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「自称」転生者と最後のエルフ

胡散臭い「転生者」と訳ありなエルフの話です。

ご意見ご感想お聞かせくだされば嬉しいです!

 鎖の音が鳴った。

 光り差し込む天高く伸びる塔の最上階。

 そこにあるのはたった一つの牢獄(ろうごく)

 白いエルフが一人、囚われていた。髪も肌も、どこまでも透き通るような白。


「……やあ」

「……」


 声をかけられる。

 エルフが顔をあげる。

 唯一、その瞳だけが赤い。


「人間か?」


 その目の前には、これと言って、特に特徴のない人間の男が立っていた。

 強いて言うのであれば、顔立ちが多少整っているといったところだろうか。見目麗しく誇り高いエルフが、目の前で軽く挨拶をされても不快感がない程度には、目鼻立ちは悪くない。

 だが、ただそれだけである。


「綺麗だね。この世界ではエルフは、もういなくなってしまったって言われてたけど。探してみるといるもんなんだ。ほんと、森を出てきてよかったよ」

「……」


 エルフが答えないでいると、青年はニコニコとエルフの顔を見て、それから鎖で繋がれたその身体を上から下まで眺めると頷いた。


「やっぱり、とても綺麗だ。髪が長いけれどさ……ねえ、君って男の子? 女の子?」

「どうやってここまで入った?」


 青年のぶしつけな質問には答えずに、エルフは静かに尋ねる。


「あ、よかった。言葉通じるんだ。エルフは共通語を話さないかと思ったよ」

「そのようなことはいい。答えよ、どうやって?」


 さらに圧を強めてエルフは尋ねた。


「……どうやってって、そりゃあ普通に階段を上って? それ以外にここにくる方法があるの?」


 質問を無視したことには全く怒ることもなく、青年は軽い調子で答えた。

 むしろエルフと会話できたことを喜んでいるようだった。


「ここに入ろうとすれば、防御壁が侵入者を焼き切る。触れた瞬間に煙になるぞ、人間」


 それに怪訝な顔をしながら、エルフは言った。


「ふうん? そんなものあったんだ。ぜんぜん気がつかなかったけれど」


 青年は不思議そうな顔をしていたが、やがて納得したように頷いた。


「……あ、そうか。それは、俺が転生者だからかもしれないな」

「転生者? あの物語に出てくるような?」


 白いエルフは眉を顰める。

 青年はそこで「うん」と嬉しそうにまた笑う。

 そういわれることが心底嬉しいとでも言うかのように。


「そうだよ。確か……うん、そうだ、『地球』ってところから俺は転生してきたんだ。それでここに来たんだよ。だから何らかの『チート』でも持ち合わせているんじゃないかな」

「……ほう? それで? その転生者とやらが、ここまでわざわざエルフを見にやってきたというのか?」

「そのつもりはなかったんだけどね。エルフがいるなんて聞いてなかったし」


 青年は、それをあっさりと否定する。


「だったら、なぜここに来た?」

「俺は、王様って人に会ってみたかったんだよ。噂には聞いていたけど、どんな人なのかよく分からなかったから、一度見ておきたいと思って。あ、でも、王様はもういいかな」

「……なぜ、興味をなくす?」

「だって君に出会えたから!」


 エルフが尋ねると、青年は嬉しそうに顔を輝かせて即答した。


「仲間にするなら、顔も性格もよくわからない王様なんかよりも、綺麗なエルフの方がよほどいい。そのほうが楽しいよ、きっと」


 青年は軽い調子のままである。

 すでに決定事項のように、鎖に囚われたエルフに手を伸ばした。


「仲間?」


 その意味がわからず、エルフは聞き返す。もしも鎖に繋がれていなければ、こんな男の戯言など聞かずに、さっさと立ち去っていただろう。


「そう。憧れていたんだよね。パーティを組んで、旅をするの。それこそ、彼方まで……あ、そうか。うん……それ、いいな……ねえ、俺の名前はカナタだよ。よろしくね……えっと名前を教えてくれる?」


 カナタ。

 まるでたった今、思いついた名前でとでも言いたげな名前。

 そんなうさん臭い名前を軽く言って、カナタはエルフに手を伸ばした。


「……」


 エルフはその手をじっと見つめ、それから吐き捨てるように言った。


「エルフはその真名を隠す。真名を知られれば、魂を利用されることにもつながりかねない。仮名であっても、本当に仲間として認めたものだけだ」

「え。じゃあ、エルフ……さん、とか? それは嫌だな」


 「ちょっとそれはそれで、他人行儀で不便かもしれないし」と、カナタは困ったように眉根を下げた。

 種族名で呼ばれるのは、カナタも「転生者さん」と呼ばれることと同じことだと気がついたのだ。そんなふうに言われていては、いつまでたっても仲良くできない。それでは旅をするにしても、その楽しさは半減してしまうのではないか。

 カナタにはそう思われたのである。


「それも気に食わん。そもそも種族名は目立つ。いや、そうだな……貴様には、その『チート』とやらがあるのだな?」


 エルフの言葉にカナタは少し考える。

 チート。

 そんなものがあるのか。


「……うん、そうだね。多分そうじゃないかな? ここまで普通に来たわけだし。魔法防御壁もわからなかったし」


 だが、魔術壁を破ったのは事実なのだろう。

 だったら、それがチート。

 多分、その認識であっている、気がする。

 そう言いたげに、カナタは曖昧にうなずいてみた。


「だったら、その力を使って私を開放してみせよ。そうすれば名前は教えてやるし、貴様のその『旅』とやらに同行してもよい」

「え、ほんと?!」


 カナタは嬉しそうに笑って、エルフを繋いでいる見事な花を象った細工の入った銀の鎖に手を伸ばそうとする。

 しかし、そこでエルフは言う。


「待て」

「なに?」

「もう一つ条件がある。この鎖をほどくためには、魔力が必要だ。それもエルフ自身の魔力が。それ以外の力で、無理矢理こじ開けようとすると、その魔力が持ち主を殺すように呪いがかけられている」

「なにそれ? ってことは、エルフさんが自分で鎖を解けばいいんじゃないの?」

「エルフは強力な魔法を行使するための呪印を、体のどこかに彫ってある。しかし、私の場合は、それをこの国の王に奪われた。よって、今の私にはこの鎖は解けない。外部から無理に外せば私が殺される」


 そういいながらエルフが首を曲げる。惜しげもなく傷一つない、光り輝くような肌が露わになる。だが、そこにはエルフのいう「呪印」はない。


「なんでそんなことされたの? 王様って誰かのために働く仕事じゃなかったの?」


 カナタが尋ねると、エルフは吐き捨てるように、は、っと口の端を歪めた。

 もしかしたら笑っているのかもしれない。そんな笑顔とも言えないような、でも美しい表情だった。


「私を女にして嫁にしたいと言ってきたので、断ってやった。そうしてここに閉じ込められて、こうして言うことを聞くまで呪印も取り上げられているのだ」

「うわあ、ひどい話だ。王様ってのは聞いていたのとは大違いだね」


 カナタはうんうん、と納得するように頷く。


「……貴様、話の意味がわかってそういっているのか?」


 あまりわかっているようには見えない。

 エルフは訝しげにカナタを見つめる。するとカナタは少しだけ考えてから、突拍子もなく言った。


「……ってことは、王様に会って返して欲しいって言えばいいってこと? そうしたら、エルフさんは名前を教えてくれて、俺と旅をしてくれる?」

「……できるものならな」


 エルフは目の前の愚かな人間に憐みの瞳を向けながら頷いた。


「わかった。じゃあ、ちょっと行ってみるよ。それで王様にエルフさんを解放してって頼んでくる」


 それに対して、まるで近所の人にでも会ってくるかのような口ぶりで、カナタは頷いた。


「それまでに結婚を了承しないでね? じゃあ、待ってて!」


 カナタはエルフから踵を返すと、そのまま扉から堂々と出て行った。

 エルフは尖った長い耳をすませる。魔術壁が反応した様子はない。

 肉の焼け焦げる匂いもない。この分ならばこの塔から脱出できるだろう。

 だが。


「……バカな人間だな」


 エルフは息を吐く。

 カナタは知らなかった。


「この国の王は名高き魔術王。魔王の配下、ドラゴンさえも従える王だ。それに私の呪印を返せなどと……転生者ごときが言ったところで、通るものか」


 低くそう呟きながら、エルフがカナタの出て行った先を見つめていたことを。




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