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3.ズレと理解の始まり
奏は、透の言葉を聞いて小さく首をかしげた。
「……読んでるのに?」
問いかける声は、ほんの少し戸惑いを含んでいる。
透は、ページの上に視線を落としたまま、ゆっくりと考えるように言葉を選んだ。
「本は静かに喋ってくれるから」
その言葉が、春の風に乗って届く。
何でもない昼休みの空気の中で、それだけが少し異質に響いた。
柚希が、吹き出すように笑った。
「なにそれ、詩人みたいじゃん」
奏もつられて、ふっと笑みをこぼす。
けれど心の奥では――
(変な人……でも、悪い感じじゃない)
彼の言葉は不思議だった。
けれど、どこかで“わかる気がする”自分がいた。
静かに喋るもの――それは、彼の中では本だけじゃなく、
この風や、この時間そのもののことを言っているような気がした。
透は、そんな奏の笑顔を見て、ほんの一瞬だけ息を止めた。
(……この人、笑うと声のトーンが軽くなる)
(話さなくても、風の音みたいに伝わってくる)
桜の花びらがひとひら、二人の間を横切った。
その淡い瞬間だけ、言葉よりも静かな“会話”が生まれていた。




