16ボタン 証明する、クレーンゲーム検定②
「……やる」
その一言が会場の空気を震わせた。
誰しもが、その瞬間を見逃すまいと息を呑んでいる。
「これから十個の設定に挑戦してもらいます。一回でゲットできれば十点。十回目でゲットできれば一点というように、一手増えるごとに一点ずつ得点が減っていきます。これの合計得点が五十点を越えれば合格です」
係員の声が響くたび、会場の喧騒が引き締まっていく。
そこには、静かな熱気が立ち込めていた。
「準備はいいですか?」
こくりと小さく頷く。
係員に誘導され、少し奥の筐体の前に立つと、静かにレバーを握った。
その指先には緊張も迷いもない。
ここで見守ろう。
きっと魅せてくれる。
しかし、リメりんの周りには人が殺到し、なす術もなく人の壁で弾き出されてしまった。
スマホの光がいくつもゆらめいて、残像になる。
近づくことも、まともに姿を見ることすらできない。
見えるのは、クレーンのアームが上下する動きと、わずかな人の隙間から覗く横顔。
それでも、彼女の周りの空気はピンと張りつめているのが伝わってくる。
「全然見えないね…」
「そうだな」
「やっぱり気になる?」
「そりゃな」
リメりんは必ずクリアする。
自分のことではないけど、そう信じられる“確信”はあった。
それよりも、彼女がどんな景色を見ているのか。
どんな思考でプレイしているのか。
ただ、それだけが知りたかった。
歓声が押し寄せるたび、格の違いを思い知らされる。
自分では到達できない領域にいるのだと実感する。
やっぱり、リメりんは特別な場所にいるんだ。
気づけば、拳を強く握りしめていた。
憧れと、少し歯痒い。
「ファーストステージクリア!五手なので五点ですね」
アナウンスと同時に、歓声が一斉に沸く。
見えなくても、わかる。
そのプレイは完璧だったと。
人混みが途切れた隙に、挑戦していた台を確認しに行く。
よく見かける三本爪で、アームが曲線を描いている。
持ち上げるパワーはあるが、上昇後にパワーが抜けて、ぬいぐるみを離してしまう設定だ。
自分でやってみても、あの回数で攻略するのは、多分無理だ。
「これ、五回で取れるのか…」
「そんなに、すごいの?」
「正直、すげぇ」
「そうなんだ」
その間にも、次々とクリアのアナウンスが響く。
攻略されていく設定たち。
三手、四手──。
歓声が燃え、空気を押し上げて広がっていく。
その熱が波紋のようにゲーセンの隅々まで届いた。
「やっぱ、すげぇわ」
心が高鳴る。
手の届かない存在。
画面で見ていたあの人が、いま同じ空間にいるのに、到達できないほど遠い。
いつか、必ず同じ景色を見たい。
歓声と筐体の光に包まれながらプレイする彼女を見て、そう思った。
「何で笑ってるの?」
「いや、別に…あれ?楽どこ行った?」
「いない…ね…あたし、探してくる」
「頼むな」
リメりんはどうなっているだろうか。
この人混みを掻き分けようにも、壁が厚い。
どうやら最後の設定に挑戦しているらしい。
「リメリメチャンネルさん、全ての設定クリアです!今回は7点ですね。そして、合計得点は六十五点!合格です!」
一気に沸騰する観客たち。
熱狂と拍手、そして名前を呼ぶ声。
その中心には、恥ずかしそうに微笑むリメりんがいた。
認定証を受け取ると、こちらへ歩き出す。
その歩幅は自然と速まる。
足取りも軽やかに弾んで見えた。
桃色に染まった頬が印象的で、瞳には光の回折のように嬉しさがそっと色づいている。
「…取れた」
「リメりん、すげぇよ!」
「…ありがとう」
「見れなかったのが残念だ」
「……見てないの?」
「人、すごくてな」
「…動画あるから、今度…」
「投稿待ってるな」
「…いや……わかった」
「楽しみにしとくな。じゃあ、二人探すか」
でも、あたりを見回しても、二人の姿はどこにも見当たらない。
歩き出そうとした時、シャツの袖を掴まれた。
ぎゅっと閉まっていく袖口。
少しずつ皺の範囲が広がっていく。
「どうした?」
「……あと、呼び方」
「あ、あの…莉愛でいい」
「いや、でも」
「“莉愛”がいい」
「そっか、わかった。莉愛な」
莉愛の口角がほんの少し上がった気がした。
視線を合わせると、莉愛はすぐに目を逸らすけど、頬がほんのり緩んでいる。
でも、今の彼女を名前で呼ぶのは、どうにもこそばゆい。
「いやぁ、リメリメさん、素晴らしい、上出来だ」
どこからか現れたキザな男。
「カイザー、落ちて帰ったんじゃないのか」
「ボクとコラボしないか?」
「突然なんだよ」
「誰だい君は。どうだい?リメリメさん」
その表情は計算され尽くした自信に満ち溢れている。
首を横に振る莉愛。
嫌悪感が漏れ出している。
「…やだ」
「どうしてだい?登録者、百万人のボクと撮影できるなんて二度とないぞ?」
「……嫌い」
一蹴する。
「だとよ」
「そうかい、残念だよ」
「おーい!楽、いたよー」
「ったく、どこ行ってたんだよ?」
「わり!ちょっと知り合い、いてさ」
「…ってカイザー!?なんでここに…」
カイザーは芽衣の姿を見ると、何かに打たれたように膝から崩れ落ちた。
両手を床について、何やらボソボソと呟いている。
「…そんな、出会ってしまったというのか」
「こ、これがカタルシスか…」
「おい、どうしたんだよ」
立ち上がって、咳払いすると、芽衣の前に跪いた。
そっと右手を差し出す。
「君、名前は?」
「…芽衣、です」
一歩後退りしながら、困惑した様子で名を告げた。
その声は不信感で震えている。
「あぁ、芽衣、ボクの“運命”はここだった」
「芽衣、君が欲しい」
「君のためなら、何度コンティニューしてでも掴みにいくさ」
「ボクの人生を捧げてもいい──結婚してくれ」
芽衣の左手を取ると、不釣り合いに真剣な眼差しで見つめている。
芽衣が引いていることに、コイツはまるで気づいていない。
「け、け、結婚!?あたしと!?」
「い、いや、その…ちょっと何言ってるのか、わかんないです」
芽衣は反射的に後退りしようとするが、動けないでいる。
カイザーは真剣な眼差しのまま微動だにしない。
引きつった笑みのまま硬直する芽衣。
視線をそらすように手を振り払いながら、体を引いた。
「……ごめんなさい」
カイザーは、いきなり立ち上がると芽衣の肩を掴んだ。
「なぜだ!このボクがこんなにも──」
「いや、だって、ちょっと気持ち悪い…」
カイザーはわずかに肩を落とした。
しかし、次の瞬間には、目を細めて、俺の方に視線を向けた。
「わかったぞ、ボクよりもこの男の方が良いと言うんだね」
「いや、そういう話じゃ──」
「……勝負だ」
「あの台で決着をつけようじゃないか」
「は?」
何言ってんだ、コイツ。
「君とボクの圧倒的な“差”ってやつを教えてやるよ」
……何?この展開。
誰か、説明して。




