44.
森は、午前中とは違う様相を見せていた。
森の小動物たちが、必死に何かから逃げている気配を感じた。
森の奥に近づくと、人間の呻き声が、次第に大きくなる。
初めに感じたのは、血の匂い。
そして、意識を失って、倒れているであろう人々。
人間の怒声、悲鳴、魔獣の唸り声。
木々の薙ぎ倒される音。
この先に魔獣がいるから、静かに慎重に動かないと。
まずは、一番近い人から治療をする。
「負傷者を彼女のところへ。」
私に気がついた教師が、負傷者を集めてくれた。
重症そうな人間たちから、素早く治療を施していく。
幸い、致命傷を負っている人間はいないみたいで良かった。
「痛い…痛いよぉ…。」
自国の王子が、失った腕を掴みながら、痛い、痛い、と泣き喚く。
魔獣を、刺激しかねない声だ。
「殿下!大丈夫、ちゃんと治りますから!」
王子の顔を両手で掴み、意識をこちらに向かせる。
固まって、大人しくなった王子の腕を触る。
魔獣に喰い千切られた跡。
腕を挟むように手を構え、意識を集中させる。
やり過ぎないように、やり過ぎないように。
心の中で唱えながら、必死で神力を抑制する。
額から、一筋の汗が流れる。
数分後、そこには綺麗に治った腕が現れた。
グオォォォォ
魔獣の悲鳴が聞こえた後、大きな物が倒れる音がした。
そして、続いて歓声と、救助を求める声。
私は、そちらに足を進めた。
「止血を!」
「急げ!」
「そっちは!?」
様々な声がこだまする。
一番血の匂いが強い、命が危なそうな人間の側に膝をつく。
両手を構えて、先ほど以上に意識を集中する。
抑えて、抑えて、ゆっくり、やり過ぎないように!
心の中で何度も繰り返す。
腕の再生以上に、慎重に、抑えながら神術を行使する。
どれくらいの時間が経っただろうか。
誰もが、固唾を飲んで見守っていた。
いつもは騒がしい王子も、惚けた顔でボーッとしている。
負傷者の身体を覆っていた光が、次第に薄れ、消えていった。
手を下ろし、ホッと一息ついた。
「…うっ…あれ?助かった、のか?」
……ルオンダークの皇子!!
必死になり過ぎて、誰を治療しているのか確認していなかった。
きっと怪我を治しても、失敗して死なせても、問題になる。
目の前に積み重なる問題に、今すぐベットに駆け込んで、寝て忘れたいと思った。
そんな私は、気づいていなかった。
もう一つの厄介事が、後ろから顔を出していた事なんて。




