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月光の鍵  作者: S.Brown
3/6

第3話「蒼い残響と誓いの剣」

第2話までお読みいただき、ありがとうございます。

第3話では、いよいよ仲間が集い始め、

彼らの間に芽生える絆や、初めての共闘が描かれます。

それぞれが抱える過去、決意、迷い。

旅はまだ始まったばかりですが、運命の歯車はもう動き出しています。

本編はここから毎週木曜更新。

どうぞ、これからも見守っていただけたら嬉しいです。

夜明け前の森には、冷たく重い霧が漂っていた。

草の上には無数の露がきらめき、細い枝の先では小鳥たちが寝息のように小さく揺れている。

その静けさを破るように、甲高い金属音が森中に響き渡った。


黒い外套の影たち――月影団の追手が、アリサたちの前に姿を現した。

「来たか……」

ゲルンが低く唸り、巨大な斧を振りかざす。

その全身を覆う灰色の毛並みが、月光に濡れたように光る。

「おいおい、ずいぶん朝早いお出迎えだね!」

シエルはあくびをするように笑いながらも、指先に紅い火球を生じさせる。

細い肩は軽く震えていたが、その瞳には遊戯のような狂気が宿っている。

アリサは胸の奥に宿る星の囁きを感じながら、星図を胸元に押し当てた。

「星よ……どうか、私たちを導いて……!」


先頭に立つ月影団の男が、ゆっくりと覆面を外した。

白い肌、鋭く切り立った顎、冷たい瞳。

「巫女アリサ――やっと見つけた。」

低く湿った声が、血をにじませるように空気を震わせた。

彼は両腕を広げると、背後の兵士たちが一斉に短剣を抜き、森の中へ散開する。

「星詠みの巫女は我々が預かる。お前の運命は我らが月影団に委ねられている。」

「……ふざけないで!」

アリサの声は震えていたが、その瞳には確かな光があった。

彼女はルキオを思い出し、あの夜、星が語った言葉を思い出していた。

『恐れるな。進め。お前だけの道を。』


指揮官が合図を送ると、黒衣の兵たちが静かに周囲を囲み始める。

森の木々がその動きを隠し、あたかも夜そのものが動き出したかのように思えた。



* * *



「来るぞ!」

ゲルンが咆哮を上げた瞬間、前方から二人の刺客が一斉に飛び出した。

彼は大斧を水平に振り抜き、瞬時に一人の兵士を吹き飛ばす。

返す刃で次の敵の短剣を弾き、吼えるように威嚇する。

「はっはー!燃えるじゃないか!」

シエルは跳ねるように地面を蹴り、指先から火の矢を連射する。

赤い光弾は宙を舞い、月影団の兵たちの間を縫うように飛び、爆ぜる。

草木が一瞬だけ赤く染まり、焦げた匂いが風に混じった。

「巫女よ、下がれ!後ろに!」

ゲルンが叫ぶが、アリサはその場を離れなかった。

彼女の目には、森の奥からさらに迫る黒い影が見えていた。

「数が……多い……!」

「これじゃ切りがないよ!」

シエルが苛立つように舌打ちをし、両手を合わせて大きな魔力の渦を生じさせる。

「これでどうだっ!」

白い光がほとばしり、直後に轟音が森を貫いた。

衝撃波で数人の敵が吹き飛び、周囲の枝葉がざわざわと悲鳴を上げるように揺れる。

だが、それでも敵の動きは止まらない。


新たに現れた兵士たちが弓を構え、矢の先に青白い魔力を帯びさせる。

「……あれは!」

アリサの脳裏に、先代の星詠みの教えが蘇る。

――『月影団は、術を矢に封じる技を持つ。星詠みの護符を貫く力すらある。』

「ゲルン、シエル、気をつけて!それは……!」

言い終わるより先に、矢の雨が夜空を裂く。

ゲルンは前に飛び出し、大斧を盾のように振るい、無数の矢を受け止める。

木の幹に弾けた矢が爆ぜ、煙が立ち上る。

シエルも素早く飛び退き、魔力の障壁を張って耐える。

だが、アリサの足元に一本の矢が突き刺さった瞬間、彼女の体が後方に投げ出された。

「アリサっ!」

ゲルンが咆哮する。

だが、彼女は倒れながらも必死に星図を抱きしめた。

「まだ……終わらない……!」

再び立ち上がると、星図の中心が淡く光り始める。

細い糸のような光が彼女の指先に絡まり、月光と溶け合った。

「……星よ、力を貸して……!」

アリサは両手を天に掲げ、星図を広げると、空の星々が瞬時に反応するようにきらめき始めた。

それはまるで無数の星の子らが、彼女に呼応しているかのようだった。

「これが……星詠みの……!」

シエルが驚愕に目を見張る中、アリサの周囲に無数の光の刃が現れ、矢の如く敵兵に放たれる。

一瞬、夜空が昼のように白く輝き、黒衣の兵士たちは悲鳴を上げて崩れ落ちた。


「はっ……いいじゃないか、巫女さま!」

シエルが笑い、火球をさらに強化する。

夜空に大輪の火花が咲き、倒れる兵士たちの悲鳴がこだまする。

ゲルンは敵を薙ぎ払いながら、アリサの姿を振り返った。

その眼には、誇りと同時に、深い安堵の色が浮かんでいた。

――これが、お前の選んだ道か。

かつて彼は、大切な仲間を守れず失った過去を背負っていた。

そして今度こそ、誰かの「選択」を尊重し、共に歩むと誓ったのだ。


「……まだ終わりじゃない!」

アリサは再び星図を掲げる。

光の刃が矢のように放たれ、敵兵の布陣を次々と崩壊させていく。

指揮官が顔を歪め、後退の合図を叫ぶ。

「退け!退けぇぇっ!」

残った兵士たちは慌てて霧の中へ消え、夜の森には急速に静寂が戻った。

辺りに残るのは、折れた矢と倒れた黒衣の屍。

そして、立ち尽くす三人の影だけだった。



* * *



ゲルンは斧を肩に担ぎ、荒い息を吐いた。

その巨大な背に浮かぶ傷跡が、戦いの激しさを物語っていた。

「……アリサ、お前……。」

ゲルンは低い声でそう呟くと、アリサの肩にそっと大きな手を置いた。

その掌は大地のように温かく、彼女を包み込むようだった。

「……ありがとう、ゲルン。」

アリサは彼を見上げ、小さく微笑んだ。

彼女の頬には、土と血と、涙の跡が混ざり合っていた。

シエルも近づき、指先から小さな火を灯して彼女の顔を覗き込む。

「やれやれ……僕の出番を取られるとは思わなかったよ、巫女さま。」

シエルの軽口の裏には、ほっとした安堵と、得体の知れない孤独が滲んでいた。

誰も寄りつけないような笑顔を張りつけながら、彼自身も誰かに選んでもらえることを、ずっと待っていたのだ。

アリサは微笑みを浮かべ、二人を順に見つめた。

その視線には、迷いも恐れももうなかった。

「二人とも……お願い。これから先、どんな絶望が待っていても、一緒に……。」

ゲルンは力強く頷き、アリサの頭に大きな手を置く。

「お前の剣であり、盾であると誓った。俺はそれを違えることはない。」

シエルは一歩前に出て、アリサの胸に手を当てた。

「僕は……自分が面白いと思う方を選ぶだけさ。でも、今は君の光が面白い。それに、まだ死ぬつもりはないからね。」

アリサは小さく笑い、二人の手をそっと握った。

「ありがとう……。本当に……ありがとう。」

夜空から降り注ぐ星の光が、三人を静かに照らしていた。

その光は、彼らの決意と未来を祝福するかのように淡く、しかし確かに輝いていた。



* * *



「星は……次の道を示している。」

アリサは震える指で星図をなぞる。

その中央には、微かに輝く鍵の幻影が浮かんでいた。

「蒼き残響の城……そこに、月光の鍵の真なる形の断片があると……。」

「蒼き残響……。物騒な名前だな。」

ゲルンが斧を見つめ、低く唸った。

「でも、行くしかないんだろう?」

シエルが軽く笑いながらも、その青い瞳は真剣だった。

彼にとって「面白さ」はただの言葉の皮ではない。

彼は「選ぶこと」から逃げる代わりに、選んだ世界に全身を投げ込むしか、生き方を知らなかった。


アリサはゆっくり立ち上がり、二人を見渡す。

「……ありがとう。私一人じゃ、きっと立ち上がれなかった。」

ゲルンは無言で彼女の頭を撫で、シエルは指先で彼女の額を軽く突いた。

「これからが本番だよ、巫女さま。」

アリサは微笑んだ。

その笑みは、霧に溶ける夜明けの光のように柔らかく、しかし決して消えない強さを帯びていた。



――星は語る。月は見守る。そして、人は選ぶ。

「行こう……蒼き残響の城へ。これが私たちの選んだ、光と影の旅だから。」


三人の影はゆっくりと月光の中を進む。

やがて、霧の奥に見える廃墟の輪郭が、幽かな青い光に包まれ始めた。

それは、まだ見ぬ未来への呼び声。

星と月と、自分自身の意志が重なり合い、物語はさらに深い闇と光へ進もうとしていた。



(第4話『蒼き残響の城と古の声』へ続く)

ここまでお付き合いくださり、心から感謝します。

次回から毎週木曜に更新予定です。

また、関連短編も今後投稿予定です。そちらもお楽しみに。


実はnoteでも先行公開しています。気になる方はぜひ覗いてみてください。

(noteでは第6話以降が有料ですが、なろうでは引き続き無料公開予定です)

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