23.
その日は、とても良い天気だった。
暑い日が続いていたので、子どもたちは川へ遊びに出かけ、母親たちはその側で、洗濯をしながら雑談に興じていた。
「おい見ろよ!奴隷だぜ!」
「本当だ。役立たずの奴隷だ!」
そんな川辺に、奴隷の少年が、重たい荷物を運びながら通りかかった。
そんな奴隷を見て、子どもたちは口々に揶揄い、石を投げて遊ぶ。
子どもにとって、奴隷とは遊び道具なのだ。
そんな子どもたちの母親たちはというと、奴隷をいかにも穢らわしい物を見るような視線を送り、コソコソと蔑みの言葉を紡ぐ。
奴隷は人間にとって、いくら使っても構わない道具で、玩具で、穢らわしいい存在なのだ。
誰もその扱いに、疑問すら浮かばない。
それが、人間にとっての奴隷なのだ。
奴隷の少年は、やり返すことも言い返すこともなく、ただ俯いて、その場をやり過ごす事しか出来ない。
そんな、人間にとってのいつも通りの日常。
それが、唐突に破られるのだった。
「ん?なんか、音しない?」
「は?なんの音?」
「なんか、ゴゴゴって。」
一番初めに気がついたのは、川で遊んでいた子どもの一人だ。
彼に釣られて、子どもたちが耳を澄ます。
「本当だ。なんの音?」
「母さん!変な音がする!」
「何のこと?」
子どもが母親に伝えるが、母親はまだ異変に気づかない。
「なんか、近づいていないか?」
「本当だ!近づいてる!」
「お、おい!見ろよあれ!」
「川の上流が!」
近づいてくる音に、だんだん不安になる子どもたち。
そんな子どもの一人が、川の上流を指差した。
「か、母さん、あれ!」
子どもの必死な声に、母親たちも気づき始める。
「は、早くこっちへ来なさい!」
「か、川が…逃げるわよ!」
母親たちが慌てて、子どもに避難を呼びかける。
しかし、それはすでに遅かった。
遠くだと思った光景が、一瞬の躊躇の間に、目の前に迫っていたのだ。
「いやぁぁぁーーー!!」
その悲鳴すら、大量の水が飲み込んでしまった。
ゴォォォォォ
平和な日常が、美しい人間の街が、一瞬にして水に飲み込まれてしまったのだ。
気づいた時にはもう目の前で、逃げる時間すら、いや、考える時間すらなかった。
それは、街も、人も、例外なく全てを飲み込んだのだった。
キャッキャッ
意識を失う前、幼い子どもの楽しそうな声が聞こえた気がした。
きっと、気のせいだろうが。
そんな中、生き残った者たちがいた。
同じく水に飲み込まれたのに、流されることも呼吸が苦しくなることもない。
彼らは、その状況に理解が追いつかず、只々、流されて行く人間を見送るしかなかった。




