手の平を太陽に
「生体反応、消失。」
キューちゃんの声が告げる。
「はー。」
あるものは死に、あるものは生き残る。
こんな摂理の連続で世界は続いていく。
死は自然だ。
死は摂理だ。
死は合理だ。
死は避けられない。
生き残った者のみが死を背負い、道を拓く。
死に出会い。
死を背負い。
やがて死を偲びゆく。
ならばこそ、生者のみが開拓者たる。
ダンジョン創りには生がいる。
「終わった.....」
俺は安堵の溜息を吐きながら、尻餅を付いて大穴を見つめる。自分で空けたとは思えないほど大きい。
「タンテ様。」
「はい。」
「やりすぎでは?」
「.....はい。」
シグマ・グノームスはマナの調整が難しい。ルタルちゃんに釘を打たれておいて、そのまんまこの様だ。
「だって怖かったんだもん......」
「まぁ、想像以上にタフなガイではありましたね。メスでしたが。」
「メスだったのか。」
「それにあの魔力妨害。シグマ・グノームスを無効化されていたら、我々の負けでした。能ある竜も爪を隠すものなのですね。」
鷹よりも賢いらしいしな。
「シグマですら無効化されてたのか、あれ。」
「魔法の源流はドラゴンだと言われています。全てを原初の無に帰す力。魔力の無効化なんて芸当は、神にすら出来るか分かりませんよ。」
「へぇー。.....物知りだこと。」
「もっと言ってください。」
「すごいすごい。」
「うへへ。」
俺は何も聞こえなくなった空間に耳を澄ます。喧騒が心を落ち着かせる時も有れば、静寂が身体に染みる時もある。現在は全くの後者である。あの気高く綺麗で迫力のある生の鳴き声は、今だけは少々トラウマだ。
「というかキューちゃん」
「はい。」
「生体反応。分かってたワケだ。」
「.....はい。」
「知ってたワケだ。あの時も。」
「・・・」
「ねぇ。」
「だから言ったでしょ。やったか?と。」
「もっと直接的に言って?!」
眼鏡には文字が映る。
――あんたーやりすぎよー(^ω^)。☆点数☆付けるなら20点ね( `ー´)ノまぁ、外界への入り口|ω' )و゛ ㌧㌧も開いたし、またゼロからやり直しね!!!!!!!!!!!!!(>_<)!☆彡☆彡
「えっ、なにこれ。」
げっ......外界への入り口.....トン.....wトン.....w
「えぇ、まってなにこれ。」
「ルタル様からですね。」
「ルタルちゃんこんな文章打つの?精霊は高貴な出ですみたいな顔しておいて??」
「こういうの初めてだから、ウキウキしておられるのですよ。.....あるいは歳です。」
「辛辣すぎるだろ。あー、でも可愛い。ちょっとスクショしたい。向こう半年はトントンをネタにしたい。事あるごとにトントンで弄りたい。」
「ほら、さっさと行きましょうマスター。」
髪を引っ張るキューちゃんに促され、俺は立ち上がりズボンや手についた土を叩く。普段はサラサラの土の中に入り、汗や汚れに付着した泥汚れごと魔法で落として綺麗にする『砂風呂』で凌いでいるが、今は泥汚れを落としてやるほどの魔力すら残っちゃいない。
――チョロロロロ.....
「おしっこ?」
「反応速いな.....違うよ。でも、水の音するね.....」
立ち上がると聞こえ始めた。音源は目と鼻の先、俺が放った岩石の下。掘った落とし穴のその中。俺は身を乗り出して覗き込む。顔に当たるのはフワリとした湯けむり。
「コレは――」
「温泉ですね。正真正銘の温泉。」
俺は眼鏡を外し、溜まりになったお湯を手で掬って顔を洗う。
こっちはヌルい。
一方、ポコポコと空気の登る箇所はしっかりと熱湯だ。突っ込んだ指が火傷する高い温度。
「リソースポイント。」
「1以下.....ですね。ですが、ちょっとずつ上がっていってます。」
俺の前に差し出された文字は上から0、0、0を示す。
シグマ・グノームスで放出した為だ。
恐らく、三層のイモムシたちも死滅してしまっているだろう。
「なるほど。だからゼロから.....」
「でも、スタートラインに立ったとも言えます。」
俺は自ら開けた横穴の、遠くから漏れる光を見つめる。
大自然の匂いを感じる。
実はずっと。
漂う微かな草の匂いに興奮している。
食糧も上で探さなきゃな。
「それじゃあ、いこうか。」
それから俺は歩く。
気を取り直して、しばらく歩く。
ガラリと崩れる足場に気を取られながら、
一歩一歩確実に踏み出していく。
おおよそ何処か接続する人工の空間をぶち破ってしまったらしい。
ゴロゴロと木箱やその木屑、酒瓶、鉄の剣が散乱している。
しかしそれらのゴミは、三層のものよりも新しい年代のものにも見えた。
特に酒瓶や本は、比較的綺麗だ。
きっと着実に、人間の残り香が強くなっている。
俺は歩く。
俺達は進む。
悠久の時を越えて、きっと今ここにいる。
差し迫る。
照らすのは太陽のスポットライト。
木々たちのアーチ。
小鳥たちの優しい合唱。
「タンテ様。」
「うん。」
俺は進む。
空気が舞い込む。
匂いが舞い込む。
凄む圧倒的な世界の色を前にして。
今。なんと言えば、いいのだろうか。
緑。
青。
黄。
白。
茶。
肺に入る空気。
風と自然が踊る音。
「.....お。う、うぁ。」
「泣いてる.....」
太陽の光。
真っ青な空。
優雅な白い雲。
木々たちの緑。
風による枝のしなり。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
産まれて初めて、大空を見た。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
「タンテ様うるさい。」
「ご、ごめん.....でも、これ。」
逃げる鹿。
飛び立つ鳥。
止まらない鼻水。
羽化した蝉も、こんな風に鳴くのだろうか。
如何せん感動を越えた快感が止まらない。
全てが身体に染みこんでくる。
「んー。はぁ.....」
俺は息を吸う。
深く吸う。
深く吐く。
また深く吸う。
またそれを吐き出す。
一向に飽きない摂理の連続。
自然と混じり合い、溶けあうように。
肺が満たされる。
生きてる感触。
弾む胸。
いま、空を飛べたら。
どれほど心地が良いのだろうか。
「外だ。」
バンクシーの絵に100億がついても。
この絵画には届かないだろう。
今日という日。
そのコンディションは最高である。
今更というか、思い出すようだ。
こんなにも陽の光とは暖かいものであったのか。
こんなにも肌に当たるそよ風は匂いを持っていたのか。
昔は在った当たり前に、9年の歳月を経て感動する。
「さい、っこう.....」
「おまえがタンテか。」
――は?
声。
背後からだ。
全く気付かなかった。
喉元には銀色の短刀がキラリと光る。
冷たくて尖った感触。
刃を突き付けられている。
なんだ?
状況が呑めない。
「誰、ですか.....?」
「殺し屋だよ。」
――シュクッ!!!!!!
赤。
熱さ。
躊躇などは無く。
果物を刺したような音と、
眼前では飛び散る真っ赤な血飛沫が、
至高の名画を汚していった。
・
・
・
・
・
・
{ダンジョンステータス}
Qキューブ(搭載OS:Que Sera Artificial Intelligence)
研究レベル:0
DP :0
MP:0
RP:0
状 態:地上(ダンジョン外)




