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Fw:ダンジョン作りにはSayがいる!!  作者: 西井シノ @『Eスポーツ活劇~電子競技部の奮闘歴~』書籍発売中
{寮生編}☆☆☆☆☆☆☆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/27

ウェスティリア魔術学院の入学式

彼の日の視界は夢に似ていた。


「あつぅ・・・」


「そうっすね......」


――ミンミンミンミン・・・


蝉時雨鳴り止まぬ真夏日。

彼方では入道雲が立ち昇っていた。


「で、金は?」


「ありません。。。」


本棚の上に置かれた写真立て。

笑う少女。

笑えないといった顔のJK。

現実では赤いリボンがやる気無さそうに揺れる。

当の本人はそれ以上で、

白いセーラー服から伸びる左腕を

心底怠そうに額に当てる。


「あのさー、金ないなら帰ってくんない?」


「ここで働かせてください。」


「はぁ.....」


篠原孤児院の一角には、

ダンボールで出来た看板がある。


【篠原探偵事務所】


机の上に足を乗せ、

穴の空いたソファに腰を下ろすふてぶてしい女子高生が、

小さな小さな家城の主だ。


「ここで働かせてください!!」


「こちとら湯婆婆じゃねぇんだからよー。勘弁してくれよー。え?なーに?好きなの私のコト?好きになっちゃったの?!――それじゃあ、まずはありがとう。でもねごめんなさい、君の小学校のお友達全員に言いふらします」


「いえ、それが全く。微塵も。」


彼女は確かに美形だった。

しかし本当に微塵も、

それはとても不思議と、

恋心ではないと確信していた。


「微塵とか使ってんじゃないよお子様が~!大体お金が欲しいなら~」


『お金じゃないんです。』


探偵は、

篠原綾は、

天才で変人だったが、

話の通じる奴だった。


「ただ、あなたの役に立ちたいんです。」


「はぁ......」


扇風機がカタカタ回る。

首振りが迫るインターバル。

涼風のお裾分け。

この天才と同じ場所で、

同じ風に当たっている。

たったそれだけが、嬉しかった。









――――――――――


「おっえぇ......げぇっ......」


古い木の床板に、吐しゃ物が広がる。

水ばっかだ。


「うぇっ......」


朝ごはんと、水ばっか出てくる。


「――おい、嬢ちゃん。大丈夫か?」


「タンテさん!!」


純粋な疑問が交錯する。

俺が何故ココにいるかは分からない。

ただ身体の持ち主はココにはいない。

俺が今、ココに居るなら。

彼女はきっと、ココには居ない。

俺がココにいることで、

彼女はきっとココには来れない。

この顔は俺じゃない。

この身体は俺じゃない。

俺がしたのは転生じゃない?

俺がしたのは転生の横取り?

俺は生き伸びたんじゃない。

俺はたぶん生かされたんだ。

ともすれば、

俺は、どうして生かされた…......??


あるいはそもそも。

俺があの日、行かなければ。

俺があの日、訪れなければ。

俺があの日、足を引っ張らなければ。

そもそも探偵に関わらなければ。



「おぉぇっ・・・・!!!」


チックが駆け寄り、

オルテガが背中をさする。


「チェシャ、姿見を除けろ。白兎は水とバケツだ!ったくよ~、どうしたー地底っ娘!」


「吐いたのルディー?」

「吐いたねルダム。」


「自分の顔見て?」

「自分の顔見て。」


「不思議な子?」

「不思議な子?」


「でも可哀想。」

「うん可哀想。」


「おやすみ」

「おやすみ」


  ・

  ・

  ・


何故か、

円卓に座るあの双子の声だけが

明瞭に聞こえては、萎んでいった。


―――――――――――


――これはSTJテストと言ってな、君のIQや推理能力、才能を見抜くものだ。こいつの制作背景は1987年に遡り、アメリカのマサチューセッツ工科大学のジョン・レヴィン教授が犯罪心理学に精通したエリートチームを束ねて長年の研究の末に創り上げたとかそんな大層なものでは全然なくて、今しがた私が15分で作成した。


被害者の記憶の断片が見える気がするんです。――


――非化学を信用していないものでな。


代わりの鉛筆をください――


――君は凡才だ。しかし潜在能力ポテンシャルは高そうに思える。


師匠を護りたいんです――


――私は星が好きだ。














―――――――――――


「声だよ。」


――ん…..?


「ルディーとルダムは声を操る。同時に聴こえた声色からも悟るんだ。君の絶望、不安、恐怖。取り除くには眠りこけるのが一番なのかもね。」


揺れる脳みそ。

ぼやけて回る視界から

靡く綺麗な、菜の花色の髪が消える。


「はむっ、むぐっ。もちろん......ングっ。暗殺にも便利。――起きたよ、オルテガ。」


遠のく咀嚼音。

遠のく足音。

反面、近付く足音。

閉まる扉の音。

軋む寝床の音。

窓の前には木皿の上に乗ったサンドイッチが反射していた。


「お目覚めですか。」


オルテガはポッドを傾け、陶器のカップに紅茶を注ぐ。


「お昼から入学式です。タンテさん。」


「......」


「先刻は、......何があったのか、お聞かせ願えますか?」


ベッドの横には丸いイスがあった。

円卓の部屋にあったものと似ていた。

変わるのは匂い。

紅茶の香りが漂っていた。

意識が、ぼんやりとしている。


「......探していた人が、......護るべき人が、自分でした。」


「自分だった?」


「自分が何者かが分からないんです。ダンジョンの奥底に答えがあると思っていた。大切な人が、いると思い込んでいた。しかし、遥か昔に委ねられた言葉の真意が、それだけが核心を得た気がしたんです。…...俺はきっと、生かされた。彼女が準備していた策を借りて。」


「彼女とは、一体?」


「――この身体の持ち主です。」


その言葉にオルテガは固まる。

チラリと視線を上げれば、

オルテガは目を丸くしていた。


「そうですか......」


沈黙が世界を覆う。

ぼんやりとした意識が、

逃避するように睡魔を送る。

俺は溜息を吐き、暗い天井を見上げた。


「自分が何者かが分かりません。だからもう、生きている意味が分かりません。」


俺は机の上に置かれた杖を握りそれを見つめる。

そして眼鏡に手を伸ばし、

眼鏡は、取るのを止めた。


「......オルテガさん。アザナンファミリアは人を沢山殺していますか?」


「えぇ。残念ながら、それが彼らの仕事です。」


オルテガは立ち上がり、

彫刻された衣装タンスから

仕立てられたローブを選ぶ。


――Dryad


「タンテさん。私は貴方が何者かは分かりません。故に私は貴方を地下へと隠しました。そしてダンジョンは、あたかも秘密を押し殺すように貴方を地下へと閉じ込めた。しかし貴方はその運命を拒みココにいる。それが私にとっての答えとなった。」


刻まれた木の彫刻には、

隠された文字が見える。


「......いま、この学院は危機的状況にあります。{キリエ教徒}と{王国側・旧勢力}との争いは、決着しつつあるとお伝えしましたが、キリエの中においても思想、方向性の違いから、幹部同士での派閥争いが激化しているのです。そんな混沌を極めし戦況において、私の目的は唯一つ.....この学院おしろを、――全ての敵対勢力てきせいから守護まもることです。その為に、タンテさん。貴方にはダンジョンを使って学院の西側を検問して頂きたい。」


オルテガの表情が切り替わる。

とても和やかで、穏やかな笑顔に。


「答えはいりません。貴方はきっとそれを選び取る。彼の地下ダンジョン、第六層のエンドレリックは”ケセラ・グノーム”です。私と貴方は、そこで出会った。そしてそこには、彼女ネビュラもいました。」


桜の匂いが近付いてくる。

春風が肌を撫で、

右腕に触れる。


「さぁ、何はともあれ。おめでとうございます!」


――バサアッッ!!!!


「え!?」


床が桜へと変わり、

右側から身体が落ちる。

掴もうとした床も花弁と化し、

右手一杯に収まっていた。

周りには雲。

青空と鳥。

寒さ。

風。


「んぉぉ・・・・ぁぁぁぁあああ!!!!!!!!」


落ちる


落ちる


落ちる


まだ落ちる


顔面に吹き付ける暴力的な向かい風。

頬がぶるぶると震え呼吸が苦しい。

尖った塔に流れる川

集まる人々の群れ。

ここは地下ダンジョンの......

ウェスティリア城の真上らしい、

俺は大きな中庭へ吸い込まれていくように

ただひたすらに落ちていく。


「わわわわあああぁぁあぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!」


近付いてくる群衆。

解像度の上がる土や草、

というか石の地面。


「・・・・あぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!!」


向かい風が髪をとかし、

眠気は完全に冷めていた。

落ちる身体にローブが纏い、

滑空するように裾が広がる。


「うぉおおおおおおぉぉっぉぉおお・・・っだ!!」


殺されるなら悪くない。

他責なら罪はない。

しかし身体は落した羽毛のように重力をいなす。


――タン。


時間差で頭へ乗っかる帽子。

着地したのは白い石台の上。

何やら透明な天幕を抜け、

目の前では白に映える金髪が風に揺れる。


「土で汚れた顔。」


俺は少しよろけて、姿勢を立て直す。


「つぎはぎのズボン。ローブの中も同様、おまけにサンダルみたいな革の靴。」


一睡した。

魔力は多少戻っている。


「何処の貧農の子供かしら?......なんて、悪目立ちすること必至ね。」


「アリス......‼」


俺は杖を握る。

自殺する勇気は湧かないだろうが、

俺は探偵助手である。

犯罪者になら立ち向かえる。

だからこそ。

きっと。


「でも、いいわよね。今日の主役は、私たちなんだもん。」


風が吹き、アリスがこちらを見て笑う。

刹那。

打ちあがる花火。

揺れる空気。


――パーパラパーン!!パーパラパーン!!パーパラッパ、パッパッパッパーパーン!!


破裂したように、

威勢良く鳴った金管楽器。


『新入生、入場。」


アリスが踏み出し、

透明だった幕が上がる。


――ブゥア!!


舞い込む風。

吹き付けるような歓声。


『――初等科151名。【騎士寮フリューゲル=ディアマンデ】寮長推薦生、アリス・キングスレー。以下、候補生30名。』


――ジャキィンッ!!


群衆の一端からは長剣が掲げられる。

恐らくは騎士寮生からの歓迎の所作。

その勢い、一糸乱れぬ動きの壮観さ。

アリスは観衆全体へと左手を振る。


「キャアアアア!!!可愛いぃいいいいいいいいい!!!!」


何処かの上級生が、アリスへ叫ぶ。

少し遅れて横一列に並んでいた四人が動き出した。

俺も横列を作るように歩調を合わせて進む。

横の天幕から表れる小さな魔法使いたちは、

俺達の後ろを目掛けて進む。

どうやらここが、151人の先頭列らしい。


名門騎士家系アレクサンドロスのご子息を抑えたのか?」


「あぁ、らしいよ、金髪の彼女。」


新入生の列を囲うように上級生が、

その更に奥には大人たちが並ぶ。


『――【冒険士寮フェアリア=イオライテ】寮長推薦生、ルダム・トゥイード。以下、候補生30名。』


「うぉおおおおおおぉぉっぉぉおお!!フェアリアの~新入生♪」


「俺達もあれやっとく?騎士寮のやつ?」


「もう遅いって。ってか何掲げんの?」


「帽子でも投げとくか。」


「ほーれ!」「ほ~れ!」

「はいよ」「おめでとー」

「ほーれ。」「よっと!」


「顔は?顔は?」


冒険士寮は思い思いに歓迎の所作をする。

看板掲げたり、帽子投げたり。

あいつら......自由だな。


『――【魔導士寮クロノス=ジェイド】寮長推薦生、モリア・エルスライト。以下、候補生30名。』


――パパァン!!パラパラパラ......


打って変わりシワ一つ無いローブの集団が、

杖を空へと掲げて花火を上げる。

散った火花は花弁へと変わり、

風に乗ってまとまると、

様々な動物の姿となり、

俺たちの合間を優雅に駆け抜ける。


「ふふふ綺麗ね、タンテ!!」


「あ、あぁ......」


「私に殺される気も失せたかしら?」


「あぁ、えぇ?」


漠然とした覚悟すら、

あの時にバレていた。......のか?


『――【交易士寮シルフィード=アズライト】寮長推薦生、チンタラ・トレイダル。以下、候補生30名。』


交易士寮はタップダンスをするかのように靴音を鳴らし、

行進曲に音をハメ込む。

後ろの方では楽器隊が新たな音を作り、

シルフィードへの歓迎を見せる。

最後には深々と綺麗な一礼。

短いながら、惚れ惚れするような演目を見せる。


『――【技工士寮グノーム=オブシディ】寮長推薦生、ヨナ・カシラ。以下、候補生30名。』


「カシラ家か。はー、遠路はるばる来たもんだなぁ。」


技工士寮からは丸い何かが一斉に投げ込まれ、

空中で爆散し桜色の煙が俺達を覆う。


「けっほけっほ.......」


煙が晴れた後、

キラキラした光の粒子がポケットに吸い込まれていった。


「何かある!」


ローブのポケットにはお菓子が詰め込まれていた。


「パンだァ!!」


「私も入ってる。」


「ケーキ。クリームのケーキ。」


「なんだった?」


「コインチョコとグミとアメに......」


「ねぇー、マズいやつだったんだけど。」


「なにこれチーズ?」


丁寧に包装された軽食類。

一喜一憂する隊列。

横ではアリスがグミを口へ放っていた。


「んむっんむ、くるしゅうない。」


次第に隊列は大舞台の方へと近づいていく。

後ろに出来ている列は4つ。

一番左の魔導士寮

左から二番目の騎士寮

俺の右側の交易士寮

そして一番右の技巧士寮


「なぁ、あの真ん中の子は何だ?」


「どこ?」


「ずっと推薦生の間にいる――」


「あぁ、ホントだ。」


「え、誰?」


「いや、あの子が――」


四列縦隊、先頭だけ五列。

俺はそのど真ん中にいた。

後ろには誰も並ばず、

なんというか、とっても浮いていた。


『――【特別】寮長推薦生、タンテ・トシカ。』


「おぉおお・・・!!」


――パチパチパチパチ。


取り敢えずで上がる嘆声。

取り敢えずで音が増す拍手。

しかし、俺の名前が呼ばれるや否や、

歓迎の演目代わりにザワザワが増していく。


「おー、なに?特別?」

「ねぇ聞いた特別だって?」

「へー、そんなんあるんだ。今年から?」

「やっぱりあるんだよ......特別寮」

「バァカ、意欲向上のデマだってのそれ。」

「じゃあどの寮行くのよ?」


とっても気まずい。

なんか帰りたい。


「えへへ、やっぱり目立っちゃったね?」


後ろ手を組み、アリスが俺を覗き込む。


「まるで地上は、不思議おとぎの国でしょ?」


 そうか。


「地、上......」


今更、

そんな当たり前に心が高鳴る。

風の匂い、その暖かさ。

花の匂い、その色彩。

人の匂い、その緊張感。

奏でられる音色と歓声。

痺れる手足、逆立つ産毛。


「ようこそ、タンテ。新たな世界へ。」




閉ざし切っていた視界が、広がっていく。

新入生の行進は進み、やがて石の大舞台へ差し迫った所で止まった。

どうやら俺以外の推薦生は入学式の流れを聞かされていたらしい。

俺はアリスの手招きを見て彼女の列に加わり起立していたが、吹奏楽の演奏が止まるのと同時に、中庭の大理石で出来た丸いタイルが磁石を反発させるように浮遊した。

浮かぶ大理石の椅子。

それが新入生151席分。

さながら光景はロストテクノロジーを有した超古代文明。

驚くべき超技術の中に、シンプルな造形の美しさが際立っている。


俺達はそこへ座ると、入学式は【新入生代表の挨拶】と【在校生代表の挨拶】へとプログラムが進み、最後に【副学院長のありがたいお言葉】を拝聴する所まで進行した。


――ドスドスドス....


舞台袖。

魔法の姿見から出てきたのは威厳たっぷりな長髭に200㎝以上はありそうな背丈、高価そうなローブを身にまとった.....The 偉い人。

深い目の下のクマと、太い眉毛、鋭い眼光の怖い顔。

なんと横にはライオンも連れているではないか。

きっとスゴイ人に違いない。

それか、悪の組織キリエの大幹部。

そう思わせる程に、風体はラスボスだ。


『ガァォオオオオオオオオオオオオオ・・・・!!!!』


ペットのライオンは学徒たちへ威厳を示し付けるように咆哮する。

ここにいるのは副学院長である。ひれ伏せ、と。

そんな声が聞こえてきそうな雄叫びを舞台袖のマイクに浴びせている。

高らかな雄叫び。

芯があり野太く、遥か空へと響いていく。


『諸君......全裸で失礼する。』


「お前が喋るんかい......」


――ぎゃははははははははは!!!!!


背中の方では上級生らの笑い声があがる。

鉄板ネタなのか?


そんなことは知る由も無いが、

新入生一同は開いた口が塞がらない。

チョット引いているまである。

たてがみフサフサの獅子は低い声で流暢に演説を始めた。


『新入生の諸君......』


息を吹き込むような一言。

全体の空気が、痺れるようにピリリと切り変わる。


『入学、心よりおめでとう。私がライオネル・ラインハルト、ウェスティリア魔術学院{学院長}である。』



「学院長......?」


そうか、なるほど。

引いているというより驚いているらしい。

新入生らはこの顔を知っているとみた。

知らないのは俺だけであり、副学院長が演説するという当初の演目は変わったらしい。


『この時代を生き抜く君たちの歴史は、きっと後世に語り継げるものとなるだろう。我々の使命は自由な学びの家城を神聖なままに保つことである。この家城では、安心して眠りなさい。精一杯学びなさい。精一杯遊びなさい。精一杯食べなさい。困ったことがあれば聞きなさい。至極一途に学徒でありなさい。今日は君達を最大限に歓迎しよう。ようこそウェスティリア魔術学院へ。入学おめでとう。』


素晴らしい。

俺は周りと合わせて盛大な拍手を決める。

何よりも尺が素晴らしい。

どれだけベラベラと大事なことを語ろうが、

どーせ覚えてないんだから。


振り返ってみて欲しい。

人生において忘れられない記憶や言動とは、

おおむねモーメントの一枚画、ないし二枚、三枚で、

大して中身などは記憶していないだろう。


ましてや聞き手は九歳である。

いや九歳でなくとも聞いてないものは聞いていない。

この短さ、丁度良い。


『――以上を持ちまして、ウェスティリア魔術学院入学式を終了と致します。新入生は大食堂への移動を・・・・』


「それじゃあ精一杯食べますか~!!」


アリスの嬉々とした声。

上級生の杖に先導されて、

俺達は広い中庭を後にする。

暗殺一家の同級生。

悪の大幹部の教師。

人間じゃない学院長。


意志を持ったバラバラの隊列が動き出す。

俺の世界は、一体何処へ向かうのか。

視界と思考が切り離される感覚。

期待と不安が入り乱れていた。



――――――――――――


{ウェスティリア魔術学院B1・大食堂}


その広さは圧巻であった。

机は10人1卓の計15席が用意されていた。

組み分けは基本的に各寮候補生の集まりだったが、俺たちのテーブルは例外的に11人。寮長推薦生6人と、各寮から選ばれた次席の成績優秀者5人で構成されていた。


『時計回りに自己紹介をしたテーブルから各々食事を始めなさい。よき昼食を。』


黒ひげの偉そうなオッサンが、杖を振りながら自身のテーブルへ戻る。

魔法で指示を促した先には丁寧に設置された楽器。

イスは無く、ヴァイオリンは軽やかに宙へ浮き、チェロ、コントラバス、ピアノ、ドラムから――ドッと音が始まりメロディーとなった。


 ♪♬♪♬・・・


騎士寮フリューゲル=ディアマンデ、寮長推薦生。アリス・キングスレー。出身は特に無いわ。親がサーカス団の座長で物心ついた時から各地を転々としてる。得意なのは剣術、苦手なのは退屈なコト。隣のタンテ、そしてルディとルダムも団員の子で、昔から一緒にいるわね。」


――なるほど...そういう設定か。。。


「特別=寮長推薦生、名前はえっ......と、タンテ・ジョシュ・トシカ。得意なのは土魔法、苦手なのは怖い人(例えば気の狂った殺し屋とかね。。。)出身は......」


「辛い過去があったんだよね~?」「ねぇ~。」


ルダムだかルディだかが口を挟む。

独り言のような切り出し方だが、その声は頭を貫くように届く。

秘密の部屋で会った時よりも明るい印象。

明るいというか、元気というか......


「捨て子としてサーカス団に拾われて世界一周」

「それから近くのダンジョンギルドで働くお母さんと再会して~」


「なんと二人で」

「今は二人でぇ?」


『『 一緒に暮らしてるんだって~!! 』』


色々と事情はあるのだろうが、

この三人がアズナンズの殺し屋であることには変わりない。

ここはプロの台本にあわせておくべきなのだろう。


「あ、っはい。......そうです。よろしく。。。」


「もういい?聞きたいことは山ほどあるけど、まずは自己紹介を終わらせるのが先でしょ。」


一理どころか二理、三理。

横から口を挟むのは長髪の魔女帽である。

今にもヨダレが溢れそうな俺とは対称的に、

眼鏡を整え、如何にも優等生といった出で立ちをしている。


魔導士寮クロノス=ジェイド、寮長推薦生、モリア・エルスライト。」


「――知ってるぞ、魔女の家系だ。先祖はノスティアを裏切った。」


ケラケラと指を差して笑う少年。

眉間に皺を寄せるモリア。


「アンタ、なによ。」


なんか始まった。


「んー?」


「どこの誰だって聞いてんの。」


「僕か?僕の順番じゃないのに。」


「なら黙ってなさい。」


見える。

バチバチと火花が散っている。

隣にはモジモジとした推薦生の1人が煽り始めた奴の袖を掴んでいた。


「や、やめなよ......」


「座ってろチビデブ。ハハッ......ご指名とあらば名乗るのが騎士さ。僕はレクサー。――レクサー・アレクサンドロス。ご存じの通り、このウェスティリアを永年守護し、王に仕える由緒正しき英傑の家系。お前みたいな国賊の魔女とは違い、誉れ高き騎士の血が流れている。騎士の血が。」


「次席のクセに!」


「ふしだらな魔女の血筋が.....」


両者立ち上がり睨み合う。


『ちっ、ち!ちちちち、ちちt.....チンタラ・トレイダルッ!交易士寮シルフィード=アズライト、りりりりりりょrrr寮ちょ推薦生――』


割って入るチビデブ。

仲裁には悪くないカード。

二人は邪魔するなとばかりに彼を睨む。


「ととととっととと得意なことはははh、最近は昆虫採集」


よくやったチビデブ。

お前が命を賭けて生み出した勇気ある数秒は......


「おいっ、チンタラ.....!!」


『『 ねぇー、はやくゴハン食べよー。』』


ルディとルダムがお腹を抑えて目を細める。

ナイスプレーだシャンクスたち。

穴倉生活数年の俺も、御馳走の前で限界を迎えている。

ハヤク...ハヤク...


「もう順番いいんでしょルディ~?」

「いいんだよルダム。」

「だよね、ルディ?」

「そうだよ、ルダム。ほら。」


二人の声色は、何処か印象的で

テーブルの9人がその二人に視線を寄越していた。


「は~い。冒険士寮フェアリア=寮長推薦生、ルダム・トゥイード。で~っす!!好きなのはルディ、苦手なのはオトナ~。」


「次席はルディだよ~!!好きなのはルダム、嫌いなのはオトナ~。」


「一緒だ!」

「一緒だね!知ってた?」

「知ってた!」

「ルディも~」

「ダムも~」

「ルディも!!」

「ダムも!!」


『 『 あはははは!! 』 』




―――――おっけー、可愛い。




「お~い。目がマジだぞ~。戻ってこ~い。」


アリスが俺の前で手を振る。

危ない危ない。

アイツら殺し屋。

コワイヒト。


『んん。.....技工士寮グノーム=オブシディ、寮長推薦生。ヨナ・カシラ。出身はイーステン、刀剣術が得意だ。刀鍛冶はもっと得意だ。苦手なのは血を見ること。嫌いなのはキリエ。よろしく頼む。』


――キリエ。


寮長推薦生、ヨナ・カシラが発したその一言は、

明るく熱気の有ったテーブルの空気を

ヒヤリと冷たいものへ、クルリと翻した。

それからは、11人分の自己紹介を終えご馳走にありついた。

ビーフ、ポーク、チキン、魚、パン、ライス、ピラフ、パスタ、グラタン、ピザ、ポテト、揚げ物、本物の野菜、サラダとドレッシング、コーンスープ、コンソメスープ、牛乳、ぶどう、オレンジ、りんご、プリン、クリーム系のデザート、甘い炭酸のジュース、etc....


俺はそれらを頬張りながら、

強く強く噛みしめながら。


――泣いていた。


途中で立ち上がった各寮の監督教授五名。

①騎士寮、フリューゲル・ディアマンデ【寮長教授:ジン・アレクサンドロス】

②交易士寮、シルフィード・アズライト【寮長教授:リアム・ハヤテ・エリュテゥラ】

③技巧士寮、グノーム・オブシディア【寮長教授:レン・アドスミス】

④魔導士寮、クロノス・ジェイド 【寮長教授:イザベラ・ハルフィディッチ】

⑤冒険士寮、フェアリア・イオライテ【寮長教授:オルテガ・オースティック】

しかし、その自己紹介も。

その後に出てきた、副学院長の長ったらしくてありがたい話も。

俺の耳には届かずに、

何度も何度も何度も噛んで飲んで。

ずっとずっと奥歯で噛みしめた、多彩な色を味わっていた。


紛れもない、娑婆の飯。九年ぶりのご馳走である。



『うんめぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ・・・・・・・!!!!!!!!!』



「......ふふっ。」









{ダンジョンステータス}

Qキューブ(搭載OS:Que Sera Artificial Intelligence)

研究レベル:0

DP :ERROR......

MP:ERROR......

RP:ERROR......

状 態:不明

備 考:入学早々、忘れ物です・・



































―――――――――


私の前に現れたのは、

人間の骸骨。

新鮮な左目だけを持った髑髏が口を開く。


「初めまして。ダンジョンマスター。」


素晴らしい怪物モンスターである。

マナの量もさることながら、何よりも知能が高い。

こいつは強い。

強くて賢い。


賢いモンスターは結構好き。

独自の文化を築いてくれて、

見ているだけで楽しい。

だからコイツは結構良い。

ちょっと好印象。

ダンジョンヲタとしてはちょっとアツい。


極めつけは地下ダンジョンにぴったりな装備である。

分解され始めたボロボロの布マントに、

土で汚れた短剣ショートソード

誰が置き忘れたか、お鍋の蓋を左手に装備し、

弓とその矢を背負っている。

まさにダンジョンで死した屍の亡霊。

バックストーリーも目に浮かぶような、

遠近両用の万能型スケルトン。

ダンジョンマスターとしてあだ名すら付けてやりたいレベルである。


――これが私の怪物モノであるなら。


「ここはダンジョンコア、私のお家。だからさっさと出て行って。」


総じて現況を整理するならば、

私の前には今、支離滅裂な脅威が立っていた。











{ダンジョンステータス}

内部コア(搭載OS:Que Sera Artificial Intelligence)

研究レベル:1

DPダンジョンポイント :0(DP還元後、シグマ・グノームスによる全放出)

MPモンスターポイント :0(タンテ不在。制御外モンスター不法侵入中)

RPリソースポイント :0

タイプ:多層城地下型

構 成:全6層  

状 態:廃農家ダンジョン

称 号:???

危険度:レベル1(G級)

Tips 特別版

【五大寮紹介スペシャル】


①フェアリア・イオライテ

『自由がモットーの、明るく元気で謎多き寮。『シルフィード』らより名を取ったとされている、冒険士の養成を目的としたクラン。シンボル的な英雄はいないどころか、後述するシルフィード・アズライトにシンボルを取られている。学徒の進路も多岐にわたり、開拓士、調律士、探索士等、冒険士に要される総合力を養成する。ちゃらんぽらん多し。仲が良い。騒がしい。

〔通称〕冒険士寮

〔在籍〕1学年あたり 高導士、約30名 中導士 約30名

〔所在地〕学院の東塔が高等魔導士寮、副東塔が中等魔導士寮となる。』        


②フリューゲル・ディアマンデ

『絶対都市アイギスを永年守護する竜騎士族ドラグナーらの末裔、革命軍代表{アルス・フリューゲル}より取られた魔導騎士の養成を目的とする寮。客観的評価としては貴族が多い、エリート意識というかプライドが高い、実力派、とされている。

〔通称〕騎士寮

〔在籍〕1学年あたり 高導士、中導士共に 約30名(※初導士3年間は候補生扱い。各寮への振り分けはなされない。)

〔所在地〕学院の北塔が高等魔導士寮、副北塔が中等魔導士寮となる。』


③クロノス・ジェイド

『もっとも古く格式の高い寮。魔術学院の前身となった{クロノス魔法教会}より名を取られた魔導士の養成を目的とする伝統ある寮である。魔導士クロノスはウェスティリアの革命戦争において、多大な後援火力として教団を率いたが、現在本寮では宗教的な教えを交えていない。在籍する学徒には騎士になる者もいれば研究者になる者もいる。全体的にお勉強が得意で、まさに「優秀」の一言が似合う賢い系の寮。

あれ?この教会、どこかで見たことある気が......

〔通称〕魔導士寮

〔在籍〕1学年あたり 高導士、約30名 中導士 約30名

〔所在地〕学院の南塔が高等魔導士寮、副南塔が中等魔導士寮となる。』 


④シルフィード・アズライト 

『革命軍に助力し、市民らを纏め上げた伝説の交易士{シルフィード}より名を取った、交易士の養成を目的とする寮。シルフィードは冒険者クラン{シルフィード・テンペスト}の代表とされているが、本人はシルフ族ではなかったとの学説もある。いわゆる商学科に近しい寮だが、馬賊や海賊を相手取るウェスティリアの交易士寮生は、索敵能力や盤上理解、戦術形成、部隊指揮、実践的な支援魔法に大きく長けている。

〔通称〕交易士寮

〔在籍〕1学年 高導士、約30名 中導士 約30名

〔所在地〕学院の東塔が高等魔導士寮、副東塔が中等魔導士寮となる。』              


⑤グノーム・オブシディア

『候補生タンテが目指している寮。革命軍に助力し、旧ウェスティリア城の防備強化や魔術学院の創建に携わった精霊族の技術士{ケセラ・グノーム}より名を取ったクラン。口元を覆う白髭を携えたケセラは{グラン・グノーム}と呼ばれる冒険者クランの代表でもある。技術士や解明士、鍛冶士、調理士、魔法薬調合士などを目指す学徒には打ってつけの寮。非戦闘向けの教えが多岐にわたり存在している。平和を愛する優しい生徒が多い反面、歴史的に見れば全寮中で最も多くの「人を殺めた」寮とも言われている。もちろんそのほとんどが【間接的に】である。それだけ彼らの技術まなびは利便性が高いのだろう。男女問わず歴史的な変人を輩出しているが、その実[手先が器用・達筆・優しい・料理上手・気配り上手や協調性のある生徒]が多いと評されており、結婚するなら技巧士寮グノーム生が堅いとのこと。

いいね。

〔通称〕技巧士寮

〔在籍〕1学年 高導士、約30名 中導士 約30名

〔所在地〕学院の地下が高等魔導士寮、南地下が中等魔導士寮となる。地下に何かある。』   


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