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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
一章 日常論者の非日常の始まり
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五話④ ガチで醜くて汚い勝負


 さて、こうして場面は変わるわけなのだけど、一旦僕から弁明をさせてほしい。なにも、一切、僕には悪気なんて無かったという事だけは伝えておきたい。


 おそらく同年代の女子を、自室の猫砂でトイレさせるよりかは間違いなくマシなことなので、僕が何者かに責められるいわれはないはずだ。


 僕は家の、個室トイレで用を足している猫を見ながら思った。


「おい、あまりこっちを見るにゃ。別ににゃあは恥ずかしくなんてにゃいが、お前に意識されても困るからにゃあ」


 猫は便器に腰かけて、偉そうに言った。


「じゃあ猫砂にでもして来いよ」

「いやいや、勘違いされても困るにゃ。にゃあは別に、猫砂にすることに抵抗なんかにゃい。にゃあは猫だからにゃ。ただ、お前の部屋の猫砂でして、その処理をお前にやられるってことがガチで無理なだけにゃ」


 ガチで無理なだけらしい。この期に及んで「だけ」なんて言える猫のふてぶてしさには感心してしまう。


 僕は猫に頼まれて、自分がトイレに行く振りをしながら猫をトイレに連れてきていた。そう、僕は頼まれてしたことなのだ。それなのにこの言い草は看過できない。


 僕はいつかのファミレスの仕返しをすることにした。


「おやおや、猫さんよ。そんなガチで無理な相手をこうしてトイレに招いても良かったのかい?今から僕はお前の脱糞と放尿の様子を、事細かに実況してやる。それが嫌だったら感謝しろよ。こうしてトイレに連れてきてやったことにさ」


 その言葉に、猫はふんぞり返った。


「はあ?そんな度胸も無いくせに。てか、にゃあは別に脱糞はしねえのにゃ。勘違いしてんじゃねえにゃ。このセクハラ野郎が」


 その猫の発言に、僕は溜息を吐いた。そして、口を開いた。


「お?いま出て来た所かな?ちょろちょろ聞こえるぞ、小水の流れる音が。ん?どうした?そんな顔をして。言っとくけど僕は止まらないからな。まるでお前の放尿のごとくね」


「おい……お前…!」


 睨みつけてくる猫をよそに、僕は続ける。


「お、堪えてる?急に聞こえなくなったからね。あ、でもまた出だした。ほらほらほら、どうしたの?どうしておしっこを堪える必要があるの?もしかして、踏ん張ってるの?あらあら、顔、赤いねぇ?恥ずかしい?言い当てられて悔しい?」


「マジで…お前……覚えてろにゃ…!」


「ははっ、そんな事言っても無駄だよ。さ、出るの?出すんだろ?出せよ、にゃんこちゃん。今更僕の前で恥ずかしがることなんて無いだろ?」


「く…くそ…っ!」


 僕はその言葉を借りて続ける。


「そうだね、糞だ。糞が出そうなんだろ?糞がクソ出そうなんだろう?我慢してんじゃないよ。我慢したらもっと出そうになるからさ、さっさと楽になりなよ。いやいや、尿を追加しなくていいからさ」


「お前、マジで本当にクソ野郎だよ!性格終わってる!いつか絶対殺してやる!」


「はい、ぼっとん。出たねぇ出たねぇ、きたねぇなぁ。普通僕の前で糞なんて出来るか?やっぱお前は生粋の猫だよ。マゾ猫さ。褒めてやる。で、トイレットペーパーでその汚いケツを拭くんだろ?家は一応金はあるからな、ダブルだよダブル。良かったなぁ、所詮野良猫のお前がダブルだなんて―――」


 その瞬間、猫は自分の糞を拭いたそれを、眞弓に投げつけた。


「―――っておい!きったねぇなぁ!」


「…………殺す…」


「はぁ?」


 猫は俯き、口をガチガチと震わせていた。


「……お前を殺す、お前の家族も殺す、お前の友人も殺す、お前の何もかもを殺してやる……殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる!」


 その瞬間、猫は僕に飛び掛かった。彼女の長い爪が僕の首元に触れるくらいのギリギリで、彼女の腕を掴むことが出来た。


「おい、せめて流してからにしろ!」

「うるせぇ!てめぇも細切れにしてトイレに流してやる!」


 自分のキャラも忘れ、目元に涙を浮かべる姿を見ると、やりすぎたのかもしれないという後悔が募る。


 僕は器用にも足でトイレの鍵を開けることに成功し、廊下に飛び出した。


「くそっ…おい、待て!」


 もちろん待つわけがない。


 僕は全力で駆け、自分の部屋に入り、鍵を掛けた。ドアの外でガリガリと削るような音が聞こえる。


「にゃああああああああああ!!!!!」


 猫の叫び声を背中に受けながら、僕は自らの勝利を確信し、高らかに笑った。




 夕飯の時間、僕はトイレを流していないことで母からお叱りを受けたけれど、猫に勝ったことの優越感が、全てを打ち消した。


 猫はリビングで母が買ってきた猫缶を、僕の事を睨みつけながら黙々と食べていた。そんな姿を、僕はカレーを頬張りながら鼻で笑った。


「あ、そういえばね」と奈央「ニーちゃんって猫と話せるらしいよ?」


 その発言に、母はカレーを食う手を止めた。


「なるほどね、つまりはお兄ちゃん、未だにこんな可愛い無垢な妹を騙して遊んでるってことね。小遣い減らすから」

「ちょちょちょっと待って!それはほんとだから!あいつとなら意思疎通できるんだよ!」


 僕はもうすでに中身が無くなってしまった猫缶を舐め続けている猫の方を向いた。


「おい猫、ちょっとこっち来てくれ」

「誰が行くかにゃ」


 猫は吐き捨て、引き続き猫缶を舐めていた。


「そんなにおいしいのか?猫缶」

「食い物がこれしかねぇから、大事に大事に食ってるんにゃよ」

「ふうん」


 僕は、自分が食べていたカレーの皿を持って見せた。


「カレー食うか?」

「………」


「さっきの事は悪かったから、これで機嫌治してくれよ」


 僕がそう言うと、猫はこっちにゆっくりと近づいて来た。


「うわ本当に話しできるんだ…」

「奈央ちゃん、騙されちゃだめよ。これ餌で釣ってるだけだから」


 と、母は僕の手からカレーを取り上げた。それを見た猫は「にゃっ」と小さく叫んだ。


「カレーには玉ねぎとか、猫が食べると有害な物があるからね。さすがにカレーはあげれないわ」


「にゃんでお前の母親はお前の母親なのに、こうもしっかりしてるのにゃ?」


 失礼すぎる。もちろん母は僕の母なので、その片鱗は少なからずあるのだけど、猫はそこまでこの家に馴染んでいるわけではない。まあ、気付くのに時間はかからないだろうけど。


「あ、お兄ちゃん」


 母は机に置かれたサラダをとりわけながら言った


「夕飯食べ終わったら猫ちゃんとお風呂に入るんだよ?」


 僕の匙が止まった。猫の方を見ると、彼女も舐めるのを一旦中止している。


「え?な、なんで?」

「何でも何も、猫もちゃんと風呂に入れないとだめじゃない?借り猫とはいえ、返すときに汚かったらお相手方に失礼でしょ?」


 母は平然と言葉を続けた。


「いやいやいやでも、こいつメスだよ?」

「だから何?」

「うっ」


 僕は言葉に詰まり、猫の方を見た。


「にゃあはいいにゃよ?」


「え?」


 思いもよらぬ言葉に、思わず声が漏れた。


「だから、にゃあは別に構わないって言ってるにゃ」


 にゃひひ、と猫は気持ちの悪い笑いをした。



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