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4.ちいさな会話の流れ
柚希がパンをかじりながら、透の手元をのぞき込んだ。
「じゃあ、なに読んでるの?」
透はページに目を落としたまま、少し考えるように答える。
「日常の話。誰も特別じゃないけど、ちゃんと心が動くような」
その声音には、穏やかな確信があった。
ありふれた一日を、丁寧に見つめるような人――奏はそんな印象を受けた。
「……そういうの、静かだけど優しいですよね」
思わず漏れた自分の言葉に、奏は少しだけ頬を染める。
透は顔を上げ、柔らかく笑った。
「うん。……藤原さんもそういう感じする」
「え……?」
一瞬、意味を飲み込めずに瞬く。
すぐに柚希が吹き出した。
「なにそれ、口説き文句?」
透は、少しだけ肩をすくめて。
「いや、観察です」
その淡々とした返しが、かえって冗談めいて聞こえた。
奏は笑いながらも、胸の奥で何かが小さく跳ねるのを感じる。
(観察……?)
(そんなふうに見られてたのかな)
風がベンチの足元を通り抜け、桜の花びらを一枚だけ巻き上げた。
それが、彼女の膝の上にそっと落ちる。
その瞬間、昼の光がいっそう柔らかくなったように見えた。




