14.
ミルド王国アインス侯爵領のとある街。
この領では今、様々な噂が飛び交っていた。
「鉱山が、そろそろ尽きそうだって。」
「魔族が攻めてくるんだって。」
「ここじゃなくて、三つ隣の街を攻めたって聞いたぞ。」
「え?魔族に勝ったんでしょ?」
「軍の人が横領してたんだってよ。俺たちから取ったお金だってのに。」
「武器を他所に売ってたらしい。」
「バレて逃げ出したとか。」
「いやいや、領主様に殺されたんだろ。」
街の皆んなは、有る事無い事、好き勝手に話し始める。
そうして、次の人に広めていくのだ。
皆んな、自分たちに直接関係ない噂は、街の良い娯楽だった。
どうしてそんな噂が出たのか、真偽はどうなのかなんて、誰も気にしない。
面白かったら、楽しかったら、それで良いのだ。
その噂の真の意味に、全く気づかずに。
ーーーーー
アインス侯爵は、自身の執務室で、頭を抱えて唸っていた。
軍に所属していた数名が、大量の武器を売り払っていたのだ。
そして、売ったお金を着服していた。
それがバレそうになった彼らが、奴隷を全員連れて街から逃げてしまったのだ。
慌てて追跡したが、全てが手遅れだった。
武器は、他の領や王都の騎士団からも、沢山の注文を受けていた。
今更無くなったでは済まない。
ただでさえ今は、魔族との戦いが激化しているのだ。
どの領地も武器や戦力を揃えておきたいだろう。
問題が次々に起こっていて、本当にどうしたら良いのだろうか。
「まずは王都に連絡して…。」
ドオオオオンーーーー
「な、何事だ!?」
「だ、旦那様!敵襲です!魔族が、魔族が、街に侵入してきました!」
「はあ!?どうなっている!?ここは襲われないのではなかったのか!?」
「現在、軍と交戦中!ですが、すでに街中に入り込まれております!」
「何が、一体、何が起こっているのだ…す、すぐに逃げなければ…。」
「逃げるったぁ何処にだぁ?」
いつの間にか、近くにいた側近が見当たらない。
そんなことも気がつかずに、領主は頭を抱えながら、独り言を呟き続けていた。
そんな領主の独り言を、遮る聞き覚えのない声。
恐る恐る領主が顔を上げると、ツノと鱗の生えた男バルシュミーデがいた。
「ま、魔族…」
「お前が、ここの領主だな。ここは魔族が占拠させてもらう。」
「ひぃ…わ、わかった。降伏する!だ、だから、命だけは…。」
「悪いが、降伏は受け付けていない。そして、一人として、人間を生かすつもりはない。じゃあな、領主様。恨むなら、神を敵に回した、自分たちを恨むんだな。」
バルシュミーデは一切の慈悲もなく、領主を斬った。
部屋には、領主の悲鳴だけが虚しく響いていた。
バルシュミーデは窓の外を見る。
外は血が飛び散り、煙が至る所で上がっている。
街中、阿鼻叫喚。
魔族と戦争をしている事は知っていた。
だが、それが我が身に降りかかるとは、誰一人思っていなかった。
必ず来ると、信じて疑わなかった明日。
ただ退屈で、面白みのない日常。
それはもう、叶わぬ儚い夢でしかなかった。
アインス侯爵領 攻略。
王都に、アインス侯爵領が落ちたと報告が入ったのは、その十日後の事であった。