閑話 エピソード『α』 完
六月十日十一時三分。その町では想像もできない凄惨な事件が起きた。いつもと何ら変わらない日常。その一幕で、常に事件というものは起こる。
翠小学校教職員およそ四十名が白昼堂々刺殺された。犯人は既に逃走しており、その消息は不明。
その学校の校長は後にこう話している。
「無くなってしまった先生方は、生徒達を身を挺して守らんとしていました。私は出張していましたので…校長として、亡くなった彼らに面目が立ちません。」
☆☆☆
女は四角い箱に何かの棒を向けた。するとたちまち、その箱は光を失って俺の姿を映しだす。汚い服についた返り血は既に赤黒く変色しており、最悪な臭いを放っている。
「いやーまさかこうなるとは思ってなかった…って言ってしまえば嘘になるんだけど。いや、流石にここまでは予想外だわ。うん。ていうか、やっぱバタフライエフェクトって存在すんのかね、タイムスリップはしてないけどさ。大半の大事件のきっかけって些細なことだったりするんだよね。」
女は独り言のように言う。少し体を動かしてみるが、椅子に縛り付けられた俺はそこまで可動性を出すことは出来ない。
「テメェ……何する気だよ…」
「いやいやいや君、テレビって知らん?いま見せたのがそれなんだけどさ。世間では君を指名手配しててさ、今外に出たら大変なことになるよ?」
女は滑車のついた椅子で、部屋の中を滑走している。そんな様子に毒気を抜かれてしまう。
「……いや、俺が聞きてェのはそういう事じゃなくてな…どうして俺をこうしてかくまってんだよってことだ。」
「だったら最初からそう言って欲しいのだけど。……まあ、ナイフを君の見えるところに置いておいたのは私だから、実質共犯だから…みたいな?」
大事なところは誤魔化された感じだ。だけど、ナイフを渡したのが本当ならば俺はこいつに借りがあることになる。こんな、どこからともなく取り出したカップラーメンをすすりながら、椅子で移動をしている様なふざけた人物に。
彼女はカップラーメンを床に置き、俺と向き合った。
「自己紹介をしよう。君は…森羅有覇君だよね…?」
「……いや、俺はその名前を…捨てた。今は鬼木羅木有覇だ。」
「ふうん」なんて怪しく笑いながら、彼女は俺の事を見る。なんだか嫌な感じがする。
「そう言うテメェは誰なんだよ。俺だけ名乗ってんのは不公平だろ?」
「私?私は…」
彼女は少し考える様な素振りを見せ、そして言った。
「人は私のことをノーフェースと呼ぶ。それだけ君に伝えておこう。」
にこりという擬音がぴったり合うような笑いを見せて、彼女は地面に置かれたカップ麺を俺に差し出した。拘束されているから受け取ることなんてできないが。
とりあえず俺は、俺の生まれた意味が「ああいうこと」じゃないと分かって、むしろあいつらが「俺」を生み出すために生まれたんじゃないかという事に気が付いて、なんだか心が救われた。




