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『その手を言葉にできたら』 ― 行動でしか伝えられない彼女と、言葉でしか繋がれない彼 ―  作者: 南蛇井


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4.象徴シーン:黒板を拭き終える

透は黒板消しをそっと置いた。

布の擦れる音が止まり、教室の空気が静止する。


真っ黒になった黒板の表面には、わずかな水跡が線のように残っていた。

夕陽の光がそこに反射して、細い金の筋が浮かび上がる。

さっきまで言葉で満たされていた場所が、いまは何も書かれていない。

それでも、なぜか“満たされている”ように見えた。


奏は手を止め、その光景を見つめながら小さく言った。


「きれいになりましたね」


その声は、春の風みたいにやわらかく透に届く。


透は黒板に視線を残したまま、少しだけ口元を緩める。


「うん。なんか、これから何か書けそうな気がする」


黒板の奥に、これから始まる日々の気配が透けて見えるようだった。


その言葉に、奏は思わず顔を上げ、透の横顔を見た。

窓から差す光が彼の頬を照らし、睫毛の影を長く伸ばしている。

頬のあたりに反射した夕陽の色が、ほんの一瞬、彼の輪郭をやさしく包む。


胸の奥が、かすかに熱を持った。

それが何の感情なのか、まだ言葉にはできない。

ただ、心のどこかで確かに芽吹くものがあった。


(――この人の“静けさ”は、嫌いじゃない)


その想いが、春の光の中でそっと根を張りはじめた。

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