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魔術の最期  作者: 青眼の夜鴉
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第7話 恐怖

 世に謀略は蔓延る。

 例えば広げた地図から無為に座標を選んだとしても、その位置ではやはり誰かしらの組み上げし謀略が潜んでいる筈だ。しかしその上を歩く中で感じられることはない。巨大で重大な謀ほど、巧妙で上手く世の裏に隠れているのだ。

 町はいたって平和だ。今日も今日とて穏やかな日が過ぎていく。彼らもまたその例に漏れることはなかった。


「おはようユウリ、待たせてしまってすまない」

「いいや、俺が早く来すぎただけだ。既に周りへ話は徹してある。二人共、飲み物はなににする?」

「私は珈琲を。アリア、君は?」

「同じので良いよ。すみませーん、注文良いですか?」


 まだまだ人の少ない通りを横目に見る壁際の席、四人掛けの席は1つの机を挟んで二人用のソファーが対面に並べられていた。エノクらは手前の席へ腰を下ろす。そしてたまたま通りかかった店員に追加で注文をすると、暫くしてグラスに入った氷入りの珈琲が2つ運ばれてきた。


「さてと、色々と聞きたいことがあるにはあるのだが、まずは1つ、今回の任務に要せる時間は?」

「移動を合わせて3日までだ。2日が望ましいが、余裕を作る方がリスクは減少する」

「なるほど。では次に、任務の内容は?」

「口を封じるだけでいい。可能ならば盗まれた物を取り返せとのことだ」

「容易いね。それじゃあ最後に聞こう。君は私を知っているのかい?」


 ある種それが最も彼にとって大切な質問だった。自身を知るのなら問題はないが、知らないのなら説明をする必要がある。すると彼女はつまらなさそうに首を振った。


「ならばこの後、少し付き合ってくれるかい?」

「その話がどう関係するか分からないが、ここじゃダメなのか?」

「見せておいた方が2日後の任務にも役立つ。君が不要というのならば別だがね」

「お前、元連合の大将なんだろ?」

「第五団及び第七団のね」

「第七団?」

「形だけでいうのなら今の我々に似た組織さ。第五団、第六団に跨がる正規無記載組織。私を筆頭にこの子も第七団構成員だよ」

「どうして隠しておく必要があるんだ?」


 彼女の純粋な問い掛けに彼はフラりと視線を外した。暫くの沈黙が続く。ここで話すにはリスクが高過ぎるのだ。彼女は迷うような仕草をみせる。そしてその挙げ句に資料を見付けると、パシッと欄のある箇所を指差した。


「なあエノクっ…」

「君はとても分かりやすい子だね?」

「っ!」

「資料は後でのみ込んでおくよ。それに君の無粋な質問にも怒ってはいない。だからそう気を回す必要はないよ」

「な、そ、そんなのじゃない! ただお前が黙り込むからだなっ…」

「そういえばユウリ、君と自己紹介はしたかな?」

「自己紹介?」


 細長いグラスの中で僅かに溶けた氷がカランっと涼し気な音を鳴らす。彼はシロップを混ぜる為のスプーンをグラスの中に突っ込むと、表面に薄く張った水の層を全体に馴染ませながら言葉を続けた。


「任務が始まるまであと二日間、任務が始まってから三日間。最低でも君と五日間は行動を共にしなくちゃならない。詳しくお互いを認識しておく必要があるだろう?」

「な、なるほどな。そういえばお前にはいくつか聞きたいこともある。ならどちらからやろうか?」

「それでは提案者である私からいこう。さて、まずは何から話そうか」


 透明と焦げ茶を濃くした黒が混ざりあい綺麗な色を取り戻す。引き上げたスプーンから黒い水滴が滴る。彼はそれをグラスの縁で拭うと、木の節が混じった薄橙の受け皿にスプーンを乗せる。そしてスッと顔を上げるとセリフが決まったのか話を始めた。


「では名前から、私はエノク。エノク・ディオネという。ある者から連盟監査部への勧誘を受け、この通り君の臨時パートナーの任を受けた。質問はいくらでも受け付けるよ」

「それではお前へのインタビューになってしまうから、先に俺も自己紹介だ。俺の名はユウリ・スノーハント。数年前から諜報部に在籍していたが、今はそれに加えて監査部に在籍している」

「つまり君は普段、諜報部で活動しているのかい?」

「その通りだ。しかしそちらもまた活動はそう活発じゃないからな。だから普段は基本的に訓練場にいることが多い」

「なるほど…」


 訓練場とは、騎士団本部の敷地内、もしくは町の外に特別に設置された騎士団員用の訓練施設だ。騎士団本部内の訓練場は主に個人の時間を使った訓練に、町の外の訓練場は大規模な部隊や班による演習に使われる。彼女のいう訓練場は町中の本部内にある所だろう。しかし彼らがこの後向かうのは町の外にある演習用の訓練場だった。


「俺からも、質問していいか?」

「勿論だとも。さあ、なにを聞きたい?」

「何故隊長達はお前をあれほど恐れるんだ?」

「ふむ、君は連合軍崩壊の大戦を知っているかい?」

「連合の不正が発覚したから解体しようとしたが、連合軍の抵抗によって戦争になったと聞いている。その時、お前ら連合軍にも死者が多く、結果的に双方全体の戦力をごっそり削ることになったんだろ?」

「つまりその際に生き残っている者達は大戦の戦犯なわけさ」

「っ!」

「その中で私は征伐軍と最前線で戦った、そして彼らを率いたいわば主犯格だった。大将という位が示すとおり、私が戦場で力を振るえば敵味方共に畏怖を植え付けるのは必至だったよ」

「その結果が大戦に参加した者の反応ってわけか?」

「理解が早くて助かるよ。彼らは私が味方になるということで歓喜するだろう。しかし同時に恐れもする筈さ」


 連合軍とは当初、協力政府という名目柄、各国の精鋭をかき集めた戦闘集団だった。その中で部隊を構成し統括し訓練するために作られたのが団という仕組み。そしてその長である大将には計六名の人物が任命され、彼らには強力な戦闘員達を率いる為、人類中で最高位の強力な力を持つ者達が選ばれた。


「俺はお前を怖がったりなんてしないぞ」

「ありがたい。単純な会話が出来る方が面白いからね」

「お前は聞きたいこととかないのか?」

「ならば1つだけ、君はこの私を好いてくれるかい?」

「なっ!」


 彼女の驚いた初心な表情に彼はフッと笑みを溢した。そして言葉を失いながらプルプルと震える姿に再びクスリと笑う。ここで考える者、言いよどむ者は彼に対して恐怖など隠していたい感情を持っている者だ。彼女にはそれがない。彼にとってはそれだけで朝早くここに来た甲斐があった。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 



「それにしても、お前の冗談はキツ過ぎるぞ!」

「すまない、ユウリ。ただ私は君の言葉に偽りがないことが確認できて満足だよ」

「嘘なんて吐くわけないだろ? お前に嘘つく必要なんてないじゃないか」

「君のような子が増えれば少しは世も平和になるだろう」


 店を出て予定通り「少し彼に付き合う」ことになったユウリはそんな愚痴を吐きながら案内をしていた。目的地は町の外、騎士団員用につくられた訓練場だ。普段は連携などの演習に用いられるが、個人が使ってはならないわけではない。それならば派手にと、彼はわざわざ町の外を選んだのだった。そして今、町から伸びる通りを暫く移動した位置にて彼らは大きな建物を発見した。


「そういえばエノク、何故わざわざ外の訓練場に向かう? 本部の訓練場も他に比べれば相当な大きさだぞ?」

「少々大掛かりなことをしようとね。これくらいの大きさがあった方が面白い」


 元々兵士の駐屯場として用意されたこの施設は首都のまわりに四方を囲む形で4ヶ所設置されている。タイミングによって防衛施設として機能するこれらは巨大な設備と堅固な強度を有しており、半端な力では壊れないことが予想された。


「俺は馬を留めてくる。お前達は先に入っていろ」

「なにを言うユウリ、私が行こう。君はアリアと共に準備をお願いするよ」

「しかし場所は…」

「厩舎はこの裏だね? 訓練場自体は建物の向こう側だから、そう間もない内に追い付くよ」


 先述の通りここは元々防衛拠点としての機能を有している。そのため部隊並みの訓練を行うに必要な敷地を拠点内に設けることはできなかった。そのため訓練場は山間を切り開く形で建物の裏へ、背後に空間を用意することで物資の守護を容易にするというコンセプトのもと大きな空間がつくられた。


「ユウリ、ついてきて。お兄ちゃんと問答しても意味ないから」

「だがっ、むう、仕方がない。早く来いよ?」

「分かっているよ。アリア、そちらは任せるからね」

「はーい!」


 2人から手綱を受け取り、閑散とした入り口裏の厩舎へと向かうエノク。曲がり角を曲がり左右に揺れる馬の尻尾が見えなくなると、アリアはクルリと体の向きを変えて先を歩きだした。戸惑うユウリ。まるでここを知っているかのような動きだったからだ。


「お前ら、ここは初めてじゃないのか?」

「連合軍時代に何度かね。一応、私とお兄ちゃんも()()なわけだし」

「お前が軍を率いてたのか?」

「実際はお兄ちゃんがね。私は苦手だから、お願いしてたの」

「そ、そうか…」

「けど連合はちゃんと私達の場所だったよ。まあ、直ぐに無くなっちゃったけど」


 連合設立は形式上の三国の協力と大国の小国に対する強制力を付与すること、そしてバラバラに点在する各国の火力を1つの権威の元に集めることが目的だった。そこで彼らはある種の安寧を得たのだ。そこには自身と同じものがおり、また巨大な権威がそれを許してくれる。

 しかしそんな平穏は長く続くことはなかった。少数派が少数派である限り、そこに完全な肯定はなされない。先を歩く彼女には既に諦観の意思が見受けられた。故にそこに悲観は無く、話すアリア自身はそれを単なる笑い話かのように話していた。


「さて、ここだね」

「お前らは寂しくないのか?」

「私にはお兄ちゃんがるから。もうそれだけで大丈夫だよ」

「エノクは?」

「ずっと一緒にいてくれてる。だから、信じられるの。これからもずっと。私もずっと」


 「ついてきて」と手招きをして大きな訓練場の端っこへと歩いていくアリア。彼女はそこに落ちている手頃な石を見付けると、その尖った部分で親指の端に傷を付ける。傷口から溢れた紅い血が今し方指を裂いた石に付着する。


「お、おい、大丈夫か!?」

「気にしないで。すぐに治るから。ユウリこそ、ちゃんと見ててね」


 彼女は意味深に微笑むと、結局そのまま広い訓練場を囲む四方を回る形で移動をはじめた。各所で止まっては足元の石を拾い上げ、比較的平たい部分に親指を押し付けては傷を裂きながら再び溢れ出す血を擦り付ける。そうしてその行程を計四回。もとの場所へ戻りふと彼女の指に目を向けると、悲惨な様を予想してた傷には既に皮膚が張っており、傷があったと分かる僅かな血の跡を残すだけになっていた。


「用意は出来ているようだね。2人共」

「っ!」

「お兄ちゃん、これ使っていいよ」

「ありがとう、アリア。指は大丈夫かい?」

「うん。効果はちょっともつと思うけど、できるだけ手早く済ませてね」

「ああ、勿論さ。誇示しに来たわけでもないからね」


 唐突に現れた彼に驚いたのはユウリだけだった。隣に現れたにも関わらず一切の驚きを見せないアリアは静かに懐から白色の短いステッキを取り出すと彼に手渡す。そして自身は数歩後ろに下がると訓練場を囲む四辺のラインを抜けた。


「ほ、ほら、もういいだろ? 手を離せ!」

「ああ、すまない。女の子の手に不用意に触れるモノではなかったね」

「そ、そういう意味じゃない! ただ引っ張るな…。お前、細いわりに力が強いんだ…」

「痛かったかな? 本当に悪気はないんだ。ただあまり端でやるわけにはいかなくてね」


 加えて永続的な効果を持たせないため簡易的且つ設置能力を持たせた魔術は徐々に効果を薄めほんの数時間程でその効力を失う。加えて魔術の効果範囲は設置した四方を結ぶ四角錐の立体領域だ。「端」は範囲を外れている可能性があった。


「随分来たぞ? 離れ過ぎだ。もう真ん中じゃないか」

「ふむ、それもそうだね。しかしこれくらいじゃないと足りないのだよ」

「足りない? どういうことだ?」


 彼女の問いかけに応えることなく、彼はアリアから借りた白いステッキに取り付けられた八面体の結晶に人差し指を重ねた。蒼い表面が薄い光を帯びる。そしてユウリの鋭い視線が向けられる中、光は唐突に溢れると一瞬で美しい蒼い薔薇の花弁へと姿を変える。彼は静かに光る結晶を見詰めていた。だがその背後には花弁から鈍色の金属に変わった鉄の刃達が戯れるように舞い踊っていた。

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