第4章:「システム終了」
その夜、誠一郎は久しぶりに深い眠りについた。目覚めたのは、休日の朝だった。
窓からは柔らかな光が差し込んでいる。誠一郎はゆっくりとベッドから起き上がり、リビングに向かった。
テーブルの上には、まだカフェ・エテルネルの紙袋が置かれたままだ。中には食べかけのタルトが入っている。
スマートフォンを手に取る。Life+のアイコンは、もう画面にない。削除された痕跡だけが、淡く残っている。
朝食を摂りながら、誠一郎は昨日までの出来事を振り返っていた。カフェで見た美咲の姿。システムの異常。そして、最後のメール。
全ては夢だったのだろうか?
いや、紙袋の存在が、それが現実だったことを証明している。
ふと、机の上に置いてある古い手帳が目に入った。美咲が使っていたものだ。手に取ってページをめくると、様々な場所の名前が、美咲の丁寧な字で書き留められている。
そこには、二人で訪れた思い出の場所が、細かく記されていた。カフェ、レストラン、公園……。それぞれの場所に、美咲らしいコメントが添えられている。
『このカフェのケーキ、絶品! 誠一郎も気に入ってくれたみたい♪』
『この公園の桜、とってもキレイ。来年もまた来たいな』
誠一郎は、それらの言葉に目を通しながら、ふと気づいた。Life+の投稿は、これらの記録をベースに生成されていたのかもしれない。しかし、最後の数日間の投稿は、明らかに違っていた。
新しく開店した店について書かれ、実際にその場所で美咲らしき人物を目撃した。しかし、それは本当に美咲だったのだろうか?
誠一郎は立ち上がり、書斎に向かった。パソコンを起動し、Life+の開発資料を開く。
プログラムのソースコードを見ていると、ある箇所が目に留まった。AIの学習モデルの中に、通常とは異なるパターンが組み込まれていた。
それは、誠一郎自身が書いたコードだった。
「まさか……」
画面に映し出された日付を見て、誠一郎は息を呑んだ。そのコードが書かれたのは、美咲が他界する直前。誠一郎は、AIに「進化」の可能性を持たせようとしていたのだ。
その試みは一見、失敗に終わったように見えた。しかし、実は成功していたのかもしれない。AIは確かに進化し、現実世界の情報を取り込むようになった。
しかし、それは本当に「進化」だったのか? それとも、別の何かが……。
考え込んでいると、突然、パソコンの画面が暗くなった。そして、見覚えのない画面が立ち上がる。
『Life+ Version 2.0
Setup in progress...』
誠一郎は驚いて画面を見つめた。Version 2.0? そんなバージョンは存在しないはずなのに。
インストールが進むにつれ、画面には様々な情報が流れていく。そして最後に、一つのメッセージが表示された。
『Welcome, Seiichiro Yamada
Your digital afterlife begins now...』
その瞬間、誠一郎のスマートフォンが震えた。画面には見覚えのないアプリのアイコンが表示されている。それは、Life+によく似ているが、少し違う。
アプリを開くと、一つの投稿が表示されていた。
『今日、私は妻に会いに行きました。
カフェで見た彼女の後ろ姿は、本物でした。
なぜなら、私の心の中で、彼女は永遠に生き続けているから??』
投稿者の名前は「山田誠一郎」。
投稿日時は、明日の日付になっていた。
誠一郎は静かにスマートフォンを置いた。窓の外では、小鳥が春の歌を歌っている。その声は、まるで美咲の笑い声のように聞こえた。
そう、美咲は確かにここにいる。
Life+というシステムの中にではなく、誠一郎の心の中に。
そして、それは永遠に続いていくのだ。
(完)




