表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

13ボタン 初活動は、やっぱりゲーセン!①

誰もいない部室。

カラフルな机、フィギュアやぬいぐるみで彩られた部室。


「最初の活動は何にしようか?」


昨日、そんな会話を交わしたばかりなのに、集合時間になっても誰も来ない。


慣れていたはずの孤独感が、久しぶりに訪れる。

まぁこんなもんか…。


窓の外ではサッカー部が士気を上げて走り込んでいる。

汗を流す彼らの声が、風に乗って部室まで届く。


同好会ができたのは、楽のおかげだったけど、俺もほんの少しは、あの日憧れた彼らに近づけているだろうか。



「わくた」


振り返ると、芽衣がいた。

おでこは前髪の後ろに隠れ、大きな瞳がくっきりと際立っている。


言葉が出なかった。

髪を下ろしているせいか、うっすら入ったメイクのせいなのか──。


理由はわからない。

ただ、可愛いと思ってしまった自分に戸惑う。


「…前髪、どうしたんだ?」


「どう、かな?笑心歌がこっちの方が良いって言ってたんだけど」


「あぁ…」


「何かないの!?反応!」


目を逸らしてしまった。

この胸のざわつきをどう処理すればいいのか、わからない。


「…まぁ、いいんじゃないか?」


芽衣が大きなため息をついて、呆れと諦めの混じった声で続ける。


「今日は正門集合でしょ、みんな待ってるよ」

「行こ」


その背中について、部室を出る。

芽衣の赤い髪が揺れるたび、きらりと反射する毛先を目で追いかけてしまう。

──ちょっとした変化なのに、何をドキドキしてるんだ、俺。



正門に着くと、すでにみんなが待っていた。


「おーい!遅いよ二人とも!」


笑心歌は相変わらずテンションが高い。

莉愛はスマホを見つめ、楽は何かぼやいている。


慣れ始めたメンバー。

ほんの少しだけ空気が賑やかに感じた。


絢音は眩しそうに空を見上げていた。


芽衣は俺の隣で、前髪を直しながらふっと息をつく。

口元だけで「ほら、行こ」と呟いた。




同好会の初活動は、俺にとってはいつものゲーセン。

──この道を歩くのも、なんだか久しぶりな感じがするな。


人通りの多い通りを並んで歩く。

この慣れた道をこんなに大勢で歩く日が来るなんて、思いもしなかった。


すれ違う自転車が風を切って通り抜けた。

咄嗟に芽衣の肩を引き寄せる。


「っ…びっくりした」


「危なかったな」


触れた手を離そうとしたのに、なぜか動けなかった。


「…ありがと」


その言葉で我に返った。


「…気にすんな」


その短い会話の後、互いに前を向いたまま、妙な沈黙が続いた。

だけど、後ろは相変わらず騒がしい。

でも、それよりも自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。


角を曲がると、見慣れた光景が目に入る。

ガラス越しに光る筐体、微かに聞こえる電子音。


──あぁ、この感覚だ。


俺自身もここ数日ドタバタして、ゲーセンに来れていなかった。

久しぶりのゲーセンに胸の高鳴りが止まらない。



扉をくぐると、空気が一変した。

色とりどりのライトと筐体の声をシャワーのように浴びて、気持ちが昂る。


「ゲーセン!キター!」


笑心歌が真っ先に駆け出す。

その声に釣られて、俺も自然と口元が緩んだ。


「久しぶりだな…」


「久しぶりって何日ぶり?」


「一週間くらいか?…俺にしては、らしくないな」


「得意げに言うことじゃないから」


芽衣は呆れ顔で笑う。

その笑顔でなんだか胸が軽くなった。


よし、まずは、ここ数日で登場した新景品のチェックからだ。

体が勝手に奥の台へ吸い寄せられる。


「わくた!勝手に一人でいかないの」


芽衣に袖を引かれて、動きを止める。

その優しい力加減に、またどきっとした。

──くそ、何でこんなに…。


「それじゃあ…どうしようか?」


「らくみーとリメリメちゃん、あやねるはウチと一緒に行くよ!」

「わくたんはメイメイの先生、よろしくー」


笑心歌はいつもの調子で仕切りながら、三人を引き連れていく。


だけど、絢音はその流れに乗らなかった。

目が合った瞬間、ふっと微笑む。


「私は、枠太君に教えてもらおうかな」


「…そっか、そっか、じゃあ、わくたん二人をよろしくね」


笑心歌は何かを察したように笑って、二人の腕を取り、どこかに消えていった。

残されたのは俺と芽衣、そして絢音。

三人の間に静かな熱が残る。



「プレイしたい台とかあるか?」


「枠太先生!ぬいぐるみの取り方が知りたいです!」

「ね?芽衣ちゃんも教えてもらおうよ」


絢音は勢いよく手を上げると、芽衣の腕を引っ張って進んでいく。

そのままぴたりと立ち止まり、指差したのは“ちきかわ”のぬいぐるみ。


鶏の2頭身のキャラクターで、女子の間では人気があるらしい。

正直、良さは全くわからないが…。

絢音の真っ直ぐな瞳を見ていると、取らない選択肢はない。


3本爪の筐体。

紛うことなく確率機だ。

だけど、運だけで終わらせたくない。



絢音は俺の隣に立つと、何の前触れもなく、手を伸ばしてきた。

その小さな手が、俺の手を包む。


「え……」


息が止まる。

レバーを持った絢音の手に、俺の手が重なっていた。

そのまま、首を傾げながら、俺の方を覗き込む。


「…枠太先生、教えて?」


心臓が唸りをあげて脈打つ。

瞳の奥に自分の顔が写るくらい至近距離。


「ちょっと!何してんの!」


芽衣が慌てて声を上げた。

俺の袖を引っ張り、絢音から引き剥がす。


「まず、わくたがお手本見せて」


「…お、おう」


落ち着かない鼓動のまま、ポケットから百円を取り出す。

──ただ、手が触れただけだ…落ち着け。


「じゃあ、基本的な狙い方からな」


深呼吸をして、百円を投入。

カランという音がやけに響く。


「まず、設定の確認だ。3本爪の確率機で、獲得口のシールドは低め。移動制限はアームのレールを見るとわかる」


「そんなところ、気にしたことないや」


少し身を屈めて、筐体を見上げている。


「あと、ぬいぐるみを掴む時は、真ん中を掴むのではなく、アームを少し獲得口に寄せること」

「そうすると、ぬいぐるみも獲得口に寄ってくる」


「確かに、ちょっと寄ってる」


アームの動きに合わせて、ゆっくり俺の方へ身を寄せてくる。

少しずつ確実に縮まっていく。

黒い髪が俺の肩をかすめ、柔らかな香りを残していく。


「さっきから、絢音ちゃん近くない?」


「そう、かな?」


「ま、まぁ、こうやって地道に寄せていくのが無難だな」

「ぬいぐるみがシールドに乗ったら、ひっくり返してゲットだ」


「すごい簡単そうに見える…」


「そう見えても、確率機は基本、沼だからな」


「次はあたしね」


そう言って、芽衣が次の台を探す。

その横顔を目で追っていると、ふと視界の端に“新景品”のポップが見えた。


「あれ?」


近づくと、透明な壁の向こうで台座に立つあの子。

ライトに照らされた表情が、まるで俺に助けを求めているように見える。


「うわ、新景品出てたのか…!」

「しかも、残り一個」


「これ、わくたの好きなキャラじゃん」


「なんで知ってるんだよ」


「…だって、あたしの部屋から飾られてるの見えてるし」


「人の部屋を覗くなよ」


「なっ……ふーん、そういうこと言うんだ…」

「中学の時のこと、忘れたの?」


「待った待った、落ち着け」


「ふーーーん」


口を尖らせる芽衣をなだめつつ、設定を確認する。


「悪い、これプレイしていいか?」


「どうぞー」



いつもと変わらない橋渡し。

何度も繰り返してきた救出劇。

けれど、どこか心の奥が静かで、以前ほど高鳴っている気がしなかった。

──いや、気のせいかもしれない。



いつも通りに最初は真ん中寄せ甘めで狙う。

アームがあの子を優しく抱き抱える。


「BCキタ!」


やっぱり気のせいだ。

BCした瞬間はこんなにもワクワクする。


「BCってなに?」


「バランスキャッチな」


景品の重心をしっかり捉えることで、アームが景品を持ち上げる。

上手くいくと一発ゲットの可能性もあるクレーンゲーマーにとっての夢。

BCした時は、誰しもがドキドキとワクワクの狭間にいる。

落ちるか、残るか──その刹那がたまらない。


「…ミリ残しか」


あの角を外せば、次で取れる。

安心感と興奮を同時に抱えながら、ポケットから百円を取り出した、その時──


「…ちょっと来る」


莉愛が焦った様子で、俺の袖を掴んだ。


その直後。


「ちょっと!やめてってば!」


笑心歌の悲鳴が電子音を突き破った。


百円玉が、手の中から滑り落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ