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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
一章 日常論者の非日常の始まり
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二話① 非日常の始まり?


 僕はまた図書室に居た。


 夕暮れ時で、陽が本の表紙を焼いている。鼻には古本の匂いがついて回る。僕以外には誰もいないその場所で、僕はただ、もう何度も読んだ本を読み返している。


 カチカチカチカチ、時計が秒針を刻む音が耳に心地いい。


 僕はこんな時間がずっと続けばいいと思っている。


 しかし、だんだんと陽は傾いて、やがて夜になってしまった。しかし僕はそこに執着するように残っている。


 用務員さんが来たら怒られるな、なんて思っている僕は、なんて暢気なものだろうか。もっと恐ろしい者が、僕のすぐ近くにいるというのに。


 図書室の扉が開かれた。


 夜なのでもちろん鍵はかかっていたはずだが、僕がここにいるという矛盾が歪を生んで、扉が開かれる要因になってしまったのかもしれない。


 僕という存在が。僕という歪が。


 上靴が、木の床を歩く音が聞こえる。僕はそれがきっと恐ろしくて、すぐ側にあった机の下に身を隠している。


 足音は、本棚の間をゆっくりと歩き、やがて僕が隠れている机の真横で止まった。


 僕は思わず口を押さえた。


「まゆみくん、こんなところにいたんだね」


 虹崎は頭だけをのぞかせてそう言った。


「あはぁ!!!」


 馬鹿みたいな大声を出して、僕は跳ね起きた。この場合、「馬鹿みたいな」は声量の修飾と声色の馬鹿らしさを説明する役割を持っている。そんなことはどうでもいい。


 僕はまるで動画を巻き戻した時のように、再びベッドに寝転がった。


 目を閉じて、記憶を巡ってみる。


 昨日の夕方、僕は図書室に居た。それは紛れもない事実である。その後僕は家に帰り、迎えに来た妹の突進を腹で受け止め、夕飯を食べて、風呂に入って、寝た。それも紛れもない事実である。


 ここまでは明確に、はっきりと思い出すことが出来る。しかし、それ以前の事、つまり昨日の朝から放課後の記憶が、僕にはあまりはっきりと思い出せなかった。


 いや、思い出せないという表現は適切ではない。正しくは「どちらが本当か分からない」だった。


 僕は目を閉じて、二つの記憶を比べてみた。片方はとても普通で、なんのことはない日常の記憶。いつも通りの学校生活の記憶だ。いつも通り登校して、いつも通り帰る。特別な出会いなんて何もない、ありふれた日常。


 もう片方は、とても異質。朝に偶々会った少女が、0と1の集合体になった少女を抑え込んでいる記憶。そして、僕が襲われる記憶。現実味が無さすぎて夢かと思ってしまうが、どうも頭の奥の方では、それも現実だったような記憶がある。


 どちらが良いかと言えば―――


「どおん!」


 思考が佳境に達したかと思えば、突如、僕の部屋の扉が開かれた。開かれるというよりかは開けられるって感じだ。それは一人の小悪魔により犯行だった。


「どおん!どおん!どおん!どおん!―――」


 小悪魔は一歩一歩をその台詞に合わせて踏み出して、やがて僕が寝転がっているベッドの真横に到着した。


「―――どおん!がちゃん!起きろアホ!」


 開口一番口調がキツイこの小悪魔は、僕の妹である奈央なおだ。僕の妹とは思えない程に元気いっぱいだ。


「起きろアホ!起きろアホ!起きろアホ!」


「起きまーす。アホが起きまーす」僕は体を起こした。「アホ起床でーす」


「アハ!アホきしょ!アホきしょ!きっしょ!」


 小学校三年生だ。こんなのでは将来が不安になる。中学校二年生なんかが自分より下の子の未来なんて心配出来るほど偉くはないだろうが、それでも心配になってしまう。


「奈央ちゃん、クラスでは馴染めてるの?」


「ニーちゃん、それはニーちゃん自身が心配すべきことだよ?」


「なっ!あのね奈央ちゃん、今は奈央ちゃんの攻撃ターンじゃないよ。アホアホ言われて傷ついた僕の肢体を、どうしてそこまで蹴れるのかな?」


「蹴ってないけど?」


 言葉の綾だ。それが理解できないのを見ると、まだまだ僕の方が程度が上なんだと実感できるー――いや、実感してどうする。


 僕は朝から疲れてしまったので、奈央ちゃんの頭を鷲掴みにした。


「奈央ちゃんロボット、リビングへ帰還せよ」


「承知!うぃーん、どおん!どおん!どおん!」


 地響きを起こしながら彼女は部屋から出て行った。どうして僕の半分しかない小さな体躯にあれほどのエネルギーがあるのか、謎でしかない。


 僕は災厄が撤退したのを良いことに、もう一度ベッドに横たわった。


 こんな調子なので、眞弓が母親に怒鳴られて家を出るのは必然と言わざるおえない程に必然だった。


「二日続けて遅刻ギリギリだよ…」


 玄関を出てすぐ、僕は呟いた。呟いて立ち止まった。


(あれ、昨日は遅刻しそうになったんだっけ?)


 何かが思い出せそうな、分かりそうな気がする。これは予感だ。


 少しだけ肌がざわついている。


「…なんてことない、日常だろ」


 呟いて、学校へと続く道に足を踏み出した。



☆☆☆



「―――つまりは、この時筆者は自らの幼少期の頃と主人公の境遇を照らし合わせて描写しているってことが分かるんだよね」


 眞弓は頬杖をついて、眠気と戦いながら国語教師の話を聞いていた。昼過ぎで給食を多分に摂取した後だと、首を思い切り曲げてしまっても致し方ないところはある。彼の席からでも舟を漕いでしまっている生徒が数名目に入った。


「はい、皆さん起きてください。雉宮くん、防災頭巾は枕じゃないからね?」


 何をやっているんだ、あいつは。なんて思いながら、気分転換に校庭の方を見た。運動場では体育の授業で楽しそうにサッカーをしている生徒が目にはいった。


 溜息。


 今すぐにでも窓から飛び降りて参加したい―――なんて思うほど僕は運動神経が良くはない。ただ、楽しそうにしている人を見ると興味を持たざるおえないし、僕もその中の仲間入りがしたいなと思う事も……あるだろう。


 自分の心の中でも、自信を持って明確にこれだと言えることは少ない。だから毎回、僕は自分の心根を言い切ることが出来ない。自分が何を考えているのか、感じていることすらも、全てに確信を持てない。だからこんなに中途半端な物言いになる。


 またも溜息。


(結局のところ、日常でしかないんだ。こういう思考も、なにもかも)


 すべて不変の予想通り。何れも不朽の予定調和。世界は僕の想定の範囲内で廻り続ける。


「……ん?」


 思考が煮詰まって来たと感じた時、眞弓の瞳に不自然な者が映った。視点は校庭、お遊戯サッカーの試合の行く末をなんとなく見ていた時、その試合に乱入者が現れた。どっちかと言うと乱入ではなく侵入だ。誰もその人物の侵入に気付いていなかった。


 実際、その人物は特段奇抜な格好をしているわけでも、奇行をしているわけでもない。それでも僕の目に留まった理由はと言うと、彼女が体操服の集団の中で一人だけ、制服を着ているからだ。


 僕は割と視力はいい方なので、じっと彼女の事を見てみた。短く整えられた緑髪、周囲の男子よりは小さめな身長、そして僕の事を見つめる琥珀色の瞳。


 彼女はこちらを見上げていた。


「見つけた」


 口元がそう動いた気がした。僕は目を逸らした。


 知らない人と目が合うと気まずくなって目を逸らしてしまうのは全人類共通の事だと僕は思う。だから僕は目を逸らしたのだけど、そういう行為に意味なんて無かった。


「落ち着いて。黒板を見たままでいい。話だけ聞いて」


 そう彼女は言った。窓枠に座りながら。僕のいる教室が二階であろうが一階であろうが、校庭一瞬からここまで来れるのは異常である。ちなみに僕のいる教室は二階だ。


 僕は彼女に言われた通り、授業を聞くふりをしながら彼女の話を聞いた。


「あなたは昨日、異常バグを経験した。」


「………」


「でもその記憶はおそらく機関(デバッガ―)によって改ざんされているだろう」


 僕は喋るわけにもいかないので、手元に開かれたノートに文字を書いて会話を試みることにした。


〈中二病なのか?〉


「…断じて違う。現に、私の姿はあなた以外に見えていないだろう?」


 それは果たしてどうだろう。全員見て見ぬふりをしている可能性もなくはない。ある確率の方が低いだろうけど。


〈どうして僕は君の姿が見えているの?〉


「それはあなたが異常バグを経験したから。私達の結社チームは、そういう経験者アンダーゴーンにしか認識できないように設定コーディングされている」


〈……横文字が多すぎて分からない〉


「異常を経験したら私達を見ることが出来るようになる。以上」


 とても簡潔でわかりやすい。以降もこういう風に話してもらいたいものだ。そんな風に思っていたら、机の上に丸めた紙が転がってきた。


「開けて」


 言われた通り、それを開いた。そこには「ニュービーへ チームのランデブーポイントはヒアーだ」という文字と簡潔に書かれた校舎の図、その内旧校舎に赤い丸で印が書かれていた。


 僕はペンを手に取った。


〈ふざけているのか?〉


「何が?私達は常に真剣だ」


〈ニュービーはともかく、ヒアーまで横文字にする必要は無かったんじゃないか?〉


「そこはふざけた」


 ふざけてるじゃないか。


「とりあえず放課後、ランデブーポイントもとい旧校舎の三階、角の教室に」


 彼女はそう告げ、窓枠から姿を消した。


 僕は手元に残された紙をもう一度見た。たしかに旧校舎の角の教室があるところに〇がつけられている。だが、これでは何階かという重要な情報が分からない。加えて


(結局口頭で言うんだったらこれいらないんじゃないの?)


 思って、僕はまた溜息を吐いた。


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