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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
一章 日常論者の非日常の始まり
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二話③ 非日常の始まり?


 彼女はまず、僕の封じられていたらしい記憶を解放した。僕の感覚的には、二つあった記憶の内の、もう片方が消えたようだった。二つの内、現実的な方が。


 それを契機に、よりはっきりと昨日の出来事を思い出せるようになった。


「―――記憶が戻ったところで、今から私達の結社について話すけど、準備はいい?」


 彼女は相変わらず愛想という物が無かった。僕はあまり気にしないけど、他の人からしたらかなり怖いだろう。目に輝きは無いし、喋るときは口しか動かない。存在に得体のしれなさがある。


「まず、この世界は本物じゃない。仮想の現実」


「……え?」


「仮想的に作られた、プログラミングされた0と1の集合体。それがこの世界で、この世界の住民の正体」


 唐突な切り出し方に、僕は呆けてしまった。


「いやちょっと待ってくださいよ。急に話がぶっ飛びすぎじゃ?」

「急にも何も、最初からずっとこの話をしている。異常を見たとき、それは0と1の集合体に変化していた。違う?」


 彼女は相変わらず表情を変えなかった。言っていることが本当なのか嘘なのかの判断がつきづらくて、僕は少し彼女を苦手に感じた。


「それに関しては…違わないけど。でも、それとこれとは話が違うと思う」


「違わない。この世界は様々な設定コーディングによって法則と理を備えた非現実。ここにコンピュータがある」彼女は傍の机に置かれたノートパソコンを持って、僕の元に持ってきた。


「これはかつてアメリカの発明家が作ったもの。原理を突き詰めていけば、これは0と1の信号であらゆることを表現している。例えばあなたの持つスマホも、原理で言えばこれと同じ。つまり、全て突き詰めれば0と1で表現されている」


 パソコンのデスクトップには“game over”の文字と、その下に“continue”、”main menu”の文字が表示されている。僕が来る前には、彼女はゲームをしていたらしい。


 溜息を吐いた。


「…百歩譲って、そのことが真実だとして…じゃあここはなんなんだ?パソコンとか、ゲームの中ってこと?」


「それは私達にも分からない。だが、かつて居た仲間がこう言っていた「俺達はおそらく現実に肉体を持っていて、何らかの理由でここに意識だけ飛ばされてるんじゃないか?」と」


 その言葉に僕は眉をひそめた。


「不明瞭すぎると思う。信じられない」


 昔の仲間が言っていたからと言って、それを手放しに信じてしまうのには危うさがある。そんな不確かな情報でこれから活動するのは、なんだか嫌だ。


 眞弓の言葉に少しくらいは表情が変わるかと思ったが、やはり彼女は鉄仮面だった。


「信じた方が良い。あなたは経験したはず。昨日、獅子谷と虹崎があなたを拘束して記憶を封じてきたこと」

「それとこれにどんな関係が……」

「私達は全員、記憶を封じられた経験がある」


 今回は表情が変わっていた。眉間にしわを寄せて、目を尖らせて、怒りを押し殺している様な、そんな表情。彼女がそれほどの表情になるという事は、つまりかなり怒っているということ。


「記憶を封じられ、日常という物語を演じさせられる人生なんて、私達はまっぴら。楽な道より自由な道を歩むために、私達は先の見えない、遥か長い道程を歩いている」


 彼女の目は光を失ったのではなかった。その目には確かに闘志が揺らいでいる。僕は、そんな彼女の目を見て自分が恥ずかしくなった。


 それほどの意志を持った人に、なんの意志も無い心根で反論してしまったと、後悔が募る。


「私達は自分の信じたいものを信じ、立ちふさがる障害を打ち倒す。その志を持った体験者プレイヤーだ。あなたも私達と同じになるなら、この志に従ってもらいたい。出来るなら。お願いしたい。出来るならば」


「………」


 どうやら強制する気はないらしい。


「………ん」


 僕は顎に手を当てて考え始めた。


「………」


「………」


「………はい。分かりました。じゃあ僕も、その過去のお仲間さんの遺志を継ぐとしましょう」


 彼女はまた、表情を変えた。


「よろしい」


 微笑んで、そう言った。


「改めて歓迎する。私達の結社に入ってくれてありがとう。自己紹介が遅れた。私の名前は越智吹雪(おちふぶき)。これからよろしく」


 頭を下げて言うので、僕はなんだか居心地が良くない風だった。


 三秒くらい経った後、彼女は頭を上げて教室の後方に積まれている椅子たちの中から二脚取り出し、僕に渡した。腰かけろという意味だろう。僕と彼女は向き合って座った。


「じゃあ今から、私達の行動内容について説明してい―――」


 突如、彼女の言葉を遮るように背後の扉が思い切り開かれた。


「いやー大変な目にあったにゃ!聞いてにゃ吹雪…」


 そう言いながら入って来たのは、見るまでも無く、先程会った()()()少女だった。


 彼女は僕の姿を見るなり


「あー!さっきのセクハラ野郎!」


 なんていわれのないことを言ってきた。


「セクハラ?」吹雪が僕の方を向く。


「いや違う違う、てっきり猫だと思って撫でまわしてただけだから!ていうかそっちもその気だっただろ!」


「はぁ!?違う違う!それはお前が演者キャラクターだと思ってたからにゃ!ここにいるってことは体験者プレイヤーにゃろ?だったら、にゃあの本当の姿が見えててあんな行為に及んだってことにゃ!」


「…プレイヤーっていうのは僕達みたいな、異常を経験した人たちの事?っていうことは、キャラクターはそれ以外の人達ってことなのか?」


「狭義の意味ではそう。広義では、この世界の住人は全員キャラクターという定義になっている。まあ、それは勝手な呼称だけど」


「無視すんにゃ!」


 甲高い声で叫ぶ。

 その声を無視して、吹雪は言葉を続けた。


「私達の姿が演者キャラクターの目に映らない、もしくは仮想の姿で映るのは、ひとえに一人の能力者プレイヤーによるものだ」

「…能力者?」


 中二病?いや、ここまできて全て彼女の妄想の話なわけない。そんなことがあったら、僕は今すぐにでもこの教室から飛び降りてやる。


 そんな決意を固めて「いやでも本当に妄想だったらどうしよう」と勝手に心配性を発揮している眞弓だったが、無論その心配は杞憂に終わる。


「能力と、理解に易い名称にしているが、具体的に言えば自分の心の有り様。誰にでもある普遍的な力。つまりは才能」


 才能。その単語はあまり聞きたくなかった。理由としては僕に才能の一片も存在していないからだけど、そのことをかつて学校の教員に相談したらこんなことを言われた。


「大丈夫。誰にだって才能はあるよ」


 その言葉のせいで、一時僕は全能だと思い込んでいた時期があったが、それはもう二年も前の話だ。今更することではない。というか掘り返す行為は古傷を抉る行為だ。二度と思い出したくない。


「例えば私には、他人の記憶を操作する程度の才能がある。そこにいる猫は、猫になる才能が。あなたにだってあるはず」

「才能と言うより確かに能力みたいな感じですね。でも、僕にそれがあるかは…」


 猫になる才能って何なんだ。思いながらこぼした言葉に、彼女は食い気味に反応した。


「いや、ある。絶対に。それは世界のシステム的に確実。でも自覚が無くて当たり前」

「案外、マージでなんもなかったりしてにゃー」


 そんなことを言わないで欲しい。本当に無かった時に笑えない。

 眞弓は猫を睨んだ。猫は「にゃっ?」なんて小さく叫んで縮こまった。


「才能が、能力が無い人なんて、役名が無いのと同じ。この物語の―――」


 吹雪は「あ」と漏らして「喋りすぎた。これ以上はまだ言えない」と吐き捨てた。


「物語…?物語って言うのは…」


「まあまあ落ち着けにゃ、セクハラ。それについてはにゃあも知らない。この結社でも一部の人しか知り得ない、限定された情報にゃよ」


「つまりは猫被り、君は下っ端ってことだ。僕と同じで下っ端ってことだ。なんか偉ぶってるけど、本当は大したことはないんじゃない?」


「偉ぶってなんかねーにゃ。にゃあはただ猫のように、気ままに気まぐれに気の向くままに、行動して言動して活動しているだけにゃよ」


 猫は僕と吹雪の間に寝転んだ。少なくとも僕は、案外小綺麗でもこの旧校舎の使用されていない教室に寝転がりたいとは思えない。


 眞弓は話を遥か昔に戻すことにした。


「二つ目の質問。この結社はどういう名前で、どんな活動をしているの?」


 一つ目から二つ目の質問に入るまでに三十分程経っているのだけど、吹雪はそんな事気にもしていなかった。


「結社に名前なんて無い。私達はただの人の集まりでしかない。だからチームだったりグループだったり、呼び方は適当で大丈夫。活動内容だけど、これはあなたの昨日の行動がそのままそれだったりする」


「僕の昨日の行動?」


 それこそ目立った行動なんてしていない。ただいつも通り、学校生活を———


―――いや、いつも通りではないことがあった。それは別に、虹崎との出会いだとか、虹崎と獅子谷に追いかけられるだとか、そんな思い切り非日常に踏み込んだ出来事の事を指していない。


 ただただ日常で、日常の一幕の延長線上にある、僕がとったいつもと違う行動の事だ。


 僕が異常を起こした契機の行動だ。


 つまり―――


異常(バグ)を起こすこと。それが私達の活動内容。それは混沌(カオス)を生み出すことで発生する事象。混沌を生んで異常を起こして仲間を増やして、やがてマザーを打ち倒す。それが最終目標」


 彼女は、相も変わらず顔を変えずに言い切った。



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