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第3話 私を知る存在

朝の食事がこれほど喉を通らなかったのは、初めてだった。

それでも何とか無理やり食べ終え、ホッと一息つく。


「さて。ゼノ、カイル、リオラ。明日の準備は整っているね?」


「え?」



食後に出された紅茶が苦手だと気づいた私は、ミントにそれとなく伝えて冷たいお水に変えてもらった。

そんな中、お父様が私たちに向かって「明日の準備は整っているか」と問いかける。

明日の準備って…いったい何のこと?



「もちろんです、父上。明日から新学年として、学業と魔法、剣術に励みます。」


「俺も準備は万端ですよ。リオラは?大丈夫か?」


「学校…?」



お父様の言葉の意味が分からず戸惑っていると、兄二人の返答から、私は学生なのだと知った。

そういえば、15歳になった時点で魔力適性がある者は、専門の学校に通うんだった。

確か、7年制の学校だったはず…と、記憶が少しずつ蘇る。



「リオラ?」


「あー…ええ!大丈夫ですわ。ミントが付いてくれていますから。」


「そうか。たくさん学び、たくさん遊び、その時間を大切にしなさい。

そして卒業後は、公爵家の人間として恥じない生き方を決めること。いいね?」


「はい。公爵家を継ぐ者として、それに相応しい人間になります。」


「分かってますよ、父さん。」


「も、もちろんですわ。」



専門学校のことを思い出した私は、ぎこちない笑顔を浮かべながら「大丈夫」と答えた。

確かあの学校は、魔法や剣術を学び、世界を護るための才能を見出す場でもあったはず。

きちんと思い出すために、一度部屋に戻らなくては。

そう思い立った私は、スクッと椅子から立ち上がり、先ほどと同じぎこちない笑顔を振りまきながら自室へと戻った。


部屋に戻った私は、キョロキョロと室内を見回す。

どこに何があるのか…。記憶が曖昧だから思い出せないな。

すると、そんな私の様子を見ていたミントが、不思議そうな顔で声をかけてきた。



「リオラお嬢様、本日はやけに慌てていらっしゃいますね。何かご心配事でも?」


「へっ?!あ、いや、あのっ…明日からの学校が楽しみでー…

ちゃんと準備できているか確かめようと思いましたの。」


「そうでしたか。ご安心ください。新学年の教科書はすべて届いております。

寮ではなく通学ですので、制服と教科書以外に特別な準備は必要ございませんよ。」


「あ、そ、そうだったわね。いつもありがとう、ミント。」


「いえ。リオラお嬢様のためですから。」



ミントに何て説明すればいいか分からず、ひとまず「学校が楽しみで準備を確認したかった」と、もっともらしい言い訳をした。

するとミントは優しく微笑み、「大丈夫ですよ」と頷いてくれた。

ミントはいつもそう。私に何かあれば、誰よりも早く駆けつけて心配してくれる。

本当に、私にはもったいない侍女だなと改めて思った。

そんな時、ふと“あれ”の存在を思い出した。



「あ、そうだ…日記。日記をつけてた気がする!」


「ええ、お嬢様は日々の出来事を日記に綴っていらっしゃいますよね。

置き場所を忘れてしまわれたのですか?そのテーブルの引き出しの中ですよ。」


「本当だ!わたくし、忘れっぽくてダメね…

少し読み返してもいいかしら?」


「もちろんです。この一年、何があったか復習しておくのはとても良いことですよ。」



曖昧な記憶の中、自分が毎日日記をつけていたことを思い出した。

けれど置き場所が分からずにいると、すぐにミントが教えてくれて、私は引き出しを開けた。

中には、魔法系の漫画やドラマが好きな人が好みそうな洋書風の日記帳が入っていて、私は椅子に座りページをめくった。


そこには幼少期からの出来事が丁寧にまとめられていた。

私って、意外とまめな性格だったんだなぁ…と実感する。

6歳の頃から魔法適性があり、光の聖魔法と水属性魔法が得意だと記されていた。

さらに、小さな妖精のような存在が見えるらしく、よく話をしていたことも書かれていた。

この事実が身内の耳に入り、15歳になったら必ず入学するようにと指示が出たらしい。

学校の名前は…ルミステリア魔導学院。

その名を見た瞬間、そんな名前だった気がするなと納得していた。

そして、続きを読み始めた私は思わず声を漏らした。



「え…何…学院長が…身内なの?コネ?」


「何かおっしゃいましたか?」


「あ、ううん!何でもない!」



魔法適性について記されたページには、ルミステリア魔導学院の学院長が“ミレニス”という家族であることが書かれていた。

思わず声が漏れてしまった私に、ミントが不思議そうに首をかしげる。

ミレニス…えーっと、誰だっけ。思い出して、私!

そう念じながら考えていると、ふっと頭の中に一人の男性の顔が浮かんだ。

男性というよりは、ワイルドなおじい様といった風貌。

そうだ、この人はお父様の父で…



「ミレニス…おじい様…」


「旦那様のお父様であるミレニス様は、本当に尊敬できる方ですね。

公爵位を捨てて、魔導学院のために命を捧げるのですから。」


「…ミレニスおじい様が命を…そういえば確か…」



記憶の糸がまた一本、静かに繋がっていく。

ミレニスおじい様は、お父様と同じ濃い青色の髪と、澄んだ青色の瞳を持つ方。

髪の長さは肩に届くか届かないかくらいの、少し長めでそれがまた、とても美しい。


公爵家に生まれ、並外れた魔力と剣術の才を認められ、ルミステリア魔導学院に史上初めて10歳で入学した。

その力は他の者には到底真似できないもので、学院を護ってほしいと当時の学院長から打診されたそう。

けれど、すぐには応えられなかったと聞いている。


学院を卒業すると、婚約者だったマルタおばあ様と結婚し、お父様、叔父様、叔母様を授かった。

そして、お父様が学院を卒業したタイミングで、アステリア公爵家の領主を譲り、ミレニスおじい様はルミステリア魔導学院の学院長に就任された。そんな風に教えられた気がする。



「ミレニスおじい様…マルタおばあ様…」


「お二人は、今日はこちらにいらっしゃいますよ。お会いになりますか?」


「そうなんだ?会いに行こうかな。」


「それでは、行きましょうか。」


「ええ!」



記憶が少しずつ蘇り、おじい様とおばあ様のことがはっきりと思い出せた。

そういえば、私は前世でも祖父母が大好きだった。

今はもう、どちらも亡くなっているからこそ、急に会いたくなって、二人の部屋へと向かった。



コンコンッ―



「リオラです。」


「お入り。」



ガチャ―



「失礼します。おはようございます!ミレニスおじい様、マルタおばあ様!」



二人が滞在している部屋に入ると、朝食を終えたばかりで、食後の紅茶を楽しんでいるところだった。

優しい笑顔で迎えてくれるその姿に、胸がじんわりと温かくなる。

前世の祖父母も、いつもクシャッとした笑顔で私を迎えてくれたっけ。

その記憶と目の前の二人が重なって、胸がギュッと締めつけられるような感覚に包まれた。



「おはよう、リオラ。朝早くからどうしたんじゃ?」


「早起きさんなんて珍しいわね、リオラちゃん。」


「ふふっ!何だか…お二人に会いたくなっちゃって!」



私が朝から祖父母に会いに来たことが珍しかったようで、何かあったのかと心配されないように、「会いたくなったから」と笑って言いながら、二人のそばへ駆け寄った。

祖父母の温もりがとても懐かしくて、何だか胸がいっぱいになる。幸せだなぁ…。



「リオラ。なんだか今日は雰囲気が違う気がするのう?」


「え?そうかなぁ?」


「今日は一段と明るく、飛び跳ねているような感じじゃな。」


「飛び跳ねる?そんな風に見えるの?」



二人の存在がありがたいなぁ…と感じていたその時、ミレニスおじい様がふと「いつもと雰囲気が違う」と言った。

どうしてそんなことを?私はいつも通りのつもりなのに。

そう思っていると、「今日は一段と明るく、飛び跳ねているように見える」と言われて、胸がドキッとした。

まさか…おじい様は、私の“中身”が変わったことに気づいている?

そう思った瞬間、急に鼓動が速くなり、私は思わずおじい様から目を逸らしてしまった。



「リオラちゃん。何かあったのなら、相談してね。

私たちは、リオラちゃんに何があったとしても、味方だからね。」


「マルタおばあ様…ありがとう…」



少し気まずい空気が流れる中、マルタおばあ様がそっと私の手を握りしめてくれた。

「いつでも味方だから」と優しく言ってくれたその言葉に、また胸がじんわりと温かくなる。

顔を上げると、おばあ様の琥珀色の瞳がまっすぐに私を見つめていた。

まるで「すべてお見通しですよ」と言われているようで、私はその瞬間、悟った。


この二人は、私に何が起こったのかを知っている。

だけど、今はまだ…どう話していいのか分からない。

だから、いつかきちんと話したい。

私の“今まで”と、そして“これから”のことを―…


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