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この世界に異常が発生しました!  作者: 蓮根三久
一章 日常論者の非日常の始まり
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三話④ 嘘は裏切り者の始まり、正直者の終わり


「正直、再修正デバッガーとしての仕事は大変だよっ。異常バグが発生したらすぐ駆けつけて解決しないといけないし、見た人全員の記憶を封印しないといけないし、基本大胆な行動はとれないし……だから美優はお勧めしないけど、もし一緒にやってくれたらうれしいなって感じ!」


 虹崎はにかっと笑った。どうしてここまで明るくなれるのか、ご教授願いたいほどに。


 僕はというと、獅子谷から打診されたときから沈黙を貫いていた。なぜなら―――なぜならもない。単純に考えることが多すぎて頭がパンクしそうなだけだ。


(えっと、結社チームの方に付くと再修正とは敵対して、でも自由は手に入る……再修正の方に付くと結社と敵対して、でも安定が手に入る……これはどっちを選べばいいんだ?)


 海馬という海を探索しながら、最善の選択肢を模索する。


(獅子谷の言い分的には断ってもいいらしいけど……断るか…?いやでも、そんなことしたら怪しまれそうな…でも受け入れたら結社の反感を買って……)


 堂々巡りの思考の中、猫の言葉が頭に浮かんだ。


「自分に嘘をついてまで、やりたくにゃいことやんにゃくていいし、お前はもっと自由でいいにゃ」


「どっちを選ぼうが自由だがにゃあ、とりあえず、お前は再修正に修正でもなんでもされてくればいいにゃ」


 あの人は、ここまで見通して言っていたのかもしれない。いや、間違いなくそうだろう。でなければ「どっちを選ぼうが自由だがにゃあ」なんて発言はしない。


 猫が


「やりたくない事は、やらなくていい」


 吹雪が


「出来るならやってほしい」


 虹崎が獅子谷が


「断ってもいいがやってほしい」


 そう言ってきた。これまで自分のことを平凡と信じてきたこの僕に。急になんだ異常からのモテ期到来か。それともこれ自体が混沌の生んだ異常なのか。


「別に今日決めなくても良いっスよ?明日にするっスか?」


 獅子谷の、その言葉を無視して考える。その最中、また小学生の頃の記憶がよみがえって来た。


「今は今しかないんだから、後悔しない方を選ぶんだよ?」


 後悔しない方。誰に言われたかも忘れたその言葉に、正解があるとは思えない。後悔しない方なんて選べるのなら、僕はきっと恵まれすぎた人間だろう。どこを進んでも後悔しかない選択肢だ。後悔のバーゲンセールだ。


 他人の言葉の中に正解なんてない。そう気づくのに十三年かかった。


 だから僕は選択した。


「分かった。僕は協力するよ」


 僕は獅子谷を見ながら言った。目が合った。まっすぐな目をしていた。


一方虹崎は、どこからともなく取り出したクラッカーをポンと鳴らした。


「……そうっスか。歓迎するっスよ。でもま、あまり無理させちゃ悪いし、元々ここの管轄はあたしっスから、これだけ渡しとくっス」


 獅子谷はそう言って、自分のポケットに入れていた機械を取り出した。それは、一昨日虹崎が持っていたのと同じ、スタンガンのようなそれだった。


「眞弓君の目の前で異常が起こったら、それを使って欲しいっス。使い方は異常にその先端部を押し付けてスイッチを押すだけ。それだけで大丈夫っス」


「え、ああ、これだけでいいの?」


 自分が想定していたよりずっと楽な業務内容だった。その想定には、虹崎の言葉が影響しているということは置いておこう。


「あっそれとっ」


 虹崎が口を開いた。こういう時は嫌な予感しかしないのだが―――


「美優たちが再修正だってことは、ここだけの秘密だよっ」


―――全く易い内容だった。


 思わず毒気を抜かれてしまった僕は、椅子に体重を預けた。



 ああ、



 なんて、



 こんな日々は、



「日常だなぁ……」


 呟いて、姿勢を戻した。



☆☆☆



 放課後の延長線、吹雪を前にして僕は事の経緯を話した。


「つまりは、私達を裏切ったと。そういう事?」


 吹雪は冷徹に、開口一番言い放った。それに反論したのは、意外にも猫だった。


「ちょっと、よく考えるにゃ!本当に裏切っていたらニコはここに来ないにゃ!それに、少しばかりにゃけど、今回の事にはにゃあの責任もあるにゃ…」


 全く持ってそんなことないのに、猫は吹雪に頭を下げた。思ったより彼女は、僕の事を思ってくれているのかもしれない。そんなことを思ったら、猫はこちらを振り向いて、吹雪に聞こえないように言った。


「勘違いするにゃ。ちょっとばかし、お前の撫でるのが上手いからこうして頭下げてやってるのにゃ。これが終わったら撫でるのにゃ」


 それはそれで抵抗があるな。僕からしたら女子中学生を撫でることになってしまう(猫に見えていても実際にはどうあがいても女子中学生を撫でることになる)ので、僕はそれを遠慮した。猫は「にゃんで!?」と言っていたけれど。


「まあ、別に構わない。裏切ってないようだしな。しかし、再修正デバッガー結社チームの二人三脚とは…」


 吹雪は相変わらずの鉄仮面っぷりで呟いた。


 僕は結局、どらちかという選び方をしなかった。どちらかを選んだらもう片方は無くなってしまう。それは間違いなく僕の避けたかったことで、やりたいことではなかった。


そんな選択で何とかなるかは賭けでしかなかったけれど、思い出せば、再修正も結社も、僕に対して穏当な態度をとるので、どうころんでもきっと大丈夫だろうという自信が、無かったと言えば嘘になる。


 吹雪は口を開いた。


「それより今日は、あなたに紹介したいメンバーがいる。ずっとあなたの後ろに立っているのだけど」


 そんな古典的な手に引っかかる奴がいるか。なんて思ったけれど、これが彼女の精いっぱいのボケなのだろう。仕方ない、拾ってやろう。思いながら振り返ると、居た。僕の身の丈より三十センチも高い背の少女…いや、少女ではなかった。そこにいたのは紛れもなく、成人済みの女性だったからだ。


 そして彼女には見覚えがあった。


霧隠湊きりがくれみなと。認識阻害の能力を持つ私達の行動の要であり、この学校で国語を教えている教員でもある」


 そう、彼女は僕のクラスで教鞭をとっている国語教師だったのだ。ここまで来ると、流石に信じざるおえない。


「やっぱり、吹雪の妄想じゃなかったんだ……」

「違うって言ってる。どれだけ覚えが悪いの?」


 普通に怒られた。そんな僕と吹雪のやりとりを、霧隠先生はじっと見ていた。何も言わず、ただじっと。眼鏡のレンズがちょうど夕陽を反射していて表情が読めないので、ほんの少し怖い。


「ああ、それとにゃ、霧隠は授業中は話せるんにゃが、それ以外の時はマージでまったく喋らんのにゃ。極度のコミュ障?ってやつなのにゃ」

「……………………」


 どうやら猫の言ったことは本当らしく、先生は口を微動させて話そうとするが、しかし音は出なかった。もはやコミュ障を通り越している気がする。


「眞弓、湊に能力をつかってもらって。そしたら他人から認識されなくなる。猫みたいに猫に見えるようにしてもいい」

「それはだかな…」

「なんでにゃ!?猫はいいにゃよ?自由で気ままで…それとそれと、可愛いにゃ!」

「いやだって、その能力ってなんだっけ…体験者プレイヤー?には普通に見えるんだろ?まだ猫はいいけど、僕が中庭とかでにゃあにゃあ言いながら日向ぼっこしてたらどう?どう思う?可愛いと思う?」


「………」


「………」


「…………………」


「黙るなよ!」


 元から黙っている一人を除いて、僕は二人に怒号を飛ばした。知っていたことだけども、ここまで否定されるのはつらい。いやつらくなんかない。決してつらくなんかないぞ。


 眞弓は目尻に浮かぶ液体を拭った。


「ああ、それと僕、認識阻害は今はまだ大丈夫かな。授業受けれなくなっちゃうし」


 その発言に噛みつくように、猫


「にゃはは!お前まだそんな事言ってるのにゃ?言ったにゃろ?自分のやりたいことをしろって!」


 だが、僕はもうその言葉に対する答えは見つけていた。


「うん。でも、やりたいことのためにはやっぱりやらなきゃいけないことがあるんだよ。それが僕にとっては勉強だったってだけで、別に猫が間違ってるとかじゃない。むしろ感謝してる。今日も、ずっと見守ってくれてありがとう」


 その言葉に猫は「にゃっ?」なんて小さく叫んで、窓から外に出て行った。ここ、三階だぞ。


「にゃあああああああああ!!!!」


 猫の断末魔を無視しながら、吹雪は改めて話し始めた。


「でなんだけど、あなた、獅子谷からもらった機械を貸してくれる?」

「ああ、いいけど」


 僕は二つ返事で、ポケットの中に無造作に突っ込んであったそれを彼女の手に置いた。受け取った彼女はそれをまじまじと見つめ「ふんふん」と声を漏らしながら、一通り見終わったらまた僕に返してきた。


「もういいの?」

「うん。今のは別に、機械の構造とかを見たわけじゃない。もし発信機や盗聴器がつけられていたら、と思って探しただけ。どこにも見当たらないから、獅子谷は本当にあなたを信頼して渡したのだと思う」


 そう言われると、ここに立って獅子谷や虹崎のことを話している僕が、なんだか悪者みたいで嫌になる。悪者でなくとも、間違いなく裏切り者ではあるけれど。


「それをどう使おうがあなたの自由。だけど、なるべくなら使わない方がいい」

「え、どうして?」

「………奴に、目を付けられるから」


 彼女はそう言って、手元の机に置いてあったノートパソコンを持った。


「帰る。各々解散で」

「いやちょっと!奴ってなに!?」

「それは後のお楽しみ」


 冗談じゃないときに冗談を言ってくれる。吹雪は僕の制止を無視し、教室から出て行った。そしていつの間にか、霧隠先生もいなくなっていた。音も無く居なくなるとは、忍者の末裔か何かなのか。


 溜息。


 僕はいつも通り、それだけして帰路についた。



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