3.沈黙の共有
透は再び黒板に手を伸ばし、静かに布を滑らせた。
黒板消しが動くたび、淡いチョークの粉がふわりと宙に舞う。
光を受けた粒子が、まるで小さな星のように空中で揺れていた。
奏は窓際で、整えた机の角を指先でそっと合わせている。
その横顔の視線は、無意識のうちに透の背中を追っていた。
彼の動きはゆっくりで、どこか丁寧だった。
まるで、一文字ずつ時間を消していくように。
教室の中には、時計の秒針の音だけが響く。
カチ、カチ――。
その規則的な音に合わせるように、二人の呼吸がゆっくりと重なっていく。
誰も話さない。
けれど、その沈黙は重たくなかった。
むしろ、静けさの中に柔らかい温度があった。
奏はふと、思う。
――“静か”という言葉の中にも、こんなにいろんな音があるんだ。
布のこすれる音、風の動く気配、そして、もう一人の呼吸。
不思議と、寂しいとは感じなかった。
ただ、誰かと同じ時間を共有しているという事実が、心の奥でそっと温かかった。
透は黒板の隅に残った小さな「3」の数字を拭いながら、
目に見えない何かが確かに通っていることを感じていた。
(言葉を交わさなくても、伝わることがある――)
布を離すと、黒板は真っ黒になった。
新しい一日を待つかのように、何も描かれていない空間が、夕陽の残照を静かに受け止めていた。




