第7話 先生にご報告
ブラックムーンベアの親子が無事に森の奥へと帰っていくのを見届けたあと、
私たちは緊張の糸が切れて、その場に座り込んだ。
子供が泣いていた時点で、こうなることは予想できていたけれど…
本当にそうなるとは思っていなかった。
だから、誰もケガをしなくて本当に良かった。
「リオラさん、皆が無事で何よりでしたけれど…
どうして弟さんが急に?
それに、弟さんまで魔物と心を通わせることができるなんて、初耳ですわ!」
「確かに…今まで弟がこんなふうに飛び出してきたことはなかったよな?」
「レオンさんには、隠された特技があったということでしょうかねぇ…。」
「それは…わたくしが一番知りたいですわ…」
皆が無事だったことに安堵しながらも、セレナたちは突然現れたレオンについて私に訊ねてきた。
それはね、私が一番知りたいのよ。だって何も知らないんだから。
そう心の中で呟きながら、私はレオンに何が起きたのかを訊ねた。
「ねぇ、レオン。どうしてあなたは突然わたくしの前に現れたの?
今までこんなこと、なかったですわよね?」
「うん。僕も驚いたんだ!今日は父上から剣術を習う日でね、お庭で稽古をつけてもらっていたの。
そしたら急に、頭の中に姉上の“助けて―”って声が聞こえたんだ。
その瞬間、体が急に光って、気づいたら姉上のところにいたの。
すぐに状況が分かったから、僕はお母さん熊に向かって“手を出さないで!”って言ったんだ!」
「…うん。全くもって分からないですわね。」
「リオラさんの弟ですから、特別なものを持っていてもおかしくはありませんが…
わたくしには、まるで理解ができませんわね…」
「レオンにも分からないってことか…。何がどうなってんだ?」
「一度、学院で調べてもらった方が良いかもしれませんね。
特別なスキルを身につけているのかもしれませんよ。」
「スキル…?僕、何も持ってないけどなぁ?」
レオンは一生懸命、何が起きたのかを説明してくれたけれど、
私たちには、まったく理解できなかった。
すると、ミカミが学院でスキルを調べてもらったらどうかと提案してくれた。
確かに、学院にはスキル鑑定ができる先生がいるはず。
そこでこの子のスキルが分かれば、話が早い気がする。
あ…というか、おじい様に見てもらえばいいんだわ!
「レオン、今度おじい様が家に来られた時に、鑑定していただきましょう。
そうすれば、あなたの特別な何かが分かるかもしれませんわよ。」
「ミレニスおじい様!僕、おじい様大好き!」
「そうね。あなたは本当に、ミレニスおじい様とマルタおばあ様が大好きですものね。」
話の途中で、ミレニスおじい様に鑑定してもらえば一番早いと思いついた私。
それを伝えると、レオンは嬉しそうに笑った。
この子は、小さなころからミレニスおじい様とマルタおばあ様に溺愛されて育ったせいもあり、二人のことが、本当に大好きなんだよね。
「確かに…学院長にお願いすれば、すぐに分かりますわね!」
「それが一番確実だろうな。早いうちに見てもらった方がいい。」
「そうですね。一度きちんと鑑定していただき、レオンさん自身もその力を認識された方が得策かと思います。」
「そうだよね。よし、じゃあ次の休みにお戻りになるから、鑑定していただきましょうか、レオン。」
「うん!いいよ!そのあとはおじい様たちと遊んでもいい?」
「ええ。好きなだけ遊んでもらいなさい?」
確か、ミレニスおじい様はこの学院で一番の魔法士だったと記憶している。
だから、おじい様に鑑定してもらえれば、一発でレオンの能力が分かるはず。
もし特別な力があるのなら、レオン自身にもきちんと自覚してほしい。
今回はたまたま私の元に飛んできたから良かったけれど。
もし違う場所に飛ばされて迷子にでもなっていたら、それこそ大捜索の旅が始まってしまう。
そうなる前に、きちんと自覚させておかなくちゃ。
そう思いながら、また大きな魔獣が現れてはいけないと、私たちは急ぎ足で森を引き返した。
でも…この森に、ブラックムーンベアなんていたっけ?
明日、先生に報告してみよう。
この森は一般の人たちもよく利用する場所だし、
もし出会う魔獣が、あの熊さんだったら…それはさすがにマズい気がする。
そんなことを一人で考えながら、私は静かに森をあとにした―…
◇
翌日―
「失礼します。」
「お入り。」
ガチャ―
パタン―
「どうしたんじゃ?珍しいのう、リオラ。」
「おじい様…いえ、ミレニス学院長。ご報告がございます。
他の先生方もいらっしゃるようですし、一緒に聞いていただけますか?」
いつも通り早めに登校した私は、一目散におじい様のいる学院長室へと向かった。
昨日の一件を報告しておかなければと思い訪れたけれど、タイミングよく先生方が3人ほど来ていたので助かった。
「おはようございます、リオラさん。」
「おはよう、リオラ。何か困ったことでもあったのかな?」
「リオラちゃんは朝が早いよねー。おはよ!」
一番に挨拶してくれたのは、メガネをかけた黒髪の女性はルミナス・アリア先生。
生徒一人ひとりに寄り添ってくれる優しい先生。
困ったことがあればすぐに駆けつけてくれる、先生の鏡のような存在。
ただし、怒らせると鬼より怖い。
次に声をかけてくれたのは、知的で落ち着いた低音に、時折ゾクッとするような狂気や色気が混じるような声の持ち主のモリーナ・テイラー先生。
紫色の髪と瞳が特徴で、女子生徒の人気ナンバーワン。
魔法使いよりも上の魔法士であり、この世界に3人しかいない特級星魔法士、通称Astral Masterの一人。
全属性の魔法を自在に操る、非常に優秀な先生。
そして最後に声をかけてくれたのは、オレンジ色のふわりとパーマがかった髪をした元気な先生、マイロ・ベリル先生。
明るく能天気で、その性格が女子生徒だけでなく男子生徒にも人気。
ノリだけで生きているような、そんな面白い先生。
「リオラ。何があったのか話してごらん?」
「ええ。実は昨日、マナの森でブラックムーンベアの親子を見かけましたの。
朝、ノアが泣いている子供を見つけたのですが、その時は急いでいたこともあり、種類までは分からなかったようです。
ですが、放課後にもう一度その場所へ行ってみたところ、そこにいた子供を見て、ブラックムーンベアだと判明しましたの。」
ミレニスおじい様と先生方が揃っていたおかげで、一度に報告できて助かったと思いながら、私は昨日の出来事を丁寧に話した。
すると、先生たちの表情が少し曇り始めた。
やっぱり、あの森には本来いないはずの魔獣だったのかな。
「…A級魔獣だな。あの森に、そこまでのクラスの魔獣はいなかったはずだが…」
「珍しすぎじゃない?ここ最近、そういうのなかったよね?」
私の話を聞いたモリーナ先生とマイロ先生は、やはりあの森には本来いないはずの魔獣だと言った。
そして、最近はそういった事例も起きていないと話し、
何か異変が起きているの?
そんな不安が、ふと頭をよぎった。
「あなたたち、怪我はないのよね?」
「ええ…。母熊とお話をしましたから…。なんとか、分かっていただけて事なきを得ましたわ。」
その不安を打ち消すように、ルミナス先生は私たちの怪我を心配してくれた。
弟の話をするわけにもいかず、魔獣と対話して無事に解決できたと伝えると、
ルミナス先生はホッとした表情を浮かべてくださった。
「さすがですね、リオラさん。魔物と心を通わせることのできるスキル“神獣の絆”があって良かったです。」
「神獣の…絆…
あ…なるほど…はい。そうですわね。このスキルは、わたくしにとってとても大切なスキルですわ。」
ルミナス先生の口から飛び出した“神獣の絆”という言葉に触れられた瞬間、
それが自分の特別なスキルだったことを思い出した。
私は、生まれながらにしてこのスキルを所持していた。
そして、初めて能力を鑑定した時、ミレニスおじい様がとても驚いていたことも今、鮮明に思い出した。
このスキルは、世界的に見ても非常に珍しく、政治的に利用されてはいけないとされている。
だからこそ、鑑定された際には記録に残らないよう、ミレニスおじい様によって隠蔽されていたほど。
それほど貴重なスキルだから、私はずっと“自分だけのもの”だと思っていた。
なのになぜかレオンは、ブラックムーンベアと対話ができた。
一体、どうして…?
このことを、今ここにいる先生方にも話すべきだろうか?
それとも、おじい様と二人きりの時に相談した方がいいのか…
そんなことを、頭の中で考えていた―…




