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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
一章 日常論者の非日常の始まり
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六話③ 水に流そうぜ


 また急に話を振られ、僕は今の話にあったらしい違和感を探し始めた。しばらくすると、確かにおかしなことに気付くことができた。


「どうして猫はその両親の肢体を見ることが出来たんだ?死んだら何もかも消えるのに」


 死ねば、きらめく光となって空に消える。それがこの世の理だ。死んだら肢体は残らない。


「そう、それがこの世界の理なのにゃよ。どんな生物も死んだら塵になって消える。にゃのに、にゃあは父さんと母さんの死んでる肢体を見た。これって変にゃろ?」


 猫は言葉を続ける。


「元々の世界には死んだ体、つまり“死体“っていう概念があったんにゃろうね。だからにゃあはその死体を見た。そしていつの間にやらこの世界に来た。だからにゃあはその元の世界に戻るために、今を生きてるにゃよ」

「………」


 僕は言葉が出てこなかった。今でこそこんなに飄々として、自由に過ごしている猫の過去が思ったよりも重いもので、軽率な発言を取れなかったから…なのかもしれないし、また別の理由が僕の中にあるのかもしれない。


「今の話を聞いて、一連を通してどう思ったにゃ?ニコ」


 眞弓は、自然と口を開いてしまった。


「確かにさ、猫が体験したことが本当なら、この世界が仮想で本物の世界が別にあるって考えも頷けるよ。ていうか、それについてはもう信じるよ。でもさ、なんでそこまでして猫は元の世界に戻りたいの?もう元の世界に帰っても、家族なんか…」


「いないにゃね。だからどうしたにゃ?にゃあはにゃあを置いてった奴らの事なんか、これっぽっちも気にしてないにゃ。ただ、その経験で見付けた矛盾が、この世界が偽物だって気付かせてくれたから、にゃあはただ前に進むのみなんにゃ」


「理由になってないよ…」


「なってるにゃ。本物の世界があるなら、にゃあは本気で本物の世界に生きたいって、そう言ってるにゃ」


 猫はベンチから立ち、僕の正面に立った。


「ニコ、お前はどうにゃ?お前は現状でも十分満足してるにゃろ?だったら、わざわざにゃあ達と活動を共にすることも無いにゃ」


 猫はいつも通りの口調で言った。突き放すでもなく、淡々と。それが何だか僕は気に入らなかった。


「それってどういう意味かな?」

「言葉通りにゃ。お前はわざわざ危険な道を進まなくともいいってことにゃ。こっちから勧誘しておいてにゃんだが、やっぱりにゃあ達は間違えてたのかもしれないって思ってにゃ。今、お前は結構危険な状態なわけにゃよ」


「なんだよ、猫。心配してるのか?」

「当り前にゃ。なんせ、下手したらお前は消されちまうからにゃ」

「消されるってことは…つまりは死ぬってこと?」

「いや、消されるにゃ。死ぬ可能性もあるけどにゃ。どっちかって言うと今は消される可能性の方が高いにゃね」


(死んだら消える。だから消されるっていうのは殺されるって意味じゃないのか?)


 考えながら、僕は「いやいや」と首を振った。


「そうじゃなくてさ、もう全部話してくれない?虹崎もそうだけど、猫や吹雪も僕に隠してることあるでしょ?」

「えぇ…そりゃ、にゃあの下着の色は隠し通してやるって思ってるにゃけど…」

「そこはもう裸見たんだから教えろよ……じゃなくて、話を逸らすな!」


 怒鳴りつけると猫は「はぁ、分かった」と溜息を吐いた。


「にゃあ達がお前に隠し事をするのは、まだお前が後戻り出来るからにゃよ。それ以上は話せないにゃ」

「それは答えになってない」


 猫はベンチの裏に回った。そうして僕の肩に腕を回した。右の方の方から彼女の声が聞こえる。


「にゃあ達は別に、お前の事が嫌いじゃないにゃ。むしろ好きまである。じゃなきゃ、にゃあはわざわざお前の護衛なんてしにゃい。お前は―――」


 猫は囁いた。


「―――にゃあんも心配なんていらないからにゃ」


 猫のその「心配なんていらない」という言葉は、以前にも聞いたことがあった。そう、それは虹崎が図書室で異常と相対した僕に向かって掛けた言葉だ。


(心配いらない…って、それもなんだか部外者みたいな扱いだよな…「お前が心配するような出来事は起きてないから首を突っ込むな」って解釈もできるし)


 そんなことを思っても、以降僕は反論なんてしなかった。僕程度がいくら反論したとして、きっとのらりくらりとかわされてしまうからだ。


 猫は、黙っている僕の目の前に回り、手を差し出した。


「ニコ、いくらか反論はあるだろうが、にゃあ達は別にお前を騙してるわけじゃないにゃ。ただなんとなく、お前が異常を経験したわけじゃないかもしれないって思ってるだけで…」

「…え、それってどういう意味?」

「………話過ぎたにゃ」


 僕は猫から差し出された手を掴んで、ベンチから立ち上がった。


「それだけは話してもらわないと困るよ。…ていうか、吹雪が言ってたよ。僕があの日、異常を―――0と1の集合体を見たから、お前たちが見えるようになったって…」


 猫は僕から目を逸らして「あいつ…」と呟いた。その呟きは、僕の耳には届かなかった。


「…まあ、それに関しては間違いはないにゃ。ただ、異常を経験してなくてもにゃあ達が見えるケースがあるんにゃよ。湊の能力の条件は、厳密に言えば体験者であることじゃないからにゃ」

「…つまりは僕は、体験者じゃないってこと…?」


 猫は僕の問いかけに、しばらく時間を置いた。そして一言


「……帰ろうにゃ?」


 彼女の言い方は優しくて、その優しさは僕の心をこの一日で一番傷つけた。


☆☆☆


 午前六時。母親に一言言って、眞弓は家を出た。猫はまだ妹の部屋で抱かれながら寝ているだろう。

早朝の風は少し乾いて寒いが、僕はあまり嫌いではない。だんだんと暑くなってきたこの時期では心地よいまである。


 この時間帯の住宅街はほんの少しだけ静かで、世界に僕しかいないような錯覚を覚えるが、もちろんそれは錯覚でしかなかった。


 “彼”は、俺の前に再び現れた。


「よう、こんな朝早くに元気なさそうだな。眞弓君」


 鬼木羅木有覇はそう言って、僕の目の前にいつの間にか仁王立ちしていた。にやりと犬歯を輝かせて。


「僕は別に元気がないわけじゃないよ。ただいつも通り溜息を吐いてるだけだ」

「じゃあいつも元気がねェってことだな。ただ平凡に生きているだけなくせに」


 棘のある物言いに僕はムッとなった。いつもならそんなことで反論なんてしない。ただ今は、眞弓の心に余裕はなかった。


「平凡に生きてるって?僕からしたら、平凡じゃない生き方してる奴の方が珍しいと思うけどね」


 鬼木羅木は自分を指差した。僕はそれを鼻で笑った。


「はっ、違うよ。平凡な生き方っていうのは、自分の現在の世界における立ち位置に変動が無い生き方の事を言うんだ。再修正が再修正として生きて、結社が結社として生きても、それはなんら日常でしかないんだよ」


「なんだァ?」鬼木羅木はぎろりとこちらを睨んだ「くだらない論理を並べ立てるねェ?平凡論者さんよ」

「どちらかと言うと日常論者だ」

「どっちだってかまわねェしくだらねェよ。ていうかお前、俺を苛つかせたいのか?」


 彼が言った瞬間、僕が抑えていた何かが溢れだした。


「苛ついてんのはこっちだよ!どうせお前は僕の事情なんて知らないだろ!?今僕がどんな精神状態でいるのかだって分かりやしないだろ?マジで関わりない他人のくせに、僕に余計で関係のない口出しをしてくるな!」

「ほーう。だったら関係あればいいのか?」


 彼は悪戯っぽく笑った。


「お前のその様子を見て予想してやるが、お前は自分が平凡だってことに大層コンプレックスを抱いてるんじゃねェか?ま、誤解のない言い方をすれば、自分が何の能力も持っていないことに関して、か?」

「………」


 どうしてこんなにも、結社に関連した奴らは僕の事を見抜けるのだろう。僕は溢れていた感情が静まっていくのを感じた。


「だんまりってことは、的中だな。別に俺もお前をどうかしてやろうなんて思ってねェ。どっちかってェと味方ぶりてェ方だからな。だから俺からアドバイスを一つくれてやる。能力を発現させるためのアドバイスだ」


 鬼木羅木の言葉に、眞弓は唾を飲み込んだ。彼は言葉を続ける。


「“願い”さ。強く願えば力は手に入るんだよ。ああ、もちろん「能力が欲しい」って強く願えって言ってるわけじゃねェぜ?例えば「猫になりたい」だとか「人を殺せる力が欲しい」だとか「自分を変えたい」だとかの、心からの欲求を強く願うんだ。ま、それは鍵がぶち壊れた奴にしか出来ねェことだが、お前も結社の一員ならぶっ壊れてんだろ?」


 「結社の一員なら」つまりは体験者なら、という事だろう。(「鍵が壊れた奴」という言葉の意味は分からないが)だとするならば僕は違うかもしれない。


 鬼木羅木は言葉を続ける。


「つまりはお前は何かを強く望んだことがねェんだ。心の底から現状に、苦境に、抗いたいって願わなかったから、能力が出てねェんだよ。俺の過去がどれだけ恵まれてなかったかの話なんて今はしてやれねェがな。俺に自分語りする趣味はねェし。ま、お前はそういう強い願いを引き出させてくれるような“飢え”ってもんがねェんだろうよ」


「…いや、僕は…」


「いやも何もねェぜ?誰も何も言ってくれなかったみてェだなァ?可哀そうに。いや、恵まれてるのか。いいぜ、俺が言ってやる。お前にお前と言う存在が、正体が何なのか言ってやるぜ」


 彼はにやりと笑った。僕はほんの少し怖くなって、首筋に汗を伝わせた。


「お前ってやつは自分が十分満たされてるってことも知らないガキさ。自分が今いるこの状況に満足出来ないで、感謝も出来ないで、ただ自分から見て真新しいものを周囲にねだってるだけの小鳥ちゃんさ。本当に自分の欲しいものがあるんなら、まずは行動してみるこったな。それをしてからやっと意見ってもんが言えるんだぜ?いや、意見が意見として認められるようになるの方が間違いがねェな」


 鬼木羅木は言った。その言葉の意味がなんとなく受け入れられた時、初めて僕は彼が僕のためになることを言っているんだという事に気付いた。それが僕のためかどうかは棚に上げておくとして。


 彼は俺の肩に手を置いた。


「今はお前は何者でもねェかもしれんが、誰にだってその空白期間ってのはあるもんだ。だからよ、お前はそんなに落ち込まなくていいんだぜ?ただただ前に進め。以上」

「い、以上って…」


 振り返って彼の背中に呼び掛ける。しかし彼は歩みを止めない。僕は言葉の出しどころを見失って、口の中がねじれるような感じがした。


 そのまま僕は、鬼木羅木が曲がり角で見えなくなるまで動かなかった。


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