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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
一章 日常論者の非日常の始まり
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五話① ガチで醜くて汚い勝負


 旧校舎一階、角教室。僕と彼女は、椅子に座って向き合っていた。夕陽がさしてるせいで彼女の顔は分からない。彼女の髪は虹色に光を反射し、まるで彼女が神々しい存在であるかと錯覚させてくれる。


 彼女は僕の質問に、しばらく「うーん」と首を傾げていた。


「え?鬼木羅木?聞いたことないかなっ」


 虹崎はにしし、と笑った。


 僕は再修正である虹崎や、無論獅子谷と連絡する手段は生憎持ち合わせていなかったので、彼女たちの確認を取るのには週を明かす必要があった。


 彼女が鬼木羅木について何も知らないことを知ると、なんだか心が軽くなった。


「正直、再修正は再修正として生まれるの。美優とか獅子谷ちゃんは、眞弓君とは違って、誰に言われずとも、最初から再修正としての役目を全うするの。ただそれだけ。だから、美優達に明確なつながりは無くってね……だから、鬼木羅木って人に関して、美優は何も知らないかなっ。獅子谷ちゃんは分からないけど」


 眞弓は彼女のその発言が気になった。


「どうして?どうして分からないんだ?」


 虹崎は「んー?」と足を組んだ。


「例えばさっ、眞弓君は二年三組だよねっ?」

「うん。そうだけど」


「美優はその隣の四組。じゃあ眞弓君、君は四組のクラスメイトの名前、言えるのかなっ?」


「……ん」


 そう言われると、僕は何も言えない。


「同じ学校に通っているのに、名前も把握してないの?ちなみに美優は、四組の全員の名前くらいだったら言えるよっ」


 彼女は椅子に座りながらも、明るく言った。


「つまりはそう言う事。同じコミュニティに属していても美優が知らないのは、ただ単に知り合ってないだけ。そんな簡潔な結論ってことっ」


 彼女は「簡潔論ってことっ!」と言い切った。台詞を言う事を完了した。終了した。


 僕はまるであの鉄仮面のごとく、表情を変えなかった。別に虹崎の冗句が気に入らなかったために笑わなかったわけではなく、単に何も進歩していない現状に、心の中で溜息を吐いていただけだ。


「…面白くない?」


 彼女は椅子に座りながら、覗き込むようにした。


「いや、最高に面白いよ。抱腹絶倒って感じだ。虹崎がそれを聞かなければ、あともう少しで僕は椅子から転げ落ちて、床の上でのた打ち回ってしまうところだったよ」

「……嘘じゅん!」


 彼女は僕の虚言に、譫言に、腹を抱えて椅子から転がり落ちた。逆にどうして今の発言でそこまで笑えるのか、僕には全く分からない。


 理解できない。


「ねえ、気になってたんだけど、どうして虹崎は僕の言ったことが嘘かどうか分かるんだ?」


 とりあえず僕は、今のうちに確かにしたいことを改めようと考えた。


 虹崎は、僕の質問に少し表情を強張らせた。


「……ま、それは美優にそういう能力があるからってだけ。嘘と真実を見極める力。獅子谷ちゃんは……図書室でも女子トイレでも味わったと思うけど、簡単に言えば、相手を閉じ込めたり、誰も入れない空間を作ったりする力があるんだっ」


 聞かれても無いのに獅子谷の能力まで告白するとは、虹崎の情報秘匿能力は皆無に等しいようだった。


「それは、僕にもあるのかな…?」

「うーん…」


 虹崎はしばらく悩んだ。悩んで悩んで、悩みつくして、黙って黙って、黙りつくした。


 そうしてやがて、口を開いた。いつもの彼女の口調からは想像できない程、冷淡とした物言いで。



「無いよ」



 彼女は言い切った。言い終えた。台詞をなぞり終えた。まっすぐな目で、僕の事を見て、淡々と粛々と、堂々と。


 眞弓は、彼女の発言に、少なからず衝撃を受けていた。以前吹雪から聞いた情報とは、彼女のそれは大きく異なっていたからだ。


「再修正じゃないと、能力は無いの。眞弓君がいくら頑張っても、こういう特殊能力は絶対に発現しない。だって、ある必要がないもんねっ」


 彼女はいつもの調子で明るく快活に言い放った。


「いやいやいやいや、五十歩譲って虹崎の能力は確かにこう、再修正としての活動をするにあたっては便利なものだと思うけど、獅子谷のは必要って感じじゃないよ。ていうか全員、同じ能力でいいんじゃないかと僕は思うんだけど?」


 論理的に考えた僕の反論を、彼女は


「創作に於いて、似たような能力は決まって二つしか作品に出てこないよねっ!」

「………いやそれ何の話?」


 意味の分からない理論で一蹴した。


「例えばさ」僕は危ない橋を渡ることにした「これはもしもの話なんだけど、再修正でもないのに、そういう特殊な能力を持ってる人がいたら、それは結構おかしいのかな?」


 彼女は質問を受けてから答えるまでに、時間を全く消費しなかった。


「おかしいねっ!すっごいおかしい。もしかして、眞弓君は何か知ってたりするのかな?」

「いや、そんなわけ無いんだけど―――」


 僕が言いかけると、彼女はいつの間にか椅子から立ち上がって、僕の目の前に移動していた。迫る、という言い方の方が正しいか。


 そしてまた僕は、自分が過ちを起こしたという事に遅ればせながら気付いた。いつだって、危ない橋を渡るべきではなかった。


「それ、嘘だねっ!」


 なんでこういう時に限って、彼女は殊更明るく言うのだろう。僕はまた、溜息を吐いた。


 しかし今回は間違いなく僕のせいであるのだから、溜息の方向性は僕のこの性格性に向いていた。


 非日常を、スリルを求めてしまう、この性格性に。


 でもまあしかし、こうして嘘を看破されてしまっても、今から虹崎が始めようとしている「眞弓残虐拷問ショー」までをもやらせるわけにはいかない。


「まあ虹崎、嘘の発言はいいとして、最近どう?異常は発生してるのか?」

「………」


 彼女は超至近距離で僕の瞳を覗き込み、僕の専売特許ともいえる溜息を吐いた。そうして虹崎は、先程まで自分が座っていた椅子に再び腰かけた。


「ま、ぼちぼちって感じ。いつも通り、起きるところでは起きてるよっ」


 溜息。


 一旦調子を取り戻すためにするだけした。もしかしたら、覚悟を決めるためにしたのかもしれない。この発言をするための。


 眞弓は顔を変えず、口を開いた。


「誰かが故意に起こしているってことは無いのかな?」

「………」


 急に空気が張り詰めた。


 虹崎の顔を見る。なんだろう、別に怒っている感じの表情ではなかった。むしろ普通。いつも通りだった。けれどもなんだか、思わず謝りたくなってしまう、そう思った。


「僕だって、異常を起こした張本人じゃないか。だからさ、僕がやっていたようなことを再現して異常を起こすことって、誰にでも出来るんじゃないかと思うんだよ」


 さも、その思考に至ることが必然であるかのような弁明を並べ立てた。僕にとってはそれだけだったのだけど、虹崎にとってはそれだけじゃなかったらしい。


「眞弓君」


 彼女は椅子から立ち上がり、僕の横を歩いて過ぎた。そうして教室の扉に手を掛ける。


「君はもう、ここには来ないで」


 ガラガラガラ、ピシャン。


「………」


 冷たく突き放した言い方に、眞弓は少しばかり気になるところがあったが、しかし彼女が彼の失態を忘れてくれたことには、安堵せざるおえなかった。



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