第10話 その笑顔が嫌い
ドタドタドタッ―
「キャアアッ!」
「来たわよー!」
「早く行きますわよー!」
ミカミと話していると、少しずつ生徒たちが登校し始めた。
セレナ、ノアも揃い、いつものメンバーは全員集合。
そして、他の生徒たちも続々と教室へ向かってくる頃、
廊下からドタバタと走る音が聞こえ、予想通り黄色い歓声が上がり始めた。
つまり、私の“婚約者”とされる第二王子がやってきたということ。
ああ、気が重い。会いたくない。
そう思いながら、私はセレナたちの後ろにそっと隠れた。
ガラッと教室のドアが開いた時、セレナたちの体の隙間から覗くと、そこにはミカミが言っていた金髪のイケメンが、キョロキョロと誰かを探していた。
そして、不覚にも目が合ってしまい、私は慌ててサッと後ろに隠れた。
けれど、足音が近づいてきて、私の前にいたセレナはふふっと笑ったあと、スッとその場を離れた。
「やあ、リオラ。久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「え…ええ、セリオン殿下。お元気そうで何よりですわ。」
私を見るなり、満面の王子スマイルで手を差し伸べてきたセリオン殿下。
仕方なくその手を取り、立ち上がって挨拶をした。
私の笑顔、引きつっていない…?と心配しながら。
「リオラ、少し話がしたいんだけど、いいかな?」
「え?!ええ…わ、分かりました、殿下。」
「それじゃあ、少し屋上に行こうか。」
「そうですわね…。」
早くこの場からいなくなってほしいと思っていたのに、逆に殿下は“二人で話したい”と言い始めた。
断るわけにもいかず、私は殿下についていき、転送魔法陣の上に乗って屋上へと向かった。
朝から一体何の話なの?
それに、ミカミたちもいないし…ちょっと不安なんだけど…
そんなことを考えていると、とても喋る気にもなれず、私は黙っていた。
そして屋上に到着すると、セリオン殿下はキョロキョロと辺りを見回し、
誰もいないことを確認すると、クルリとこちらを向いて私に言った。
「何故、見舞いの一つも来なかったんだ?」
「…はい?」
「俺が過労で倒れたのを知っているだろう?!手紙も出した!
なのに、なぜ一度も顔を出さなかったのかと聞いているんだ!
それでもお前は俺の婚約者なのか?!
婚約者なら黙って俺に尽くしていろ!!それが周りの評価にもつながるとなぜ分からないんだ!!」
「……」
教室で話した時の第一印象は、いかにも“王子”といった雰囲気だった殿下。
それなのに、人目のない場所ではこんなにも怒鳴り散らす人だったなんて。
過去の私が「この人の笑顔が嫌い」と書いていた理由が、少し分かった気がした。
あれは、偽物の笑顔だったのか。
それに、私が立場上反抗できないと踏んでいるんだろうか?
まぁ、そうでしょうね。
だけど、それは“過去の私”でしょう?
私は、“お前”とか呼ばれるのが大嫌いなのよ。
そう思った瞬間、言葉が口から飛び出していた。
「お前って何様?殿下だか何だか知らないけどね、女を下に見てる時点で終わってんの!第二王子という肩書を取ったらただのクソガキのくせに!なめんな!
大体、何であなたみたいな二重人格者と婚約してんの?って思わない?!
私はあなたとなんて結婚したいとか思ってないから!
別の婚約者を探したらどう?!今ならまだ間に合うんじゃない?!
まぁ、そうなれば公爵家としては終わりでしょうけど…
そうなったらそうなった時よ!あーもう腹立つ!もう話しかけないで!」
「なっ…え…ちょ…リオラ…?!」
「バイバイ!さようなら!私のことは忘れてちょうだい!」
バタンッ―
「……あ、あれ?私…マズイ…」
怒りに任せて、私はこの国の第二王子に向かってとんでもない発言をしてしまった。
これは絶対に“不敬罪”に問われるやつだ!
ど、ど、どうしよう!
私だけならまだしも、家族もろとも処罰の対象になったらマズイ…!
これは、転生後最大のピンチと言っても過言ではない。
「そうだ。逃亡しよう。それがいい!」
もうこの学院にはいられない。
そう瞬時に悟った私は、一度教室に戻り、「今日は体調不良で帰る」とセレナたちに伝えて、再び教室を飛び出した。
当然、こんな時間に我が家の迎えが来ているはずもなく、
覚えたばかりの学院から家までの道を、地図を頼りに歩いて帰ることになった。
お父様になんて説明しよう…。
公爵家の名に泥を塗った形だもんね…。勘当じゃすまされないだろうなぁ…。
ああ、こんなふうに落ち込んだ時、レオンだったら一目散に駆け寄ってきて、そばにいてくれるのに…。
そう思ったら妙に悲しくなって、思わずレオンの名前を呼んでしまった。
「レオーーーーンッ!!いい子で転生してますかーーー?」
誰もいない道で一人叫ぶなんて、公爵令嬢としては無作法だけど、
これが叫ばずにいられるか!という状況なので、どうか許してほしい。
心の中でそんな言い訳をしていると、後ろから私の名前を呼ぶ可愛らしい声が聞こえた。
「姉上ーー!」
「あ…レオン?!え?
ああ!しまった!私ったらレオンの名前を呼んじゃったから、また転移させちゃった?!」
声の方に振り返ると、そこには大きく手を振りながら私の元へ駆け寄ってくるレオンの姿。
その瞬間、前回のことを思い出して、思わず両手で顔を覆った。
レオンの話では、私が困っていると飛んでくるらしいのに、
安易に名前を呼んでしまったことで、また転移させてしまった可能性があって、私は焦っていた。
「姉上、どうしてこんなところに?
僕は剣術の稽古中でした!この間は休憩中だったんですが、
今日は真っ最中だったので、剣まで持ってきちゃったみたいです。」
「そ、そうでしたかレオン。ごめんね?
…とりあえず、帰ろっか。レオン。」
「はい!帰りましょう!」
突然呼び出されたレオンは、きょとんとした顔で私の元に来てくれた。
手には剣を持っていて、お父様との稽古中だったことが分かり、とても申し訳ない気持ちになった。
それでもレオンは、嫌な顔ひとつせずに、私と一緒に家までの長い道のりを歩いてくれた。
家までの途中、町の露店でお菓子を買って食べたりしながらの帰り道は、
何だかとても楽しくて、気持ちが少しずつ落ち着いていった。
そんなことをしている場合ではないのだけど。
ひとまず、家に戻るまでの時間を楽しもう。
そう無理やり前向きな気持ちに切り替えていた―…




