選定の儀 1
最初に言われていた王宮はなかなか豪華だった。シャンデリアがあって、キラキラと黄金や宝石で飾られている。
そんなところはカナタもはじめてだった。
「すげえな」
「うん。どこもかしこも金色ですごいね」
学ランといっしょに来た、王宮の広間にいたのはせいぜい三十人程度だった。
豪華な場所には不釣り合いな人たちが集まっているから、それが転生者だとすぐにわかる。
「けっこういるんだね」
「なんか、一斉召還? とからしい」
「ふうん?」
カナタが見たことない服装をしている者も多かったし、女の人も半分くらいはいた。
みんな不安なのだろう。何が起こるのかわからず、どこか心配そうにきょろきょろと自然をさまよわせている者もいた。
「集まったか……」
そのとき、ヒールの音が、鋭く床に響いた。
現れたのは、まだ成人したばかりと思われる、一人の若い男だった。
整った金色の髪は、光を受けてまばゆく輝いている。澄んだ青い瞳は、どこか張りつめたような気配を帯びていた。
「あれが王様?」
カナタが学ランに聞いてみる。
「わ、わからない……けど、偉い人なのは間違いないんじゃないか?」
学ランも困ったように首を振る。
わからないので、カナタは青年を観察する。
(エルフさんを閉じ込めるような、怖そうな人には見えないけれどなぁ?)
その顔つきは厳しく引き締まっていたが、笑えばきっと柔らかくなる気がした。
そんな予感を抱かせる青年だった。
「静粛に。これより、我が王との謁見である」
特大のファンファーレと共に、昼間にいた騎士達が全員、背筋を正した。瞬間、一人の男が姿を現した。七色に輝くマントに、冠をつけた金の髪に緑の瞳。そして、その若いながら威厳ある顔立ちは確かに王だとわかるもの。
「偉大なる魔術王の御前である!皆、頭を垂れよ!」
そういわれておずおずと、頭を下げる者たち。何人かは頭を下げることができず。ほかの者達が頭を下げているのを見て、驚いたように目を見張っている。そういう人は、大抵服装がおかしくて、なんだか体の線がぴったりと分かるような、タイツを身につけているだけの者や半裸で腰布だけの者など、他と明らかに見た目が違う者達が多かった。
(これが、さっき言っていた文化が違うってやつなのかな?)
それに対して誰かが無理やり頭を下げさせるかと思ったが、そういうことは特にない。
王様も玉座に座ると、集められた世界の者たち。ひとりひとりの顔をじっと見つめた後、それから言葉を発した。
「我はオレリウス。この国の王だ。よく来たな。頭をあげよ」
そういわれて、頭を下げたものたちが、また頭を上げた。これはもしかしたら、この国の挨拶のようなものなのかもしれない。
「よく来たな、転移をした者たち。中には転生者、も混じっているようだが……今は詮索はせぬ」
王は低い声で言った。
「ここは、貴様らの世界とは違う時空に位置する世界。そして、この世界は今、滅びの危機に瀕している」
そこで何人かがごくり、と喉を鳴らす音が聞こえた。
「この世界には魔物、と呼ばれる人間に害する存在している。連中は人の領域ではない魔界、と呼ばれる場所から発生はしている。だが、その活発が近年、激しくなってきているのだ。これは、『終焉を呼びし者』すなわち『魔王』と呼ばれる存在が生まれることに起因している」
「……魔王?」
その言葉に、カナタは思わず、首をかしげてしまった。
「なんだ、お前のところはゲームとかなかったのか? こういう設定ぐらいは聞いたことあるだろう」
学ランが訝し気にカナタに言う。
「いや……そういうわけじゃないんだけど。ここでこういう言葉が聞けるとは思ってもみなくて」
それに、カナタは曖昧に笑って答えた。
「魔王そのものは自然発生的な現象であるが、此度の魔王はあまりに力が強すぎる。そのため、我が国は神々に嘆願し、魔力を行使できない世界から数年に一度転移者、および転生者を募ることとしている。この世界を救う、救国の勇者を探すためだ」
「そ、それで……お戻しいただけるのでしょうか!? 私を、元の世界に……! おねがいです、異世界の王……! 明日は結婚式なのです。私がいなくなれば、一族の未来に、取り返しのつかない影響が出てしまいます……! どうか、異世界の王たるお方よ……お慈悲を……! 私を、お救いくださいませ……!」
そこで隅の方で、不安そうに顔を歪めていた女性が叫んだ。
彼女の服装は、この中世的な世界とあまり変わりがない。どこかの貴族の娘だと言われてしまっても、馴染んでしまいそうだが、その髪色が鮮やかな根元の水色から毛先のピンク色に変わっているのは、どこか異質な気がした。染めているにしてはあまりに鮮やかだ。
「ふむ。そのようなことがあるか」
王は少し考えてから、うなずく。
「だが……この召還は基本的には素質のあるものから選ばれたランダムなものとなっている。そして、この世界のマナを過剰に消費させないようにするために、召還は数年に一回と決まっている。そのため、元の世界へ帰るのは数年後となる。世界の均衡のためだ。納得せよとは言わぬ。だが、手立てはない」
「そ、んな……わたし……あ、ああ……なんのために……?」
「ち、ちょっと、大丈夫か?!」
女性が崩れ落ちる。その傍にいた白衣の優男がそれに駆け寄った。
「ただし、いきなりこのような場所に呼び出され、魔王を倒せ、といわれても困るのは道理である」
そういいながら王様は一瞥すると、最初に入ってきた金色の髪の青年に紙を広げさせた。
「そのため、基本的に勇者以外の者には、仮のものではあるが、土地と戸籍、およびこの国で一般的な生活ができるように年金も支給する。また、望む者には適当な職に就くこともできるように教育と斡旋もしよう。また、そのようなことをせずに戦線に加わり、魔物退治で手っ取り早く富と名声を得ることも可能だ」
つまりは、勝手に召還したお詫びに帰るまでの当面の生活は面倒を見てくれるようだ。
それを書いた紙であるらしい。
「なんだか随分と親切な王様だな」
カナタはポツリと呟く。
あの巨大な塔の真ん中に、白いエルフを閉じ込めていなければ、この王様は普通にいい人なのではないかと思ってしまう。
「は? だ、だって、あいつ、勝手に召還して……俺ら、しばらく誰も帰れないんだぞ?!」
「だって、その『救国の勇者』とやらが必要なだけならば、ほかの人たちなんて面倒を見なくていいのに。それをしないって優しくない?」
「……それは……」
そのままどうでもいい人たちには、さっさと野垂れ死ねと言ってしまってもいいはずなのに、そんなことをせずに自分たちのための都合で呼び出したのだから、最後まで面倒を見ると言っている。
「やっぱりそういう人が王様になるのかな? これは先に会っても良かったかな」
カナタは小さくつぶやいた。
「なに言ってんだよ」
「だって生活の面倒見てくれるなんてさ。そこまで考えて召還してるんだと思ってさ」
「ま、まあ、確かにな。なんか、ここに来るまでの食費とかも全部、国の金らしくて。村の人も転生者には親切だったよ」
学ランもそれにうなずいた。だが、そんな王様の親切心を感じている者はごく一部であったらしい。
「魔物と戦え、なんて」
「そんなこと、できるの……? しかも、魔法とか……」
みんな、呆然としている。
この世界に飛ばされて、どうやっても向こう数年は帰ることができないのだから、もしかしたらその反応は当然なのかもしれない。
「自信を持つがよい。貴様らであればできるとも。転生者は、マナの高い魔法に適した者が多く選ばれている。我々の世界では常人とは比べものにならない力を発揮することがある。資質次第では、な」
そこで王様は言葉を切って、集められた者たちの顔をもう一度見回した。
「もしマナや魔法についてさらに理解を深めたいのなら、まず選定の儀の後にせよ。魔法大臣が詳しく話をしてくれる。彼はこの分野の第一人者だから、安心して任せるがいい」
そう言ってオレリウス王が軽く指で示すと、そこにいた明らかに魔法使いのような白い髭を蓄えた老人がゆっくりと立ち上がって頭を下げた。
どうやらすべてを説明する気はないが、彼らが疑問に思っていることなどに関しては、最初から解消してくれるようだった。
「それでは時間も少ない、『選定の儀』にうつる」
オレリウス王はさっさと指を弾く。
すると、あらかじめ準備されていたのだろう。ローブを着た魔術師が数人で、カナタの身の丈の数倍はある、巨大な鏡を持ち出してきた。そのカーテンを取り去ると、うやうやしく頭を下げる。
「この鏡は、この国の国宝。映し出された者の魂の素質を図るもの。これにより救国の勇者を見つけることができる。また、その勇者の仲間となり、この世界を救う使命をもった七英雄のものがいる時もこちらで分かる。その場合は、こちらで保護をする」
「七英雄……か」
学ランは何か思うことがあったのか。その言葉にこぶしをぎゅっと握っている。
「救国の勇者は確実にここ数年で登場する。今、すでに七英雄のうち三人がこの世界で目覚めている。すべて他国の者であるが、この国でも七英雄を一人でも確保できれば、大きな力となるだろう。ここにいる者たちがそうなることを、我も祈っている。さあ、儀を始めよ!」
オレリアス王が言い終わると、魔法大臣が祈りの言葉らしきものを唱え始めた。