第4話 ルミステリア魔導学院
翌朝―
「緊張しすぎて眠れなかった…」
昨日は一日、記憶を取り戻すために時間を費やした。
日記を読み漁るうちに、私はルミステリア魔導学院で仲良しの友人が3人いたことを思い出した。
ページをめくるごとに少しずつ記憶が戻り、誰が友達だったのかもはっきりしてきた。
これで今日はひとまず安心…と思っていたのに、なぜか妙な緊張感が抜けず、気づけば空が明るくなっていた。
コンコンッ―
「失礼します。」
「どうぞ。」
ガチャ―
「おはようございます、リオラお嬢様。よく眠れ…なかったようですね。
夜更かしされたのですか?」
「おはよう、ミント。何故か緊張して眠れなくて…」
重たい体を起こしてぼんやりしていると、部屋の扉がノックされた。
ミントは私の顔を見るなり、眠れなかったことを見抜いて心配そうな表情を浮かべる。
カーテンを開け窓を開けると、朝の爽やかな風が部屋中に入り込み、なんだかとても気持ちがいい。
「お嬢様でも緊張されたりするのですね?いつも自信に満ちていて前向きですのに。」
「緊張はするよ、やっぱり。ドキドキしてるんだから!」
風を感じながら気持ちを落ち着けていると、ミントが少し笑いながらそう言った。
記憶が戻る前の私は、きっと何事にも臆することなくやり遂げるタイプだったみたい。
今の私とは、ちょっと正反対かもしれないな…なんて思っていると、再び扉がノックされ、ゆっくりと開いた。
「姉上?」
「レオン!おはよう。どうしたの?」
開いたドアの隙間から、ひょっこりと顔を出したのは弟のレオン。
子犬のような瞳で私を見つめながら、トコトコと部屋の中に入ってきて、
そのままギュッと私に抱きつき、顔を胸元に埋めた。
なにこれ…可愛すぎるんだけど?!
「姉上が学院に行く道中は、僕がお護りしますから!」
「え?」
「僕は姉上の騎士なんだからね!」
「レオンー…!」
レオンは「僕は姉上の騎士だから」と言って、離れようとしなかった。
そうね、レオン。あなたはいつも私を守ってくれていた。
誰彼構わず全員が敵だと思って吠えまくってたけど…。
「レオン。着替えたら朝食室に行くから、先に行って待っていてくれる?」
「分かりました!早く来てくださいね、姉上!」
レオンの懐き具合に、私はふと愛犬レオンのことを思い出して、少しセンチメンタルな気持ちになる。
でも、レオンという名前の子には好かれる運命なのかしら?
そんなことを考えていると、ミントが嬉しそうに言った。
「レオン様は、本当にリオラお嬢様が大好きでいらっしゃいますね。
幼い頃から、姉上とくっついていらっしゃいましたもの。」
「小さな騎士さんは、とても可愛らしいわよね。」
「ええ。でも、わずか5歳で突然旦那様に“剣術を習いたい”だなんて言い出した時は驚きました。
その理由が“リオラお嬢様の護衛がしたいから”と。」
「そんなこともありましたわね。しかもレオンは、その筋がとても良いとお父様がおっしゃっていましたわ。
才能って、いつどこで開花するか分からないものよね。」
ミントがレオンの話をしてくれたおかげで、あの子が生まれた時からの記憶がふと蘇った。
思い返せば、レオンの名前は私が名付けたのだった。
彼が生まれた時、お母さまに「名前を考えてみる?」と聞かれ、私は咄嗟に「レオン」と答えていた。
その記憶を思い出した瞬間、私は無意識のうちに“レオン”との繋がりを求めていたんだなと、静かに実感した。
「さて。お着替えも済ませましたし、朝食室へ参りましょう、リオラ様。」
「ええ。ありがとう、ミント!」
センチメンタルな気持ちを引きずりながら、私はミントと共に朝食室へと向かった。
今日から、いよいよ新学年。2年生になる私を、いったい何が待ち受けているのだろう。
不安もあるけれど、少しだけ楽しみな気持ちもあって複雑な感情が入り混じる、一日の始まり。
ルミステリア魔導学院。
どんな場所だったのか。
どこまで記憶が戻るのか。
そのことで、頭の中はいっぱいだった―…
◇
「いってきます!」
朝食を済ませ、制服に着替えた私は、ゼノお兄様とカイルお兄様と共に馬車へ乗り込んだ。
もちろん、護衛としてレオンも一緒に付いてきている。
どうやら私たちは学生寮には入っておらず、毎日馬車で学院へ通っているらしい。
公爵家ともなれば、学生寮には入らないものなのかな?
そんな素朴な疑問が頭に浮かんだけれど、さすがに聞くにはまぬけすぎて口には出せなかった。
そんな中、お兄様たちが私に声をかけてくれた。
「リオラ。今日から2年生に進学するわけだけど、何か困ったことがあれば、すぐに僕たちに言うんだよ。」
「そうだぞ。もし万が一いじめられたりしたら、すぐに言えよ?お兄ちゃんが懲らしめてやるからな。」
「ふふっ。お兄様方、ありがとう。何かあったらすぐに相談しますわね!」
「…今日はやけに素直だなぁ。」
ゼノお兄様もカイルお兄様も、私のことを心配してくれていて、何かあればすぐに言うようにと優しく声をかけてくれた。
リオラはとても大切にされて育っていたんだなぁ…と実感しながら頷くと、二人は少し驚いた様子。
私、何か変なこと言った?
そう思っていると、隣にいたレオンが私に言った。
「姉上はいつも、お兄様たちがいなくてもわたくしなら大丈夫ですわ〜!って言うのに!
今日はとっても素直ですね!どちらの姉上も素敵ですよ!」
「え?そ、そう?」
レオンの言葉に、頭の中にハテナマークが浮かぶ。
リオラって、どういう性格だったんだろう?
心配されても、心配させないように強がるタイプ?それとも…ツンデレ?
そんな疑問が湧いて、私は思わず苦笑いしてしまった。
リオラの性格、謎すぎる…。
でも、今は前世の私が表に出ているから、今まで通りにはいかない気がする。
墓穴を掘らないようにしなきゃ…!
そう思いながら、なんとかその場をやり過ごした。
家から魔導学院までは、馬車でおよそ30分。
思ったより遠くない距離にあると知り、だから寮に入っていなかったのかなと一人で納得していた。
学院が近づくにつれ、見えてきたのは高さ2メートルほどの壁に囲まれた広大な区域。
中の様子は見えないけれど、小さな街ならすっぽり収まってしまいそうなその敷地の奥から、異国のお城のような建物が顔を覗かせていた。
あれが、ルミステリア魔導学院。
そう思った瞬間、記憶の糸がまた一本、ふっと繋がった。
この学院は、この大陸で最も古く、最も大きな専門学校。
今では“魔法士”と呼ばれる、世界で活躍する魔法使いよりもさらに上位の魔導士たちを多く輩出しているという。
もちろん剣術にも優れていて、毎年開催される大陸規模の剣術大会では、ここの生徒が上位に名を連ねるほどだった。
そんな由緒ある学院に、私が通っているなんて少し不思議な気持ちだけれど、リオラとしてこれまで頑張ってきたのなら、私もその意志を継いで頑張らなければ。
そう思いながら、気合を入れ直した。
「兄上、姉上、行ってらっしゃい!」
「ありがと、レオン。レオンも気をつけて帰るんだよ。」
「はーい!じゃあね!」
馬車が学院の門前に到着し、全員が降りたところで、レオンが少し切なそうな顔でこちらを見ていた。
その表情、レオンもよくしていたなぁ。
私が出かけると分かった途端、いつも寂しそうにしていたっけ。
そんなレオンに手を振って別れを告げ、私たちはルミステリア魔導学院の門をくぐった。
そこに広がっていたのは、広大な敷地に建てられた壮麗なお城、中央には大きな噴水、そして美しく整えられた木々たち。
これが、異世界の学校の風景なんだ。そう思うと、胸が高鳴ってしまう。
そんな感動に浸っていた時、ふと疑問が浮かんだ。
2年生になった私は、どこのクラスに所属するのだろう?
「ところで、わたくしのクラス…どこ?」
「ええ?休みの間にもう忘れちゃったのかい?」
「リオラと俺たちはpiumaだろ?」
「ピューマ…?え、動物?
…………あ。思い出しましたわ!」
私の日記にはクラスなんて書いていなかった。うっかりさんだわ絶対。
だから思わず口に出してしまった疑問に、お兄様たちは笑いながら答えてくれた。
そのやりとりのおかげで、学院のクラス分けについての記憶が一つ戻ってきた。
この学院では、いわゆる「何組」という分け方ではなく、クラスは2つだけ存在する。
剣術に長けた者が属する《acier》、魔術に長けた者が属する《piuma》。
もちろん、どちらのクラスでも魔法と剣術の両方を学び、実践も行う。
ただ、得意分野に応じてクラス分けをすることで、生徒の可能性を最大限に伸ばす。
そんな方針だった気がする。
私の家系は代々魔法に強い家系らしく、家族全員がピューマに所属していた。
あぶなかった…。もう少しで「ピューマってどこにいるの?」とか、「飼ってるの?」とか聞くところだった。
「リオラは本当にそそっかしいんだから。教室までついて行かなくても大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫ですわ。休みボケみたいなものですわ。」
「ま、それがリオラだよなぁ!ハハハッ!」
すっとぼけている私を見て、お兄様たちはケラケラと笑っていた。
ちょっと恥ずかしかったけれど、おかげで学院やクラスについての記憶がきちんと戻ってきたから、結果オーライ。
大きなお城のような建物には、全学年が集合して受ける授業の教室や食堂、運動場、魔法実技室など、たくさんの施設が揃っている。
その中心の建物を挟むように、左右にピューマとアシエのクラス棟があり、1年生から7年生までの教室がそれぞれ分かれていた。
「じゃあ、リオラは2階だからね。
間違えても1階の1年生の教室に入っちゃダメだからね。」
「もうっ!分かってますわ!さすがにそこまでとぼけてませんから!」
「あはは!じゃあ、またあとでね。」
「ええ。それではまた!」
ピューマ棟に入り、階段の前でお兄様に「教室を間違えないように」と言われた。
この建物の記憶はちゃんと戻っていた私は、「大丈夫ですわ」と笑って返す。
お兄様たちは、自動で上階へ移動できる魔法陣が描かれた部屋へと入っていった。
前世で言うところのエレベーターみたいなものよね。
私は1つ上の階だから、階段で十分。
そう思いながら、ゆっくりと階段を上がり始めた。
日記を読んで思い出したお友達は、もう来ているかな?
一人ぼっちにならなければいいな…。
そんな不安を抱えながら歩いていた私。
教室にはどんな景色が広がっているのだろう。
胸のドキドキを抱えながら、私は教室のドアにそっと手をかけた―…




