シロアリ
{二年後}
私はダンジョンマスター。
ダンジョンコアに住んでいる。
私が生かした赤子は、三歳児になった。
それは中級冒険者を監禁した副産物。
あの時、私は大量のポイントを失い、
更には中級冒険者の遺体にあったマナを利用し
彼の言うとおりにツチノコダンジョンを創設。
結果的にダンジョンポイントは空になった。
ツチノコダンジョンとは、
最下層に巨大なイモムシ型モンスターが落ちる
3mくらいの巣箱型トイレである。
それを創った当初は、何してんだかと自分に呆れたが
結果的には少量ずつのリターンがきている。
これはマナ、すなわちダンジョンポイントの話。
まず巣箱にはー100Pを使った。
現在、償却分を合わせても80pは蓄えている。
ダンジョンポイントは通常、モンスターポイントとリソースポイントから変換し合うことが出来るが、巣箱の匂いに誘き寄せられた有機物が微小なポイントとして溜まっていく。
それに地下水。
湧き出る地下水には冷水と温水の二種類が確認されているが、どちらも微小なマナを含んでいる。これらは通常、廃ダンジョンをただ地上へ流れていくだけの通り道とみなすが、この巣箱はそれらのマナを濾しとる形で機能している。そして集約されたマナを含む栄養は今、目の前にいるこの三歳児に集まっている。
「この文字は”さ”」
「なるほど。」
――カキカキ......
風呂敷のような薄い布を器用に身に纏い、この世界の文字を私から教わり、よく食べては良く寝て、よく運動をする。すなわち、今目の前にいる幼女は良質なマナである。そしてこのダンジョンの最終捕食者は私。彼女をモンスターとして認識したとき、感覚的には40ポイントくらいの価値を秘めている。つまり二年で+20p。資金運用としては、大成功。
「よし。今日はこの辺にしておきます。いつもながらありがとうございます。」
真面目なやつ。
「今日は早いわね。」
「はい。身体が出来てきたのでダンジョン探索に出かけてきます。」
ダンジョン探索?
コアの外と言えば巣箱しかない。
そこから外と言えば、
コアから北に広がる、第三層{光石地帯}
コアから南に広がる、第三層{地下教会}
2つの内、どちらか。
「大丈夫なの?」
「大丈夫です。廃ダンジョンなので。」
そういうと彼は木のシャベルを手に持つ。
「って......いや、まぁそうだけど。一応私も付いていくわ。」
「心強いです!」
そう言って歩き出したのは南側、隣室である巣箱の先を目指すのだろう。
並んで歩くと人間の成長ぶりが分かる。
――私、もうじき身長抜かされる。
(※ルタル・グノーム111cm)
あと二年。....いや三年って所かしら。
見下される日も近いのか。
「付きました。」
「で、どうするのよ。」
「掘ります。」
そうして幼女は岩の壁の脆そうな場所へ木のシャベルを突き立てる。
「ふんっ!」
――カッ....‼
硬い岩に当たる音。
無理ね。
「掘ってどうすんのよ。」
「ルタルちゃんは....ふんッ。この先に......ふんっ。廃ダンジョンの名残があるって、言ってましたよね?....ふんッ。」
「えぇ、そうね。」
ダンジョンは崩壊したとはいえ、城の地下として人工的に作られていた遺物は今も残っている箇所がある。第二層{地下牢}、そして第三層{地下教会}なんかはその典型で、動線は失われたものの頑丈な石造りの柱や土台が、未だ当時の面影を守っている。
(ダンジョンコアは例外だ。......恐らくこれは、精霊側の誰かが、ダンジョンポイントで創った代物だろう。)
「そこで使えそうなものを見て、触って、考えたいんです。....ふんッ!」
けれどその壁は、
三歳児には分厚かろう。
「協力したいけど。私も腕力には自信が無いし、通路を作れるだけの魔力も残ってないわ。」
「心遣いだけでも、....ふんッ。嬉しいです。」
土塊は微動だにしないが、少々傷がついてきた。
そうだとしても、途方もない作業だ。
私は頬杖をつきながら、その様子を座って観測する。
変な人間だ。
いや、ダンジョンに生息しているのだから、
私が育てたモンスターとでも言おうか。
「君はよく働くよ。健気だ。」
「生きるためです。」
・
・
・
ふんふん、と。汗をかきながらシャベルを握る。
そんな姿を見て、私はふと気が変わった。
本来はあってはならない禁忌。
土精霊の内情を漏らす背信行為らしいが。
私は人間に、魔法を教えることにした。
土の精霊の初等級魔法の基礎中の基礎を
更に人間が唱えやすいように式を組み換え、
近くの木の根で杖まで作ってやった。
それから人間は三歳児でありながら軽い土魔法を覚え、
掘削の効率を遥かに上げた。
それは大人が振るう鉄のシャベルにもみたない力だが、
幼児か振るう木のシャベルよりは遥かに強力だった。
『土精霊の願書魔法ッ――!!』
【土精霊の願書魔法(スペル・グノームス)】
系統:固有魔法系・自然魔法
等級:D~A級
属性:①土魔
②物理
詳細:(土魔法一般の願いを叶える詠唱必須魔法。
元は土の精霊の固有魔法だが、
人間でも扱えるように研究された成果物。
等級及び難易度は願いの内容で可変。
土の精霊は大地の法則を塗り替える力を持ち、
それを適切に支配していた。
欲深き人間の手に渡るまでは...... )
「フレーバーテキストで、既に後悔が滲み出てる......⁈」
「そうならないようにってことよ。他の人間に教えるのもナシ。あと、戦闘では使いものにならないように調整してるから。」
「りょーかいです!」
巣箱の南側の土壁に魔法が当たり、
パラパラと手のひらサイズの大きさの面が、
サイコロ状にパラパラと崩れていく。
そうだ。
いくらでもマナを撃っていい。
ダンジョン内で一般魔法を発散する分には、
ダンジョンポイントとして還元される。
魔法修得までに3か月。
掘削にも数カ月を費やし、
第三層{地下教会}の通路が姿を表す。
「おっ、ほー!!さっそく空の宝箱発見!!流石、廃ダンジョンです。」
嬉々として幼女はそのゴミを拾う。
「何に使うのよ。」
「出来るだけ細かくしてトイレに入れます。第二区画の微生物、思った以上にムキムキなので、有機物ならなんでも速分解します。彼らが本当のモンスターですよ。このダンジョンの!!」
尻尾を振った子犬の様に、
幼女は逞しく杖を振っていた。
彼にここまでの生命力を与える師匠とは、
一体何者なのだろうか。
死んでもなお、探し求めたいような人。
死んでもなお、諦めきれないような人。
一度会って、そして見てみたい。
顔は、髪は、身長は。
一体どんな人なのか。
どんな眼差しをしているのか。
どんな思考をしているのか。
......とかく事実として。
彼が来てからこのダンジョンは、
ちょっとずつだが動き出した。
「頑張るのね。」
「えぇ。シロアリですから。」
「シロアリ・・・?」
「シロアリは土に埋まった生ゴミに引き寄せられて、近辺に巣を作り結果的に土を耕します。西アフリカ、ニジェールの砂漠でそうやって緑地化を進めた過程はよく知られています。人間は通常、土の中では暮らしません。だからシロアリなんです。シロアリ戦法なんです。」
「ふーん。」
そして私は、寝た。
{ダンジョンステータス}
内部コア
DP(ダンジョンポイント) :5 +5(魔法が放たれる)
MP(モンスターポイント) :55 (食用イモムシ+微生物、増減)
RP(リソースポイント) :20 -36(微生物が有機物を分解)
タイプ:多層城地下型
構 成:全6層
状 態:廃ダンジョン、???
称 号:???
危険度:レベル1(G級)