子たちが軽口を交わす。

透は曖昧に笑って頷きながらも、

心のどこかでその会話をすり抜けていた。


視線は、無意識に斜め前へと向かっている。


藤原奏。

さっき見た名簿の文字が、

今、現実の姿を持ってそこにいる。


彼女は席に腰を下ろし、

プリントの端に小さなメモ帳を広げていた。

左手でページを押さえ、右手でさらさらと文字を書く。

音を立てず、けれど、確かに“何かを進めている”気配がある。


光が窓から差し込み、彼女の髪に触れる。

細い毛先がきらりと光を弾き、

そのたびに透の目がそこに引き寄せられる。


(……動きに、無駄がないな)


そう思った瞬間、

自分が人の“動き方”をこんなに意識して見ていることに気づいて、

少しだけ戸惑う。


奏のメモ帳の文字は、

透の席からでもうっすらと見えた。

整った字。

余白を大きくとって、必要な言葉だけを並べている。


「委員」「名簿」「配布」――

小さな文字が並び、それ以上は何もない。


(書くことが目的じゃないんだ。行動のためのメモ、か)


その手際のよさに、どこか“大人”を感じる。

同じ年齢のはずなのに、時間の流れ方が違う人のようだった。


クラスの笑い声がまた少し大きくなる。

透は窓の外を見た。

校庭の桜が、風に揺れて波のようにざわめいている。


その向こうで、

奏のペンが止まり、そっとページを閉じた音がした。


ほんのかすかなその音が、

なぜか透の耳の奥にだけ、鮮明に残った。

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