1歳児と言う勿れ
悔しい。
ただ悔しい。
前世の記憶が戻ってきたのがいつかは分からないが、
師匠を守れなかった悔しさが全身を襲い、
身体が震えて股が緩む。
「師匠ぉう......あっ、はぁ~。」
「ウワッ、くさ!!また”した”のね!!」
......アレ、またなんかやっちゃいました?
自分の糞尿すら始末できない日々が2、3カ月続き、
それを明日には忘れている。
これが俺の異世界テンプレ。
幼児期健忘という奴が例外なく眠気と共に襲い来るのだ。
赤子の長期記憶が確立するには生後1年間は欲しい。
「かたじけない......」
「喋るな。不快度が増す。」
赤子との対話ではあるまじき罵倒も明日には忘れている。
そんな食っては寝て、寝ては忘れての日々を繰り返し、
繰り返し。
繰り返し。
繰り返し。
「おっ、行けそうな気がします。」
俺は目の前にいる
ロリギャルママに声を掛ける。
「そう。頑張ってね。あんま期待はしてないけど。......って、おー!」
遂に俺はよちよち歩きから二足歩行へ進化した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
{転生して1年後?}
「ということで、二足歩行になってから初めまして。ココは何処でちゅか?ママ。」
「ママじゃねえよ。」
呂律はまだ弱いが、
四足から二足に成長した功績は大きい。
俺は机の上に何かの本の余白を広げて、
空いた両手にペンを持ち、
ママの言葉を忘れないようにメモしていく。
これこそ人類の叡智。
そして、俺の唯一の固有スキル
『書記ッ・・・!!』
【書記 -しょき-】
系統:強すぎて測定不能
等級:もちろん強すぎて測定不能
属性:物理
詳細:(凄みを出しながらメモ帳へ筆を立てることで発動する人類の業。凄みを出さなくても発動する。だが後にグノームは思うだろう、彼の書記には『スゴ味』があるッ。)
「あのね~、この説明は何度も何度もしているんだけど、まずココはダンジョンで......(以下略)」
・
・
・
俺は木のスプーンを握り、
柔らかくなった野菜のスープを頬張りながら
先刻記したメモ書きを見直す。
握力が乏しく、我ながら汚い字だ。
――――――――――――――――
【聞いたこと】
①ここは地下ダンジョンの第3層
②中級冒険者が俺を連れてきた
③食糧は冒険者が持っていた分のみ
④彼女は土の精霊、ルタル
⑤ルタルはダンジョンを復興したい
⑥ダンジョンを復興しないと外に出られない
【忘れてはならないこと】
①俺は探偵助手だった
②探偵を守れなかった
③犯人が思い出せない
―――――――――――――――――
俺を連れてきた謎の中級冒険者とやらは、
ナップザックに食料を入れていたが、
このダンジョンに閉じ込められて餓死したらしい。
その間、彼が持っていた離乳食を含む全ての食料を彼は俺の為だけに調理してくれていたそうだ。
どこぞの海上レストランのオーナー並みに聖人である。
クソお世話になりました。
「ということで、本当は色々教えた見返りが欲しいけど、君は子供だしな~。」
元凶とも言えるこの精霊はダンジョンポイントとやらを使い切り、
あの冒険者に変わって食糧を与えてくれている。
理由はどうであれ、赤い三角帽子を被っても1mにもみたない少女に子供扱いされるのは不甲斐ない。
「あぅ。」
俺は間抜けにも机の上に匙を落す。握力の限界だろうか。
「あーあ。はい、あーん。」
この優しさがむず痒い。
「どぅも。んあー。あっ、ちなみに自分より年下の女性に対して母性を感じて赤ん坊のように甘えることを『バブみを感じてオギャる』と前世の世界では言われておりまちた。参考までに。」
「ヒイ......キモい。」
役に立たなかったようだ。
「それでぇ。アンタは何で死んでまでも、その人と事件のことに固執してるワケ?人間の思考は分からないわ......」
ルタルちゃんは溜息を吐きながら俺に聞く。
北欧人のようなプラチナブロンドを
クルクルと指でいじり、
ハの字を描く同色の困り眉がその感情を物語っていた。
「1つはそれが生きる理由だから。もう1つは遺言だからでちゅ。」
「はぁ。」
ルタルちゃんは一層、分からないといった顔をする。
俺は自分の頭を整理しながら、当時の記憶を呼び起こす。
「師匠は、その探偵は俺の恩人でちた。俺は探偵を越えるために生きていたち、探偵を守るために生きてきた。今やその目標を失ったから、正直もう死んでもいい。しかし、探偵の遺言は『それでも生きろ。私は君に後を託す。』でちた。これは、あの状況で言えるような言葉じゃない。
つまり探偵は、俺がこの世界で転生することを読めていたのではないでしょうか。探偵は、答えがこの世界にあると伝えたかったのではないでしょうか。そこから推理するに、探偵はこの世界で生きているかもしれない。俺と同じようにこの世界に生まれ直して、あるいはこの世界に転移して、今も俺の近くで、何処かで生き残っているかもしれない。その可能性だけが、推理だけが、俺の希望なんでちゅ。」
「締りが無いわね。」
ルタルちゃんは溜息を吐く。
「そういえば。アンタらが来たのと同時期に、このダンジョンの奥の方で生体反応があったわね。」
「ホントでちゅか?!」
「う、うん。」
俺の剣幕が凄かったのか。
1歳児相手にルタルちゃんは少し身を仰け反る。
「まぁどちらにせよ。地上と繋げてダンジョンを復興&拡大させなきゃ、その場所までは辿り着けないし、君の食料もじきに底をつく。さぁ、人間。私と協力してダンジョンを興す気概はあるかね?」
なるほど。
冒険者を招くにせよ。
生き残って師匠を探すにせよ。
どちらにしたって地上への通路が必要。
【地下からの脱出】
人生の回顧録に「新章」を記すなら、
これが概要ということか。
「あ、ありましゅ!!」
「そう、じゃあ頑張ってね。」
「は?」
......こうしてオレたちの、ダンジョン経営が始まった。
{ダンジョンステータス}
内部コア
DP :0 +100(中級冒険者の遺体程度のマナ加算)new!!
MP :0
RP :0 +1(赤子の糞尿程度のリソース加算)new!!
タイプ:多層城地下型 new!!
構 成:全6層 new!!
状 態:廃ダンジョン、???
称 号:???
危険度:レベル1(G級)