30.
イ・シン王国、ナサ砦。
突然現れた魔族に対し、兵士たちは冷静に対応していた。
ミルド王国、マーヤ王国が落とされたなら、次はイ・シン王国だと予想していたからだ。
そして魔族との最初の戦闘は、ナサ砦だと言うのも予想済みであったため、落ち着いて戦いに備えていた。
魔族は確かに強い。
だが、無敵ではない。
魔族とて、死ぬときは死ぬのだ。
冷静に一つ一つ対処していけば、勝てない戦いなどない。
ナサ砦の部隊長は、そう思っていた。
だから、魔族の出現に慌てなかった。
隊列を組み、個ではなく面で対応する。
それを徹底させた。
個で戦う魔族は、面で当たれば、いずれは隙が出来る。
そして、ついにその時が来た。
魔族の一角が、崩れ始めたのだ。
一角が崩れれば、全体が崩れるのは時間の問題。
「て、撤退ー!」
魔族側が、不利を悟って撤退命令を出した。
だが、こちらは少しも揺らがず、強固だ。
魔族側が崩れている今が、魔族を叩くのに絶好の好機。
「そのまま追撃しろ!決して歩調を乱すな!」
兵士たちは命令通り、隣の仲間と共に連携をとって、追撃する。
ふっと、空気が揺らいだ。
兵士の人数が減っている。
正確には、兵士として戦うために連れてきた奴隷が、いなくなっていた。
だが、元より、連携をとっていたのは人間の仲間。
気にするほどの事ではない。
目の前の的に集中する。
そこで、気がついた。
敵の姿を見失った事に。
部隊長は、誘い込まれたのだと考え、全部隊に撤退の合図を送ろうとした。
そしてまた、空気が揺らぐ。
兵士たちを取り囲むように、魔族たちが出現した。
前も後ろも横も、どこを見ても魔族だけ。
撤退する隙も、退路すらない。
その時、兵士たちは悟った。
自分たちは、生きて帰れないのだと。
神への祈りだけが、虚しく響いた。
ーーーーー
人間と魔族たちの戦いを、ダールベルクは上空を飛びながら見ていた。
魔王や他の同僚から聞いていた、女神の戦略と神術の強さ、多彩さ。
女神がいなければ、これほど軽々と人間の国を滅ぼせなかっただろう。
初めは、女神なんて冗談だと思った。
魔王の命があったから、従っていた者も多かっただろう。
だが、幾つもの戦績が上がるにつれて、見る目が変わった。
神術の行使を見れば、女神である事を疑うことはない。
人間が他種族を迫害し、魔族の楽園であるフリューゲルに攻め入ってきた時、救いはないのだと、神は居ないのだと思った。
けれど、違った。
神は、見守っていてくれた。
救いを与えてくれた。
ダールベルクは、魔族は、初めて神に心から感謝したのだった。




