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2.展開:透のひとり言
透は黒板の端まで拭き終え、ふと手を止めた。
残った白い粉の輪郭を眺めながら、ほんの少しだけ息をつく。
そのまま、夕陽に照らされた黒板を見上げて、ぽつりと呟いた。
「こういう時間、好きなんだ」
声というより、呼吸の延長のような音だった。
誰かに聞かせるつもりもなく、ただこぼれ落ちた言葉。
教室の空気が、その一言をやわらかく包み込む。
時計の秒針の音が、遠くで小さく刻まれている。
奏は窓際で、机の端に手を置いたまま動きを止めた。
一瞬だけ、返す言葉を探すように視線を下ろす。
「こういう時間?」と聞き返しかけて、やめる。
代わりに、少し笑みを浮かべて小さく答えた。
「……静かで落ち着きますね」
透はその声に振り向かず、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
それだけのやり取り。
けれど、二人の間に流れる空気が、すこし軽くなった。
窓の外の光がやわらぎ、教室の影がゆっくりと伸びていく。
まるでその短い会話が、静けさの中に溶けていくのを確かめるように。




