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5.象徴と余韻
外の風が、やわらかくカーテンを揺らした。
白い布がふわりと膨らみ、光を含んで、また静かに戻る。
そのたびにチョークの粉が舞い上がり、金色の粒となって空中を漂った。
透は机に寄りかかりながら、その光景を見ていた。
さっきまで書かれていた文字はもうどこにもない。
けれど、黒板の上には、何かがまだ“残っている”ように感じられた。
“黒板を消す”――
それは、過ぎた授業を終わらせ、言葉を一度空に戻す行為。
けれど今日のそれは、ただの“終わり”ではなかった。
消したあとの黒板には、確かに“余白”があった。
そこに、まだ誰も知らない何かが書けるような、そんな余白が。
奏もまた、窓際から黒板を見つめていた。
視線の先で、透とふと目が合う。
どちらも何も言わない。
ただ、夕陽の反射が二人の瞳の奥でゆっくり重なった。
何も書かれていない黒板。
けれど、その静けさの中に、
“これから”の輪郭だけが、確かに存在していた。
春の教室に満ちるのは、終わりの静けさではなく、
はじまりの予感――。
そしてその余白の上で、透と奏の物語は、音を立てずに動き出した。




