王様に会いに行こう
「確かに広い宮殿だよなあ」
エルフと約束をして、カナタはそのまま魔術防御壁のある塔から降りて行った。
エルフからは「防御壁に触れれば、焼き切れる」と言われたが、塔に入るときと同じで、結局降りる時も何も反応もせず、普通に長い階段を下りているだけでよかった。
見張りも特に気にせず、視線をあわせなければカナタを認識しない。
「……俺が歩いていても、何も言わないし。変な城だよね」
カナタの格好はおおよそ普通の平民か旅人のような格好である。
一見しても貴族ではなく、かといって兵士でもない。
そんな青年が王宮の廊下を歩いているだけで呼び止められてもおかしくないのだが、慌ただしそうに動き回っているメイドはおろか、そのあたりで厳めしい顔をしている兵士たちも、カナタを見ても驚きもしない。
「さて、どこへ行けばいいのかなぁ?」
「もしかして、道に迷っているのでありますか?!」
「あ、はい」
ただ、あまりにきょろきょろしていると、声をかけられた。
ピカピカに磨かれた鎧。装備が整っている。王宮付きの兵士だからだろうか。なんだか微妙に語気が強い。
「でしたら、王宮の間へ向かってください。このまままっすぐに進めばつくのであります!! では!!」
それだけ言うと、兵士は持ち場に戻っていってしまった。
それ以外の兵士はカナタのことは放置である。
「これはもしかして、俺ってエルフさん以外に存在感が低くなる『チート』がある、とか……? それはそれで便利そうだけどちょっと寂しいというか……」
「おい、お前」
そこまで考えを巡らせていた時、いきなり呼び止められた。
「え、俺?」
「お前以外に誰がいるんだ? お前も転生者だろう? 一応着替えてるみたいだけど」
それは見慣れない衣装に身を包んだ、カナタよりも少しだけ年下の青年だった。
どこかカッコつけたようなツンツンとした髪型だが、たれ目なせいかどこか優しさが隠しきれていない。
「ああ、よかった。ねえ、俺のことちゃんと見えるんだ」
ちょっとだけホッとした。
やはり、ちゃんとカナタは見えているらしい。
「何言ってるんだ、お前……?」
「いやあ、だって、兵士の人たちみんな無視してくるからさ」
「まあ、そりゃあ……俺たちは必要以上にまだ関わっちゃいけないらしいぜ」
「ふうん?」
そういいながら、カナタはその青年の服を見ながら、その見覚えがある原因を思い出していた。
確か一度だけ教わったことがある。その名前は……。
「あ……えっと……確か……学ラン……?」
「なんだ、お前の世界にも学ランがちゃんとあったんだな。まあ……だったらいいか。文化も近そうだし」
「文化……近いってなに?」
「なあ、もし、『選定の儀』が終わったらお互いの世界の話でもしてみるか?」
「お互いの世界の話? そんなものに興味があるの?」
文化が近い。
選定の儀。
見知らぬ言葉がいくつか出てきている。
カナタはその言葉の意味がよくわからず素直に聞いた。
「むしろ興味ないのか? いや、そういう価値観もある、のか? でも、さっきの全身タイツ野郎よりマシだろうし……ああ、もちろん嫌じゃなければいい。それに大事なのは『選定の儀』だしさ」
「選定……ねえ、その『選定の儀』ってのには、王様も来るの?」
すると学ランを着た青年は、少しだけ考えるようにして、顎に手を当ててから、あいまいに頷いてきた。
「そりゃあ……たぶんくるんじゃないか。この国の中でも、今後を左右する重要なイベントだってみんなが言っていたし」
「そっか。それは重要だ」
カナタも曖昧にうなずいた。
多分、この学ランの青年は「選定の儀」というのを、詳しく知らないに違いない。
だが、重要なイベントだというのであれば、王様がくる可能性も高いだろう。
このままやみくもにこの広い王宮を探しているよりは、よほど彼について行った方が早く事が済むかもしれない。
なにより、あの鎖でつながれているエルフは随分と不機嫌そうだった。あまり長い時間をかけてしまって機嫌を損ねてしまったら、もしかしたら気が変わって旅に出てくれないと言うかもしれない。
それは困る。とても困る。
なにしろカナタはあの綺麗なエルフと、旅に出たいと思っているのだ。
やっと見つけたのだから、断られるのは傷つく。
「だったら、そこまで一緒に行ってくれないかな?」
「もとよりそのつもりだ。そうじゃないと声をかけないだろ。ほら、行くぞ」
学ランの青年はうなずいて、着いてこいとばかりに促した。
ぶっきらぼうな喋り口をしてはいるものの、割とこの青年は優しい性格をしているのではないかと、カナタは勝手に考えていた。
王宮を学ランと一緒に歩いて、だんだんと城の奥にやってきた。
「えっと、こっちですよね」
「はい、そうであります!!」
確認のために話しかけると、兵士たちが学ランとカナタに敬礼しているのがちょっと面白い。
見た目だけならば多分、王宮づきの兵士たちの方がよほどいい格好をしているはずなのに、彼らからしてみれば「転生者」の方が立場が上なのだろうか。それとも何か別の理由があるのか。
(その理由はよくわからないけれどなあ)
「ねえ、転生者ってやっぱり何かすごい力を持っているのかな?」
学ランに聞いてみると、彼は何を言っているんだ、とばかりに眉をひそめた。
「お前、ここに来る前にどんな説明を受けたんだよ」
「……いやあ、実はあんまり聞いてなくて」
適当に誤魔化すようにそういうと、学ランは「……確かに転生したてなら、そういう混乱はあるかもな」と勝手に納得してくれた。
そしてつけ足すように言った。
「転生者は大抵『チート』っていう能力を持ち合わせてるんだよ。その中で強い連中はそれだけで重宝される。だからここの王様はそういう連中を探しているんだ」
「ふうん。だったら、君も?」
「まあ……多分……」
学ランはちょっと視線を逸らした。
「あれ、なんか聞いちゃいけない感じ?」
なんだか聞いてはいけないことを聞いた気分になる。
「そうじゃないけど……なんというかすぐに発現するチート、とかではないっぽい……あ、言っておくけど、まったくの無能力ってわけじゃないぞ! 聞いたらちゃんと魔力は備わっているし、魔法……炎魔法は中級魔法くらいなら使えたし! 単にちょっとわかりにくい能力なだけの可能性もあるんだからな!」
「ふうん?」
「そういうのも王様に会えばわかるんだよ! 村の人たちもそう言ってた!!」
まあ、きっと強いのだろう。
カナタはそう思った。
魔法の中級、初級と聞いてもどんなものかわからないし、炎魔法もよく知らない。
そういう「知識」はカナタにはない。
だからそれはなんとなくの「勘」である。
「そういうお前はなんか……その『チート』っぽいものあるのか?」
学ランは探るように尋ねてくる。
もしかしたら、カナタが強い「チート」を持っているのかもしれない、と危惧しているのかもしれない。
「いや? 特には、ちょっと魔法が使えるかもしれないけれど、それ以外はそういうことは言われてないよ。だからないんじゃないかな?」
だが、カナタはそれに首をかしげる。ちなみにこれは事実である。
自分に特別な能力があるかどうかなんて、カナタには判別がつかない。
先ほどのエルフには、あの塔のてっぺんにたどり着けるだけですごいと言われたが、あれも最初からいた森を出て適当に探していたらなんとなく行きついただけなので、本当にすごいのかどうかも分からない。
「もしかして……チートがないと、殺されたりする? そういう怖い人なの?」
王様に今からあの囚われているエルフの解放をお願いしたいのだが、それをしても大丈夫なのだろうか。
そんなことを思ってカナタは軽く学ランに聞いてみた。
「さすがに……殺したりは、ないと……思う」
それに学ランは困ったように言葉に詰まっていた。
「俺が転生したところは、ちょっとこの王都よりはずれの村だったけれど、みんな親切だったんだ。王様を悪く言うやつもいなかった。だから、そこの王様が悪い奴だとはあんまり思いたくないんだ」
「へえ? まあ、僕には悪い王様とかはあんまりわかんないけどね」
「なんだよ、お前のところは王様いなかったのか?」
「うん。だからこっちに来てから、物語で知ったんだ」
カナタは学ランの青年に頷いた。
「うちも、王様っぽいのはいたけれど……それもなんか法律とか決めるの、別の人だったからな。実は……会うのはじめてかも」
「じゃあ一緒だ! 優しい人だといいねえ」
具体的には捕まえているエルフを解放してくれるくらいにいい人だと嬉しい。
カナタはそんな希望をこめて言った。
「お前、変な奴だけど……そうだな。そういう人なら、帰る方法とかチートとか教えてくれるかもな」
学ランもそれに頷いた。
多分、お互いの目的は違っているが、カナタは別にそれでよかったのだ。