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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
二章 純愛戦士の愛無き戦場
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八話② 作戦を開始する。

 ワークは一応全て終わらせることが出来た。終わらせただけで大して知識が身についているわけではないけれど。


 しかし今の僕には秘策がある。


「にゃあが、湊に認識阻害してもらうにゃろ?そしたらテスト中は誰の目にも留まらない。にゃから、数学の公式は検索し放題にゃし、理科社会はもはや敵なしにゃ」


 猫の手を借りると言うと頼りなく思えるが、この猫はそこらの一般猫とは違うのだ。貸してくれるというのならばぜひ借りてやろう。


 そんな意気込みをしているので、僕は今日、テスト当日の朝であるのにも関わらず上機嫌だった。

 なので、窓際最後方の席にいるあいつに話しかける余裕もあった。


「よう、雉宮。朝から何見てるんだ?」


 雉宮きじみや四十四しとし。僕の数少ない友人であり、生粋の阿呆。天然と言ってもいいが、彼の抜け具合はそこらにいる天然のそれを遥かに凌駕する。


「見たら分かんね?ニュースーパー〇リオブラザーズW〇iの攻略本だよ」

「マジで何見てんだ」


 僕より余裕そうなのはなんだか腹が立つけれど、思ってみればそれも当たり前だ。なんせこいつは授業はほとんど聞いて無いくせに塾なんかに通う事でいい成績をとり続けているのだから。


 塾に入っても元の頭が良くなければ成績は良くならない。雉宮は阿呆であれど馬鹿では無いのだ。


「いやこのガイド線?みたいなのを見て動きを想像するのが楽しいんだよ」

「お前……」


 僕は言葉が出なかった。いや、正確に言えば嗚咽みたいなそれが漏れたのだけど。


 小学生の頃、車窓から見える街の景色の中で空想の忍者をパルクールさせたことがあるのだけど、それと同じことなのか。いや、多分違うな。


 言葉の代わりに溜息を口から出した。


 そして、雉宮の隣の席に座る彼女に声を掛けた。


「やあ、チコさん。おはよう」


 チコと呼ばれた少女は体を小さく跳ねさせて、机の上に広げていた教科書で自身の顔を隠した。


 兎鯨とげいチコ。またの名を無表情ノーフェイス。だったのはもう過去の話だ。聞くところによると彼女は、二週間分くらいの記憶がすっかりなくなっていたようだった。


 それの確認やらなにやらをしていたら、なんだかんだで雉宮と僕と仲良くなり、こうしてよく話すようになったのだ。


「えあっ、はい、お、おはようございます…」


 以前の…成り代わられていた時の彼女と何ら変わらない反応に、僕はどこか違和感を覚える。


「こいつ、こんなんだけど迷惑かけてないよね?」

「え、いや、迷惑なんてそんな…まったくないですよ!」

「え?本当に?」


 なんでお前がそこで疑うんだよ雉宮。


「…いえ…まあ、私としては…こうして話しかけてくれるだけで…」

「え?聞こえねーけど、なんか言ったか?もっと腹から声出せよー」


 多分、声が小さい人に一番言ってはいけないことを彼は言ったと思う。しかし彼女はそんな無遠慮な発言にもかかわらず嫌な顔はしなかった。


「こ、こうして話しかけてくれるだけでも…友達が少ない私は嬉しいってだけです!」


 彼女なりに声を張り上げて言った。口に出すだけでも恥ずかしいだろうそれを、彼女は赤面しながらでも言い切ったのだ。その肝の座り様はやはり以前と変わらない。


 そんな彼女に雉宮は、少しだけ決まりが悪そうに後頭部を掻いた。


「あーまあ、ありがとな」


 そっけなく返し、どこか空を見る雉宮。自分の発言を振り返り、今になって少し恥ずかしくなり、顔を赤くし俯いているチコさん。そんな様子をただ無言で見ているだけの眞弓。


 僕は口を開いた。


「えっとさ、僕達ってもう友達だろ?」


 チコさんは少しだけ顔を上げた。僕は言葉を続ける。


「だからさ、こう、敬語とか無しにしない?同級生に敬語っていうのもなんか違うしさ」


 それに雉宮は僕の方を向いて同調する。


「いやそれは別に良くね?本人の自由っていうか」


 全く同調なんかではなかった。正反対だ。なんでこういう時ばかり僕の意見を否定してくるんだこいつは。


 しかしチコさんはそんな雉宮と違い、快く同意してくれた。


「あ、敬語になっちゃってましたね…すみません…以後気を付けます…」


 いや、なんかこれも違う。


「いや別に強要するってわけじゃなくて…」

「ほらニコ、チコさん困ってんだろ?そういう無遠慮な発言はやめた方が良いぜ?」

「お前が言うな」


 思わず溜息が漏れる。


 その瞬間、扉が開かれた。入って来たのは片手に茶封筒を抱えた国語教師、そして結社の能力者でもある霧隠湊先生だった。


 彼女の能力はすなわち、選んだ対象が周囲から受ける認識を捻じ曲げるもの。その能力を利用し、猫は

普段猫として生活し、吹雪は姿を隠すことで僕のような異常の体験者を集めているのだ。能力の欠点であり利点は、その異常の体験者には能力を看破されてしまうことくらいだ。だから、姿が見えていないはずなのにこちらを見ている人物がいたならば、それは体験者であるという理論で吹雪は体験者を見抜いている。


 今回は吹雪がいつも使っているという認識阻害を猫が使い、誰にもバレないカンニング作戦を実行してやるというわけだ。


 猫ながら隙の無い作戦じゃないか、と僕は心の中でほくそ笑んだ。


 霧隠先生はテスト用紙を置いた後、教室の外へ出て行った。そしてとある物を持って、再び教室に入ってきた。


 眞弓は手を組み下を向くことによってその気持ち悪い表情を隠していたので、彼女のその行動には気付かなかった。


「さて、じゃあ問題を配ります。指示があるまで中は見ないで下さい」


 カタン。そんな音がした。椅子が置かれるような、そんな音。もちろんそんな音に僕は気を取られない。前の人が僕にテスト用紙を差し出したので、そこでやっと前を向いた。


 その瞬間、作戦が失敗に終わったことに気が付いた。


 教卓の横、教壇に立つ霧隠先生の隣に、一脚の椅子が置かれていた。その椅子に、とある一人の人物が荒縄で縛り付けられている。ガタガタガタガタ震えながら、こちらを潤んだ目で見つめている。つい目が合ってしまって、僕は絶望した。


 猫は、椅子にガチガチに縛られ、口にはガムテープを貼られており、その行動が完全に制限されていた。


 その時、僕は気付いた。このカンニング作戦には霧隠先生の協力が必要不可欠で、そして霧隠先生は結社である以前に先生だった、ということに。


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