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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
一章 日常論者の非日常の始まり
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一話① 日常の終わり。というか変わり 



 眞弓(まゆみ)ニコという十三歳の少年は、相変わらず平凡な日々を過ごしていた。



 朝起きて、ご飯を食べて、家を出る。


 学校に到着したら、勉強をしたり学友と話したり。


 授業が終われば学校の図書室で新入荷の本をペラペラとめくったり、街に出てゲームセンターや喫茶店、レンタルビデオ店や書店を巡ったり。


 夕方になったら家に帰って夕飯を食べ、風呂に入り、残った一日の時間を雑に消費したり。


 つまりはそんな、至極普通で平凡で、非凡とも非日常ともかけ離れた日々を送っていた。


 彼自身、自分の日常は日常でしかなく、非日常の一片も有り得ないということは、自信をもって自認していた。


 だからこそ、自分の人生においてこのような出会いは、今後絶対に巡ってこないだろうと、道路に尻餅をつきながら思った。


「ね、だいじょぶ?きみ」


 僕は目の前で自分に手を伸ばしている人を見上げた。奇麗な長髪だ。逆光とその髪のせいで顔は分からないが、とにかく髪が奇麗だった。艶々としていて、光を反射して、枝毛も無く―――いや、それ以前に他者と明確に違う点がある。



 彼女の髪の毛は白く、光を反射した部分は極彩色に輝いていた。幻想を見ているのかと錯覚したが―――いや、間違いなく錯覚ではない。これはまさしく幻想以外の何でもないだろう。



 僕は知っていた。


 眞弓ニコという人物がこれまでの人生で色恋に対して徹底的に疎く、まして自分が他人と付き合うという情景を想像することなんてできなかったくらいには、恋愛に興味など無かったという事を。


 であるのに、この胸の高鳴りは何なのか、僕は片手で自分の胸を押さえて、もう片方で彼女の手を取った。ひんやりと冷たい感触が右手に伝わるのと同時に、僕の体は地面から引き揚げられた。


 彼女と目線がちょうど合う。美しい髪に見合った、整った顔立ちだった。


「心配してくれてどうもです。でも多分大丈夫です」


 いつも他人にタメ口しかできない僕だが、こういう時は咄嗟に敬語が出てしまうのだから、思ったより僕は育ちが良いのかもしれない。(本当に育ちが良いのなら普段から敬語を扱えるのだろうけど)


「ほんとに?美優(みゅう)さっき自転車で轢いたと思ったんだけど…」


 確かに僕の体は彼女の自転車によって轢き潰されたわけなんだけど。


「え?あ、あぁ、そうでしたね!でもほら、見ての通り怪我なんてどこもありませんから!」


 彼女、みゅうと言うのか。変わっている名前だな。なんて暢気に思いながら、僕は頭の中にその名前を保存しておいた。


 僕が言うと、美優の方は彼の体をじろじろと観察し始めた。ぐるぐると彼の周囲を回り、しりもちをついて汚くなったズボンを叩いて汚れを落とした。


「え、本当に怪我とかしてないの?いちお、警察には連絡しとかないとだよね…」


「え!いや、警察にも連絡しないで良いですよ!スマホを見ながら歩いてた僕が悪いし…」


 初対面で迷惑をかけてしまえば、間違いなく嫌われるだろう。僕は咄嗟に言葉を吐き出し、地面に落ちていた鞄を拾った。


「じゃ、僕はこれで!今から学校なので遅刻しないようにしないと!それじゃ!」


 僕は全力で駆け出した。もうこれで彼女とは会うことはないだろう、なんて頭の中でナレーションを唱えたが、案外そうでもなかった。


 美優は眞弓に追いついた。自転車なので当然だろうけど。


「ねね、その鞄さ」


 彼女は僕の肩に下げている青色のそれを指さした。


「盤伝中学のものでしょ?あのさ、あたしもそこに向かってるからさ、一緒にいかない?ていうか一緒にいこ」


 彼女は僕の返答を待たず、僕の首根っこを掴んで自転車の荷台に乗せて走り出した。僕は振り落とされないように、咄嗟に彼女の胴に腕を回した。


「ちょっと!」


「え?なにー?」


「自転車で二人乗りはダメでしょ!常識的に考えて!」


「常識ぃ?そんなもの、犬にでも食わせておきなよ!」


 聞く耳を持たない彼女は、自転車のギアを上げた。僕達はさらにスピードを上げていく。僕は彼女のきらきらと輝く髪に叩かれ続けていたが、鬱陶しいなんて思うわけもなく、どころか何かを考える暇すらも、これほどまでに速度を増していく自転車の荷台の上には無かった。


「なんねんせーなの!?きみは!」


 風に掻き消されないように、美優は大声で叫んだ。僕もそれに合わせた。


「二年生です!あなたは!?」


「あたしもにねんせー!今日からね!転校してきたの!なんくみ!?」


「三です!」


「あのさぁ!」


 彼女は運転中にもかかわらず、僕を振り返った。


「敬語やめようか!どうせ年下じゃないでしょ!?」


 僕が敬語をやめる前に、彼女には危険運転をやめてもらいたいのだけど。


「分かった!分かったから!前を向いて!絶対転けるよ、これ!」


「転けることばっか考えてちゃあ、楽しくないでしょ!」


「転けることが無いように、転けることを心配し(考え)てるんだ!」


 しかし眞弓の心配も杞憂に終わり、何度か危ない場面はあれど、転ぶことは結局無かった。


「この場合ってさぁ、どっちの勝ちなの?」


 自転車を駐輪しながら彼女は言った。


「勝ち?勝ちって何が?」


「結局転ばなかったじゃん」


 僕は会話を成立させようと、彼女の話していることを脳内で組み上げた。先程までの彼女の話的に……おそらく……


「あぁ、多分僕と君の勝ちだと思うよ。逆に転んでたらどっちも負けだったけど」


「じゃあさ、私達は何に勝ったのかなっ」


「それは多分…」


 彼は空の雲が流れているのを眺めながら呟いた。


「運命に……とか?」


 その答えを聞いた彼女は、満足そうに笑った。


「そっか。私達は運命に勝っちゃったんだね!さいきょーじゃない?」


「…そうかもね」


 僕はテキトーに、しかし当たり障りのない返事をした。


 ただ「転ばない」という運命を歩んだだけというのに、彼らは滑稽にも運命に打ち勝ったと、そう思い込んでいた。


 予鈴。


 彼女は「あ、もうこんな時間」と呟いて駆け出した。その拍子に、彼女は白金色の髪を揺らす。眞弓は

その様子に、少しだけ心を奪われた。


「また、会ったら!」


 彼女は手を振りながら、駐輪場を後にした。僕はそんな彼女の背中に手を振り返した。


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