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「昼休みの交差点」1.導入:春風の中庭(時間:昼休み)
中庭の空気は、まだ春の名残を含んでいた。
桜の花びらがほんの少しだけ風に残り、芝生の上でゆるやかに回転して落ちていく。
新緑が陽を受けて透け、草の匂いと一緒に、昼休みのざわめきを包み込んでいた。
透はベンチの端に座り、本を開いていた。
校舎の向こうでは、笑い声や靴音が混じり合っている。
けれど、ここだけは音が遠い。
ページの端が風に持ち上がる。
透は親指でそっと押さえ、文字の列に視線を戻す。
風が吹くたびに紙が鳴り、そのたびに心が静かになっていく。
「――この時間がいちばん落ち着く。」
声にならない独り言が、胸の奥でゆっくり流れる。
「声のない世界に、意味だけが残る感じが好きだ。」
本の中の言葉も、風の中の静けさも、
どちらも“喋らない”という点で、透にとっては同じだった。
ただ世界の音がやさしく遠ざかっていくその中で、
ひとりの時間が、確かにかたちを持ちはじめていた。




