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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
一章 日常論者の非日常の始まり
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七話③ 非日常の始まり


 正直なところ、きっとあいつは止めると思っていた。ファミレスの後に会話した時より、今日は会話が通じていたからだ。会話が通じるのであれば、それ即ち意思疎通が可能であるという事。自分の意志を伝えれば、相手もそれに応えてくれると、そう信じていた。


 なのに、今目の前に広がる光景は、その僕の信じたことを見事に裏切ってくれた。


 だらんと、力なく木から枝垂れてしまっている僕の血だらけの妹と、目の前で小さく息をする猫。そんな、あまりにも現実味の無い光景。


 それは、僕を異常バグらせるのには十分だった。


「…ぐっ…ふぅ…!」


 突如として胸の内から何かが溢れだす感覚が、僕を襲った。それにおもわず胸を押さえずにはいられない。これは怒りが煮えたぎっているのか、それとも別の何かが僕から溢れだそうとしているのか。


 目の前が何かに覆われ、視界の色彩が反転する。緑色の木や草は赤く、滴る血は黄色っぽい緑色っぽい色に変化した。


 地面にうずくまり、苦しんでいる眞弓の様子を、鬼木羅木は笑いながら見ていた。


「作戦成功だ。良かったなァ眞弓。こっち側になれるぞ」


 なんてことを、彼は心の中で呟いた。


 僕はそんな、鬼木羅木の顔を見る余裕なんて無かった。


 視界にだんだんと0と1が現れ始める。しかしそれは、実際の風景にそれが出ているのではないと、はっきりと分かった。僕の目に、表示されている。僕の体に、表示されている。かつての兎鯨チコの様に。なるほどこれが、異常か。


 僕は咄嗟に制服の右ポケットをまさぐった。そして手に取ったスタンガンのような形状のそれを、自分の頸に当てた。


 たちまち、僕を蝕んでいた0と1は消え去り、不快感だけがほんのりと残ったまま、僕を正常に戻した。


 そんな様子に鬼木羅木は眉を寄せた。


「はあ!?何してんだよてめぇ!せっかくのバグるチャンスだったってのに!」

「はぁ……はぁ…うるさいな……」


 僕は震える膝に鞭を打って立ち上がった。


「自分でも……なんでこうしたか…分かんないよ……でも……お前の思い通りになるのは……心底腹が立つ…!」


 息を整えながら睨みつける僕に、鬼木羅木は少しだけ狼狽えた。


「というかなんでお前が“修正機”を持ってんだァ?それは再修正共の物だろうが!……お前、もしかしなくともあいつらの仲間なのかァ!?」

「関係ないこと聞くなよ……とりあえず、今から僕が、お前を……」


 僕は鬼木羅木を指差した。


「…殺す!」


 眞弓は駆け出し、鬼木羅木をその右に握った拳で殴ろうとする。しかしその攻撃は、軽く身を後ろに引くだけで避けられた。


「危ねぇ!ちょ、待てよ!落ち着け!お前がその気なら、俺もやるしかなくなるだろ!?」


 ちらりと横目で妹の肢体を見た。まだ消えてはいないが、間違いなく死んでいるだろう。


「もうやってんだよお前は!僕の妹を奪いやがって…!それで無傷で済まされるなんて思―――」


 と、僕の言葉は途中で遮られた。それは、不意打ちで鬼木羅木の手から飛び出したナイフによって、声帯が潰されたから―――


「………チッ」


―――ではもちろんなく、それを予測した猫が、僕の事を後ろに引っ張ったからだ。


「…猫!生きてたのか!」

「勝手に……殺すんじゃねぇの……にゃ」


 息も絶え絶えに呟く彼女は、明らかに万全とは言えない。それでも僕が気づかなかった凶刃を見抜いていたので、間違いなく僕よりは強いだろう。


 猫は尻餅をついている僕と鬼木羅木の前に四足で立ちはだかった。


「おい、ニコ。早くここから離れるのにゃ」

「はあ?それじゃお前はどうするんだよ。」

「言わせるんじゃねぇにゃ。にゃあが命張ってお前を守ってやるからにゃ…だからとっとと逃げるにゃ!」


 怒鳴りつける猫に、以前の僕なら間違いなく言うとおりにしていただろう。だがしかし、もう今までの僕じゃない。


「………逃げるわけがないだろ!あいつは妹を……奈央ちゃんを殺した…だから僕も、あいつを殺してやる…」


 そんな発言をする僕を、諦めたような呆れたような目で見ながら、猫は溜息を吐いた。


「やれやれお前は本当に、困った奴にゃよ。でもま、好きにすればいいにゃ」


 彼女は地に付けた両手をさらに強く地面に押し付けた。その瞬間、彼女の体は震え始める。


「しかしまあ、今からにゃあは本気を出すから、巻き込まれたくなかったら下がっといた方が良いにゃよ」


 猫の体の震えは更に増し、腕や足から黒い毛が生え始めた。ごきり、ごきりという不快な音に合わせ、骨格も変わる。それのせいで彼女の制服はびりびりに破れてしまった。


「ね…猫……?」


 やがて変化が終わると、そこには大きな黒い猫がいた。猫と言うより、豹の方が近そうだけれど。


 猫はその大きな口を開いて、鳴いた。


「ガアァアアアアァアアアァアアアァァア!!!!!」


 元々人間だったとは思えない、獣の雄叫び。その圧力に僕は立ってはいられなかった。


 鬼木羅木は咄嗟に猫にナイフを投げたが、それは体毛によって弾かれる。ぎろりと眼光を動かし、猫は鬼木羅木を睨みつけた。そして、強風を起こして彼に飛び掛かる。


 そんな様子に鬼木羅木は


「……いいねぇ」


 と、生み出したナイフを両手に携えて口角を上げた。そして、振り下ろされた腕を難なくいなす。


 そんな様子を僕はただ茫然と見ていた。そんな自分に出来ることはないかと思った時、既に僕は電話を掛けていた。電話はワンコールで繋がった。


「吹雪!」


 呼びかけると、電話先の相手は相変わらず音程の変わらない声を発した。


「何?どうかした?」


「猫が豹になって鬼木羅木と戦ってる。場所は兜塚公園だ。何とかできないか?」


「………」


 返答が無くなった。画面を見ると、既に通話終了になっている。


「行動が早くて助かるな…」


 そうして安堵を吐いたが、だがしかし、まだ安心するには早すぎる。というかもう、安心なんてしてはいけないだろう。なにせ僕は、妹を死なせてしまったのだから。いや、正確にはまだ死んでいない。消えていないから。


 しかしもう、なりふり構ってはいられない。猫の攻撃を軽々とさばき続ける鬼木羅木を見ながら思った。どうにか奇襲をして鬼木羅木の隙を衝くしかない。このままでは猫までも殺されてしまう。


 僕は足元に落ちていた鬼木羅木のナイフを手に取った。


(一か八か…ここで決めるしかない…)


 ナイフを強く握りしめ、覚悟を決めた僕だった。


 がしかし、そんな僕の肩を何者かが叩いた。


 振り返ると、そこには雨でも映える長髪の少女が僕に微笑みかけていた。


「あとはこの美優に任せてねっ!」


 虹崎はそう言って、僕の手に握られたナイフを掴み、へし折った。


「ちょっとそこの一人と一匹さん!一旦落ち着いてくれないかなっ?」


 虹崎の訴えに、二人は耳を貸さない。そんなことをしたら次の瞬間には片方が命を散らしてしまう。


 そしてそんな、自分の訴えを聞いてくれない二人に、虹崎は頬を膨らませた。


「むぅ……聞いてくれないんだったら、もう手段は選ばないんだからねっ!」

「虹崎、待って!」


 彼女は「むう?」と首を傾げる。


「あの豹は僕の味方だから。あの赤いジャケットの奴だけ止めてくれないかな?」

「承知したよっ!」


 ビシッとサムズアップを決めて、彼女は駆け出した。


 その様子に、鬼木羅木は舌打ちをした。


「………おい猫!再修正が来たぞ!ここは一時休戦と行かねぇかァ?」


 しかし、人の言葉など獣の耳には届くはずもない。猫は大きく口を開け、鬼木羅木に噛みつかんとした。そんな彼女の顔を鬼木羅木は蹴り飛ばす。


「…マジでよぉ!ちったァ話は通じろよクソ猫がァ!」

「暴言はいけないでしょお!」


 叫ぶ鬼木羅木の頬を、強力な衝撃が襲った。僕からしたらただ少し振りかぶっただけのビンタにしか見えなかったけど、十メートルくらい吹き飛んでいる彼の姿を見ると、かなりの威力があったみたいだ。


 鬼木羅木は膝をつくことは出来ていたが、体が大きく揺れている。脳震盪を起こしたみたいだった。そんな隙だらけの彼を、彼女は見逃さない。


 猫は今度こそ、鬼木羅木に噛みついた。しかしそれを、虹崎が許すわけがない。


「こら!君も寝てなさい!」


 という一言と顎に一撃。それだけで猫は白目をむいて倒れてしまった。虹崎は「ふう」と一息をついて、自分のスカートについた汚れを払った。


「さてとなんだけど…」


 虹崎は猫と鬼木羅木の二人を脇に抱え、僕の元へやって来た。そんな様子をみたら、僕はもう虹崎に歯向かおうなんてことは思えなくなってしまった。


「どうしてこんな状況になったのか、教えてもらえないかなっ?」


 二人を伸しておいてなおもこんな太陽の様に明るい笑顔を見せる彼女に、僕は唖然としてしまった。


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