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『その手を言葉にできたら』 ― 行動でしか伝えられない彼女と、言葉でしか繋がれない彼 ―  作者: 南蛇井


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2.奏の登場:動く音

そのとき、教室のドアが静かな音を立てて開いた。

金属の軋みが、ざわめきの隙間に細い線を引く。


差し込んだ光の中に、ひとりの女子生徒が立っていた。

逆光に包まれて輪郭が淡く揺れる。

春の風が入り込み、彼女の肩の上に小さな桜の花びらを一枚、そっと乗せた。


「失礼します」と、小さく会釈。

声は高すぎず、穏やかで、耳に触れてすぐ溶けるようだった。


彼女は教卓前まで歩み寄り、座席表をのぞき込む。

指先で名前をたどり、目的の席を見つけると――

透の斜め前、窓際寄りの席に鞄を置き、

静かに椅子を引いた。


金属脚が床を擦る音が、ひときわ澄んで響く。


新しいクラスのざわめきがまた戻る。

笑い声、自己紹介の練習、ペンの音。

その中で、彼女だけが少し違っていた。


誰かに話しかけるでもなく、黙々と動いている。

名簿の束を整え、教卓の上に無造作に置かれたプリントを人数分に仕分け、

黒板の端に転がっていたチョークを拾い、元のケースに戻す。

どれも誰に頼まれたわけでもない、けれど、放っておけなかったのだろう。


その動きには、ためらいがなく、呼吸のような自然さがあった。


透は、そんな彼女の背中を何気なく目で追っていた。

淡い光の中で、髪がゆらりと揺れる。

肩先の桜の花びらが、ふと落ちる。


(……なんか、忙しい人だな)


胸の中で、言葉にならない感想が生まれる。

何を頼まれたわけでもないのに、もう動いている。

まるで、“言葉の前に動く人”。


その印象だけが、透の心に静かに残った。


窓の外で、風が一度だけ吹いた。

その音が、彼の小さな思考の終わりを告げるように教室を通り抜けた。

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