表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
断章 エピソード『α』
29/46

閑話 エピソード『α』 ②

 平日の朝から夕まで、この家は俺一人だけの空間になる。あの男も女も別に働きに出ているわけではないらしいが、俺にはそんな事関係なかった。とりあえずこの時間帯に限って、俺は自由でいられるのだ。


 これまで出ることのなかった部屋の扉を開く。すると、涼しい風と暖かな日差しが俺を歓迎した。


 心地が良い。そう思った。しかしここはスタートラインであり、終着点ではない。俺はその裸の足を踏み出した。


 地面は温かい。空気も温かい。あの部屋にいるより体が温かく、心が前向きになっているのを感じる。


 「学校」というものがどんなものなのか、俺は知っている。あいつから散々聞かされていた。俺の様な年齢の子供が普通行く、巨大な施設なんだとか。俺が普通じゃないという事は、薄々気付いていたことではあったので、今更傷つくことでもない。


(いや違う。普通じゃないのはあいつらだ。俺は違う。)


 普通の親に産まれていたら、俺はきっと学校に行っていた。学校に行かせてくれない俺の親こそが異常なのだ。


 そう思いたかった。思わなければ、生きていけなかった。俺は俺が異常だと、認識したくなかったんだ。


 ただなんとなく歩いていると、俺の先を腰の曲がった人が歩いているのを見つけた。俺はその人に話しかけることにした。


「あ、あの迷子なんだが…」


 後ろから突然話しかけたので、その人は戸惑っているように見えた。


「え…?ああ、親御さんはどこかな?」


 「親」そんな言葉、俺は知らない。


「親は……違う。学校に行こうと思ったら迷ったんだ。」

「あら、そりゃ可哀そうだ。ここら辺なら…翠小の子かね。お爺さんと一緒に行こうかね。」


 自らを「お爺さん」と名乗ったその人は、俺に手を差し出した。俺はその手を見て、首を傾げる。


「また迷子になったら危ないだろ?ほら、お爺さんとはぐれんようにな。」


 どうして手をつなぐ必要があるのか分からなかったが、「そういうもの」なんだと理解して、俺はお爺さんの手を取った。その理解の仕方は得意だった。


 俺はお爺さんと一緒に、道を歩いた。「何年生なの?」とか「何組なの?」とか「友達は?」とか歩いている時に何度も質問されたけれど、俺はよくわからなかったので、毎回適当な答えを返していた。その答えが変ならば怪しまれていただろうけど、全くそんな素振りを見せなかったので、上手く騙せたんだと思う。


 そうやって他人を騙しながら、俺はおそらく目的の場所に到着した。


 大きな建物だった。ところどころ劣化したところはあるけれど、俺の部屋よりは遥かにマシだった。


「さ、ここだよ。急いで行ってきなさい。」


 お爺さんは俺の背中を押した。俺は振り返ることなく、その建物に駆けて行った。そんな俺の背中を、お爺さんはなんだか心配そうな目で眺めていた。


 そんなことも露知らず、俺はとりあえず辺りを見回した。正面に見える白い大きな建物、ガラスの扉があるのが見えるが、どれも閉まっているようだ。ここからは入れそうにない。


 学校の左側を見ると、そこには広い砂場の様な土地が広がっている。そしてそこでは多くの人々が白っぽい、統一された服を着て遊んでいた。俺もその一員になりたい、とかそんなことは思ってないと思うけれど、しかし俺はいつの間にかそこへ歩き出していた。


 足に伝わる感触が温かく硬い物から、ザラザラとしたものに変わる。足の裏には砂がついてしまったけれど、俺はあまり気にしなかった。


 たとえそこが広くとも、群に紛れていない者は分かりやすい。俺の下にその群の中の、一人だけ黒い服を着た、背の高い者が駆け寄って来た。


「ちょ、君、どこの組の子かな?授業から逃げ出してきちゃった?」


 男とは思えない程優しい声で、俺の前にかがんで問いかける。俺はそれにほんの少しだけ衝撃を受けた。


「授業……まあそんなところで。」


 俺が逃げ出したのはあの家からだが。いや、夕方には戻るから実質逃げては無いけれど。


「あっちゃー……君、何年何組?言える?」

「あ……えっと……」


 先ほどのお爺さんの時の様にはいかないだろう。状況的に。ここにいる大人ということは、ここの事を知っている大人という事。それも詳細に。そんな者に小手先の嘘など通じない。子供は素手では大人に勝てないのだ。


 打開策を何とか練ろうと頭を回転させていると、目の前の男の奥から、見覚えのあるやつが顔を出した。


「あれ、お前、来たのか!」


 俺と度々飯を食っていたあいつが立っていた。おれとそいつは顔を見合わせて、そんな俺達の様子を男は見ていた。


「なんだ“マユミ”、知り合いなんだ。」


 男はあいつの事をそう呼んだ。あいつの名前が「マユミ」なんだと、今初めて認識した。マユミは男の方を見上げる。


「確かに有覇は知ってるぜ?森羅しんら有覇ゆうは、俺の近所の。でも俺、有覇がどこのクラスとか知らねぇぜ?ていうかそもそも有覇って学校通ってなかった気が済んだけど。」


 マユミのその言葉を聞くと、男は神妙な顔をした。


「森羅有覇……森羅………君、ちょっと一緒に来てくれるかな?」

「え、あの…」


 俺の返事を待たず、男は俺をそこから連れ出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ