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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
一章 日常論者の非日常の始まり
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四話③ 第一次ファミリーレストランの乱


 さて、ここまではいつも通りの日常の範疇に収まることだった。大した変化も起きず、変動も起きず、日常を日常に、日常のままで享受する。平凡でなくとも非凡であっても、非日常ではなかった。


 僕はファミレスで彼女達と別れた後、たどたどしい足取りで帰路についていた。


 いつも通りのコンクリートで彩られた灰色の道を、路肩に建つ家の壁を伝い歩きしていた。街灯が三つしかないような道なので、昔は街灯から街灯の間を息を止めて走っていたな、なんて思っていると、先の街灯の下に誰かが立っていた。


「よお」


 なんて、彼は言った。まるで友人とでも会ったかのように。


 もちろん僕に彼のような、髑髏の上に「Welcome Chaos」なんて書かれたTシャツと、上から真っ赤な革ジャンを羽織り、穴のあいたジーパンを履いているようなパンクな知り合いはいない。


 僕はそんな不審者に眉をひそめながら、しかし一刻も早く帰りたかったので、立ち止まったりはしなかった。


「俺の名前は鬼木羅木きぎらぎ有覇あるふぁだ。お前は?」


「……眞弓ニコ…」


 押し殺すように呟いた。


 僕は彼の名前に聞き覚えは無かった。見知らぬ人に名前を明かすべきでないことは無論承知しているが、今は虚言を言ったり、抵抗する気力すらもない。それほどまでに、体調不良と言うのは盛大なデバフなのだ。


 有覇は僕の名前を「ハッ、女みてーな名前だなァ」なんて、早速地雷原を踏み抜いた。


 もちろんそれに何か苦言を呈する余裕なんかない。


 僕は歩みを進めた。


「眞弓ィ、お前、さっき越智おちと一緒にいたよなァ…」


 越智、彼が口にしたその名前を頭の中で検索すると、確か吹雪の苗字がそれだったという情報に辿り着いた。同時に、彼は結社に関係する人物なのだと把握した。


 もしかしたら吹雪に恋する少年の可能性もあるが―――譫言が出てきたということは、段々と調子が回復してきているという事だ。


 僕は溜息を吐いた。


「そうだけど、どうしたの?僕に何か用?残念ながら、僕は猫に吐かされて何もかも最悪の状態なわけだけど」

「いやいやいや、別に何かしようってわけじゃねェ。取って食うわけでも、お手手つないで介抱してやるつもりもねェ。ただただ、挨拶しておこうかと思ってな。結社の新メンバーに」


 僕は口を吊り上げて笑う有覇のすぐ側まで行き、そのまま隣を通り抜けた。


「ふうん。なるほどなァ。お前、クソ甘ちゃん野郎だろ?」

「は?何を言ってるの?」

「匂うんだよ」


吐瀉物の匂いだろうか。


「手前ェから、甘々な環境で育った奴特有の匂いがするんだよ」


 譫言のつもりだったけれど、本当に吐瀉物の匂いの可能性がある。ここまで歩いている最中も、甘ったるい臭いがずっとついてまわっていたからだ。いや、流石にそれは間違いなく譫言だ。


 眞弓は立ち止った。有覇と背中合わせになるように。


「俺と手前ェは限りなく違う。育ちも思想も何もかもだ。だから会おうなんて思ってなかったが、まあこれも運命だな」

「さっきから何を言ってるの?譫言なら僕の得意分野だから取らないで欲しいんだけど」


その僕の台詞に、彼は「ハッ」と笑った。


「それこそ譫言じゃねぇか。よく言うぜ。ま、今後手前ェと出会わねぇことを祈ってるぜ。それじゃあな」


 そう言い捨て、彼は歩き始めた。


 僕は振り返って彼を見た。


 その手元には、鈍く光を反射する、見るからに鋭利そうなナイフが握られていた。


「あぁ、あと―――」彼は数歩進んで振り返った「俺ァ再修正デバッガーだから、そこんところよろしくな」


「………」


 溜息。


 外面だけ見れば特に何も感じていない様子だが、僕の頭は、確実に忍び寄っていた自らの命の危機に、全く気付いていなかったという事実に戦慄した。ここまで危機感に欠けることが出来た自分が、状況が、恐ろしくて仕方なかった。


 僕はただ、溜息を吐いて、自分の精神を落ち着ける以外に出来る事は無かった。非日常と相対した日常の住民は、なんと無力なものかと痛感した。



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