表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

7ボタン はじける!リフトアクション

今日も今日とて、馴染みのゲーセンに来ている。

変わらぬ筐体の配置に、いつもの電子音と空気感。

違うとすれば、面倒な頼み事をされているということくらいで、少しうんざりしていた。


それは、梢と笑心歌のおつかいである。

どのみち来るつもりではあったが、最近は誰かのために来ることが増えた。


笑心歌の弟が、今日登場するフィギュアが欲しいようで、梢からは、″すぱいだまん″の新しいフィギュアをお願いされた。

梢は、部活があるから良いとしても、デートだから行けないという笑心歌の理由は、納得し難かった。


「何が『頼れるのはわくたんしかいないのー』だよ」


「彼氏から取ってもらえよ…」


全く悪びれることのないお願いも、それを断れない自分も、思い返すと腹が立つ。

気づけば、ダンッ、ダンッと押されるボタンが、いつの間にか大きい音を響かせていた。


どれだけ上手い人だって苦戦したり、すんなり取れないことだってあるし、そもそも、フィギュア1個を千円で取れれば御の字なのだ。


何度もプレゼントする余裕などない。

そろそろ費用請求しないといけない、きっと都合の良い男になってきている。


そして、なにより、笑心歌さん、彼氏いたんですね…。

彼氏は、同じ学年の狩野颯かりのはやて

成績も良く、運動もできて、高身長、おまけにイケメンというこの世の不平等さを体現した、いけすかない人間。


お似合いといえば、確かにそうかもしれない。


どうにもならない不条理を背中に携えて、降りかかったタスクをこなす。

一刻も早く、囚われた彼女の元へ駆けつけなければならない。


「待ってろよ…」


ようやく出会えた彼女は、水着姿で…もし、助けることができたなら、うん、今年は一緒に海に行こう。

そんな妄想を巡らせながら、冷静にタイミングを合わせる。


その指先は、師の意識も乗っているように滑らかに動いていた。


「──また誰かを助けてるのかい?」


彼女の吐息混じりの声が鼓膜を震わせる。

単調な電子音もざわめきも消え、彼女の声だけが鮮明に響いて浸透する。


ずっと探していた旋律に、ようやく触れることができた感覚。


隣には、あの時、焦がれた君がいた。


その再会は、あまりに突然で、吹き込まれた声に反応できない。


「ふーん、こういうのが良いんだ」


慌てて、首を振り否定する。


恥じることは何もしていないが、何故だか気まずい。

どうして、よりにもよって、このタイミングなのか。


平静を装い、返す。


「今日は、何か取りに来たのか?」


「…ううん、ずっと君を探してたんだ」


予想だにしない回答に耳を疑う。


…俺を探していた?


そうか、君もあの日以来、俺を探してくれていたんだ。

気恥ずかしさは消え去り、多幸感が脳内を支配して、彼女の口元に期待する。


すると、君は、当然のように俺の腕を掴み、前へと歩きだす。


思わずバランスを崩すほど強引に、だけど、優しい力で。


「行こう!」


その声が響いた瞬間、この世界は二人だけのものになった。


君となら、どこへだって行ける。

地の果てだとしても、どこでも着いていこう。




そんなことを考えているうちに、辿り着いた先は、大きなウサギのぬいぐるみの前。


「これ、取れる?」


…結局、俺はただのクレゲ要員だった。


星のように輝く瞳に肩を落としていたが、自分を納得させるしかなかった。

結局、俺は彼女にとって、ただの便利な道具でしかない。


そんな残酷な現実が胸を貫く。


設定は、やはり確率機ではあったが、一度操作してみると、前にお金を注ぎ込んだ人がいたのか、すでに上限に到達していた。


力の入ったアームは、ウサギのぬいぐるみをしっかりキャッチして、だらだらと獲得口へ運ぶ。

傍目に映る彼女は、驚いている。


「やっぱり、すごいね」

彼女にぎゅっと抱きしめられたぬいぐるみの顔が、勝ち誇ったような表情をしていて、非常に憎たらしい。


「まぁ、誰かがお金を注ぎ込んでくれたみたいだな」


「なんか悪いことしちゃったね」


「クレゲは、そういうもんだ」


確率に達したことを見抜く術もあるが、こればかりは仕方ない。


「他に何か欲しい物あるか?」


「ううん、私はもういいかな。それよりも君が取りたい物はないの?」


「いいのか?」


「もちろん!見てるだけで楽しいから」


そんなことを言われたのは初めてで、隣にいる誰かを意識しながらプレイするのも、これまでに経験したことのない環境だった。

自分でもわかるくらいアームの操作はぎこちない。


しばらくすると、


「喉乾いたねー」


彼女は、ぽつりと呟く。


「何か飲むか?」


「この前のリベンジする?」


思い出したかのように、不敵に笑う。

手にじっとり汗が滲んで震えてしまう。

ここで取れれば、きっと何かが変わる──。



ガコンッ!

自販機から取り出した缶ジュースを手渡す。


「…また取れなかったね」


「傷をえぐるのはやめてください」


「でも、一汗かいた後の一杯は効くねー!」


弾ける笑顔は、どんな光よりも眩しくて、目を逸らすことはできない。


「親父くさいな」


「なによー」


不満そうに膨れている。


「今更だけど、名前聞いてもいいか?」


「…秋月絢音あきづきあやねです、君は?」


「天城枠太です。趣味はクレーンゲームです。」


「趣味はもう知ってるよ」


彼女が名前を名乗るのを一瞬躊躇った気がしたが、クスッと笑うその顔を見ていると、小さな気がかりも、どうでも良くなる。


「枠太君は学校、どこなの?」


「暮華高校」


「学校楽しい?私はほとんど、行ったことないけど」

伏し目がちな瞳に、彼女の陰を見た気がした。


「まぁ普通だな」


「君と一緒の学校だったらよかったのに。転校しちゃおうかなー」


ふざけて話すその声には、ほんの少し本音が混ざっていた。


「そんな簡単に転校できないだろ」


「だよねー」


冷たい風が二人の間を別つように吹いて、曇り空とアスファルトが湿った匂いを連れてくる。


「雨降りそうだし、帰ろっか」


彼女は空を見上げ寂しそうに言う。


「連絡先、教えてくれ!」


「…うん、いいよ」


スマホを取り出す。

細い指が画面を滑っていくのを、息を呑んで見つめてしまっている。


差し出された画面を読み取るだけなのに、手元がもたついて、横から覗き込む彼女の視線が、さらに狂わせる。

手間取りながらもようやく連絡先の交換を終えた。


夢のような瞬間なのに、スマホに映った自分の顔は、目を背けたいほど、にやけていて殴りたい。


「じゃあ、またね」


手を振って遠ざかる彼女を夢心地で見送る。

その笑顔は、ずるいくらいに愛らしい。

これからの日々が、鮮やかに色づいていく予感がした。



……そう、彼女の隣にあの男が歩み寄るまでは。


帰り際、彼女はスーツを着た少し年上の男性と待ち合わせをしていた。

ぬいぐるみを彼に預け、並んだ影は人混みに溶けていく。


不意に見える笑顔がとても羨ましい。


君にも彼氏がいた。


その現実に、胸が張り裂けそうで、ちぎれそうで、足元がふらつく。

世界から音が消えていった。 


それでも、スマホに浮かぶ彼女の名前が、道を鮮やかに照らしてくれている。


黒い雲が空を覆い、雨粒がぽつぽつと落ち始める。


冷たい風を切って駆け出す。

右手のスマホを握りしめて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ