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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
二章 純愛戦士の愛無き戦場
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十話① 柊奏音は光り輝く

 そして視点は音楽室の中に戻る。僕と奏音は互いに向き合って、僕は彼女の何も無い手元を、彼女は平凡極まりない僕の顔を見ていた。


「フルートの音、聞こえてたかな?」


 という問いかけに顔を上げる。そして目が合う。南国の空とラムネ瓶を想起させるその瞳は、なんだかとても懐かしく感じた。


 僕は音楽室の机の上に腰かける。


「うん。この教室に入るときに」

「……そう、じゃあだめだね」


 と、奏音は小さくため息を吐いてフルートを下ろした。いや、下ろしたと言ってもそのフルートは存在していないのだけど。


 彼女は窓の外をぼんやりと眺め始めた。どことなくその姿は絵になる。写真を取れば清涼飲料水の広告にそのまま使えそうなくらいに。


「私は校舎中に音を届けられるようになりたい。フルートを持っていなくても」

「……あれ、じゃあどうしてさっき音が聞こえてたんだ?」


 純粋な疑問を浮かべる眞弓に、奏音は微笑んで言う。


「それは演奏していたから。心でね」

「………心で……」


 その発言は、年相応と言えば年相応で、つまりは格好つけた発言だった。しかしそれがなんとなく、真に真剣な気がするのは、つい先ほど彼女の演奏に魅せられていたからだろう。あるいは、これが彼女の能力だったりするのだろうか。


 奏音は「ええと…」と首を斜めに傾けて、わざとらしく言う。


「眞弓…ニコ君だよね。どうして昼休みにこんなところへ?」


 それは至極当然の問いで、僕はもちろんそれに対する答えを用意していた。


「なんとなくだよ」


 用意するまでもない様に思えるその言葉。しかし備えあれば憂いなしとはよく言ったもので、眞弓は心に落ち着きを保つことが出来た。


 彼女は特に目立った反応は見せず、しかしつまらなそうな態度ではない、静かな好奇心をその表情にはらんでいた。


「ふうん。そうなんだ」

「そう、それだけだよ」


 他愛もない会話だな、と僕は思った。しかしそんな会話が嫌いではなかった。


「君は…柊奏音さんだよね?」


 問いかけられて、彼女は動揺したように肩を揺らす。


「え、そう…だけど?」


 声もなんだか揺れている。そこまでおかしい発言だったとは到底思えない。……いや、僕が他人の名前を憶えているのはなかなか珍しいことか。


「いや…なんかいいよね、奏でる音と書いて奏音って」

「そうかな……私はそうは思わないな……」


 と、思わせぶりな物言い。


「名前に明確な意味がつけられて産まれてさ、名は体を表すって言うじゃない?なんだか人生が決められてる様な……いや、言い方を悪くすると決めつけられている様な気がしちゃうんだ」


 縛られる、その言葉に想起したのは猫だった。彼女が自分の名前が分からないのは、いつか忘れただけだと言っていたが、もしかしたらこういう側面もあるのかもしれない。そんなことを頭に浮かべる。


 浮かべるだけ浮かべて、そしてへらっと笑う。


「まあまあ、出産のときに好物のメロンが二個差し入れされたからっていう理由で名前を個数にされるよりはマシじゃない?」

「え………なにそれ怖い…」

「ちなみに妹の名前は奈央ね」

「なおの事怖い!」


 お互い名前にコンプレックスを持つ同士、どうやら気が合うようだった。


「でも眞弓君ってあれだよね、ニコ君ってよりかは眞弓君って感じだよね」

「え、それはどういう意味?」


 なんだか嫌な予感がした。それもつい先日、鬼木羅木有覇という青年に「女みたいな名前だな」と馬鹿にされたばかりだったからだ。


 そうして身構えている眞弓に、奏音はにこりと笑いかけた。


「だって眞弓って字、かっこよくない?」


 その言葉は、僕がこれまでの人生で最も欲しかった言葉なのだろう。直感で分かった。

首のあたりの毛が逆立つのを感じる。少し頬に熱が宿る。鼓動が何だか早くなるのを感じる。



 僕はきっとたった今、柊奏音に惚れたのだ。



 清々しい風が、二人の間を駆け抜けていった。


「そうかな。よく女っぽいって言われるんだけど…」

「ええ?そうかな?それ言った人は多分見る目ないよ」


 目を逸らして呟く僕のことを、相変わらず彼女は見つめていた。


 そんな時、突如として音楽室の扉が開かれた。僕はその音に反応して振り返る。


「あれっ、眞弓君……こんなところにいたんだね」

「に……虹崎……!?」


 扉の前に立っていたのは、再修正の白金色の髪をした少女――虹崎美優。彼女は今日も明るすぎる笑顔で世界を照らしていた。


「なんかふらふらっと歩いてたら、こんなところに来ちゃったんだよっ。まあこれもちょうどいいかなっ」


 なんてことを言いながら、ずかずかと音楽室に入ってくる。今この瞬間から、この教室は僕と奏音だけのものではなく、虹崎美優ただ一人の所有物へと変化した様な気がした。


 彼女はそうして僕の隣まで歩き、その腕を僕の腕に回した。


「ごめんね。眞弓君、借りてっちゃうからっ」

「あ…えっと…」


 奏音は状況が上手く理解できず、狼狽えるのみ。僕も何が何だか分からなくて、思考停止。しかし口だけはかろうじて動く。


「いや待って。どうして?何?え、なにこれ?どういうこと?」


 疑問を呈する眞弓だったが、それに虹崎は答えない。


 本日二度目。僕は引き摺られながら音楽室から連れ出されてしまった。



☆☆☆



「午後の授業は残念だけど出れないっスよ」


 生徒会室に拉致された僕が目にしたのは、生徒会長の座席に座る獅子谷の姿だった。相変わらずこの部屋は散らかっているな、とぼんやりと考える。


「生徒会長としては、こんな手荒な真似はしたくなかったんスけど、まあ状況が状況でしたし、仕方ないんスよ」

「話が見えてこないんだけど。つまり僕が何かしたって言う事?」


 だとしたら心当たりはバリバリにある。なんてったって、彼女達は再修正。僕とほとんど敵対している組織の人間だからだ。


 少し警戒しながら部屋に入り、獅子谷の向かいに置かれた椅子に腰かけた。そんな眞弓の隣の席に、虹崎は座った。


「その前に一つ聞かせてほしいことがあるんだよっ」


 こういう時は殊更明るく笑う。こちらは嫌な予感がして気が気ではないのだけど。しかしそんな僕の気も知らずに、彼女は言葉を続ける。


「君、何か悪しき気持ちを持って、奏音ちゃんに接触してる?」


 その質問に、心の中で腕を組んだ。


(……別に悪しき気持ちなんて無いし………これは不純か…?)


 作戦で彼女と接触することが不純だというのなら、それはそうだろう。しかし数刻前、僕の心持ちは変容していた。これは作戦だけの話ではない。

 

「僕は、彼女の事が好きなんだ」


「………………………………え」


 その長すぎる溜めと、彼女の呆けた顔を見るに、この僕の発言は嘘じゃないようだった。彼女の能力を利用して自分の気持ちを確かめるなんて、あまりに不純な行為だけど。


「…虹崎さん?嘘……っスよね?」

「…………………。」


 答えない虹崎に、獅子谷も絶句する。しばらくの無音の中、虹崎は口を開く。


「だったら……」


 普段の明るい彼女とは打って変わって、真剣な表情で彼女は続けた。


「君はなおのこと、彼女と関わっちゃいけないよ」


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