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魔術の最期  作者: 青眼の夜鴉
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第34話 意思

 親と子、男と女、師と弟。

 そのどれもが愛情を育むことのできる親密な間柄であることは否定しえない。だからこそ、それが同時に発生したならばどうだろうか。簡単だ。話は極端に混沌化する。元来、人間は嫉妬と欲望の生き物だ。その為なら狂うことも容易い。だがこの喜劇めいた滑稽且つ無情な事実について誰が悪いのだろうか。

 また、それも簡単だ。誰一人として悪くはない。言うなれば、運が悪かったのだろう。


 数日が経った。

 その日、彼ら一団は野営地を護る防備の陣を張る役だった。それは予想以上に暇な時間の連続だった。なにせ外に馬を走らせる調査とは違い、一日中この馬車の中、もしくは共有広場にいるしかないのだ。

 救いなく暇だろう。

 そして例に漏れず彼らもまた暇な時間にぐつぐつと煮詰められている最中だった。


「ん、ぅぅ…、ああ、朝か。すまない、動けなかったな…」

「問題はないさ、ユウリ。さて、それじゃあ暇を潰そうか。なにをする?」

「起きたばかりの俺に問うても凡そまともな答えはないだろうな。だが確かに、やることはないな。散歩にでも行くか?」

「ふむ、それは妙案だね。であれば善は急げ。さあ、魔術の練習ついでにやってみるといい」

「そう簡単にできたら悶々と悩んだりはしないんだけどな。まあ、これもまたお前らしい。やってみるか…」


 彼は近頃、彼女に魔術を教えることに熱中している。本来、魔術を習得することは魔術師のみに許された特権であるが、身を削り魂を削るを代償とし制約は一部解くことができる。だがそれは魔術を扱うことの代償としてはあまりに重い。

 結果、魔術を人の身で使う際は魔術師の手引き、もしくは魔導具による全面補助が安全な前提と言えた。


「いくよ。ただしこれは惜しげない魔力が有る故のものだから、くれぐれも無理はしないことだね」


 彼はわざとらしく腕を持ち上げる。艶を帯びた緑の蔦が手首から指へと這う。指先の淡色の蕾が花開いた。その様はまるで艷やかな眉から産まれ出でるようだ。彼は指を鳴らす。すると一斉に大輪の薔薇は無数の蒼い花弁となって散り散りになる。そして瘴気のような蒼い光と花弁がクルリと彼を包むと、そこには礼服のような堅苦しい服(=ただし必要以上に似合っている)を纏う彼が彼女の体を抱き寄せていた。


「ああ、感覚は掴めた」

「君は相当魔術に愛されているね。私でさえそう早くこれを身に着けることは出来なかったよ」

「それは俺にこれ以上ない教師がいるからだ。とにかくやってみる!」


 彼女は彼を真似する形で腕を持ち上げる。この魔術は体表に自然と溢れ出す魔力に手を加え、不壊の衣服を作る魔術だ。彼が難しい、というのは魔術的作用を相対的空間上に固定することだろう。だがこれは発想の転換でどうにでもなる。彼女が行う対象は自分だ。溢れる魔力に、ではなく溢れさせる自分に魔術をかける。

 パチンっ!

 彼の紡がれるように展開される衣服とは違い、彼女の衣服は薄い色が徐々に濃くなって現れる。方式は違う。だが成功だ。彼は目を細めながら小さく頷いた。そして無言で彼女の頭をなでると、その小さな手をとって遊びに誘うかのように連れ出した。


「て、手なんて繋ぐなよ…。俺には似合わんことだが…、そわそわして落ち着かん…」

「それは一つ仕方のないことだよ。実際、君は女の子らしくはないが乙女ではある。証拠に嫌ではないだろう?」

「……………。その言い方はズルイぞ」

「ズルくはないよ、ズルくは。正直なところ、私も君とそう変わりはない。こうして触れ合うだけで幸せを感じ、また君が笑むだけで私は満たされる。だがしかし、魔術師たる者が生者の欲求を残すとは甚だ滑稽だね」


 彼は優しく微笑んでから、すっと空を眺めてまるで他人事のようにそう嘲笑した。だがそれでも、彼には己の嘲りに従うつもりはないようだ。その証拠に指を絡めた手はいまだ固く繋いだままに、歩幅を合わせた彼らは呼吸も合わせるように全くの同調をして野営地の外周を歩いていた。


「俺は、いいと思うぞ。力を得ても意思がなければ無用の長物だ。お前だからこそ力には意味がある」

「ふむ、魔術師の本懐を否定してあくまで私の存在を肯定するか。君らしい意見だ。個人として素直に嬉しい意見だよ」

「個人として、か…。まあ、お前はそうだな。そして自分よりも俺達を優先する」

「ふふ、それは当然さ。私は私を愛してはいないからね。であればこの無用な魂など君を守る為ならばいくらでも燃やそうとも。分かるだろう?」

「はっきり言ってまったく分からん。ただこれだけは言っておくぞ? 俺の為に死のうなんて考えるなよ」


 彼女は珍しく殺気に似た鋭い威圧を込めて彼を見上げた。彼ならば躊躇なく平然とやりかねない。なにせ人づての噂にによれば、当時の戦闘で彼は無数の敵軍に対して唯一妹を守る為だけに全身を隙間なく穿たれながら魔術を振るったという。それこそ、魂を燃やす、というものだろう。

 だが自分に限ってそんなことを容認できる筈がないだろう。なにせ彼女自身が彼にそんなことを望みはしないのだ。


「ふむ、確かにそんなことをすれば君は私を追いそうだね」

「そしてお前を思いっきり殴りつけてやる。そもそも考えてみろ? 空っぽの命になんの意味がある? だろ?」

「なるほど尤も…」

「言っておくがな、エノク。お前は俺がお前をエノクとして扱ったって言ったが、それは俺も同じなんだぞ。お前だけだ、俺を単なるユウリとして扱ってくれるのは」

「そうかい? 私の視点からは随分と君には仲間が多いように見えるが」

「それを本気で言ってるならお前の眼は節穴だな。ホントに仲間が多いなら…」


 冷たい氷漬けの部屋で絶望した彼女に少なからず手を差し出す者がいた筈だ。だが実際、そこにいたのは彼のみ。そして当時の彼はなにも言わずに助けてくれた。なんの利益もないのに。

 彼女が彼を好感の持てる奴(変わったヤツ)だと認識したのはその頃だ。既に一定の好感はあった。なにせ彼は力のある者では珍しい卑しい視点を持つ者だったからだ。勿論、強者の持ち得る尊大で傲慢な瞳も持っている。だが同時に死肉を漁る下民の瞳も持っている。彼の視界は広かった。

 彼女はそれが当初不思議でたまらなかった。だが時間と共にそれは変化する。疑問が理解に、理解が親和に、親和が現在に。彼女は絡めた手をギュっと握った。


「お前には生きてて欲しいんだ。俺のために生きててほしい。この俺を残してなんて死ぬんじゃないぞ」


 彼女は独りであることが寂しい人間だ。だが今までそれを耐えて、隠して生きてきた。だがここにきてそれを許してくれる相手が現れた。もう戻ることは出来ない。人間は承認を求める。そして彼女は最初で最後の理解者に出会えた。震える腕を彼は優しく握り返してくれた。だが彼女にはそれを抑えることはできなかった。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー



 あれから数日、彼ら一団は調査任務を終えた。当初に予定された日数を終え、継続は不要と判断されたためだ。しかしやはりといったところか、今回の作戦で調査隊は大きな成果をあげてはいなかった。結果、彼らは最後に青褪めた近衛兵長の顔を振り切って到着した港を発つことになった。


「それにしてもあれは可哀想だな」

「当初より理解していた結果さ。誰も彼を責めることはないだろう」

「だからといってこの結果を報告はできはいだろ?」

「いいや、そうでもない。そもそも今回の調査は世に外界の情報を広めるためのものさ。その為の無用に寄せ集めた大量の人材、そのための傭兵という不確定要素なのだから。故に彼らが上に報告したい成果は可能な限りの傭兵が帰還した、という事実さ」

「なるほど。だから無理な調査を強要はされなかった、ということか。だが傭兵達もそうだとは限らない」

「その通り。元々金の亡者である彼らを雇ったのは情報を多く集めるため、だがそれ故に当初の目的であった多くの情報発信源は満たされない。実に皮肉なことだね」


 嘲るように鼻を鳴らし馬車の外に目を向けた彼の視線の先には見覚えのある一団が街道を塞いでいた。

 構成員の数は不明。だが何度か野営地で見かけたことから、彼らと同じく調査隊参加のために雇われた傭兵なのだろう。当然、その裏には相当な権力者が控えている筈だ。

 彼は外で油断なく剣を構えるルカに視線を移す。その左右には魔道拳銃を構えたリリィと血濡れた巨大な大鎌をブンブンと振り回すリン。

 彼は紅茶の入った器を銀皿に置く。そして剣を片手に馬車を出ると、尊大に声を上げた。


「貴様ら、私を誰と心得るか? 先の防衛戦、以前の襲撃事件、貴様ら愚鈍な蛆とて知らぬことはあるまい。死肉となるか無様に逃げ散る蠅となるか選ぶがいい」

「ふんっ、その能面がいつまでもつか見物だな! 部下に任せ茶を啜るクズになにができる。そちらこそ白化粧の髑髏と化すか肥えた裸の王となるか、特別に選ばせてやる」

「ふむ、では私は死を纏いし死神となろう。リン、それを貸してくれるかい?」

「あーい、どぞ~」


 リンの投げた巨大な鎌が宙を舞って彼の眼前に突き刺さる。彼はそれをおもむろに手に取ると、血のこびり付いた刃に手を沿える。すると次の瞬間、刃は蒼い光と共に蒼炎に包まれた。魔術を使うのか、疑問とともに彼女は外に出る。

 だがそれは杞憂だった。蒼い花弁が炎の風に煽られて空に舞い上がる。すると次の瞬間、彼の周囲に蔦と薔薇が広がると刃を覆うのと同じ蒼い炎が周囲を無差別に覆い尽くした。


「な、なんだこれっ…。なにをした!?」

「さあ、なんだろうね。ただし君達の魔導具とは格が違うのは確かさ。それじゃあ、やってみようか!」


 彼女はそこでやっと気づいた。彼は平気に見えて少し怒っているのだ。恐らくそれは先程まで紅茶を楽しんでいたことが関係しているのだろう。彼女は苦笑を浮かべながら御者台に腰掛ける。するとそれに倣ってイヴとカルラの2人が彼女の隣に腰掛けた。


「なんだ2人共、これは見世物じゃないぞ?」

「見慣れてますし。大丈夫ですよ」

「エノク様が活躍されるノデシタラ、見たいデス!」

「どちらも生半可な戦場じゃ平然としてそうだな。特にイヴ、お前の眼は若干正気を失っている気がする」

「そうデスカ? けどそれもいい気がシマス。エノク様はその方が喜ばレマスデショウシ」

「ふむ、確かにそれは一理ある。アイツはまともな奴に興味なんてないからな」


 その時、ザシュっといういかにも肉を裂いたような生々しい音が聞こえた。どうやら彼が攻撃に転じたらしい。ならば、と彼女は御者台から飛び降りる。そしてごく自然な仕草で投擲用の短剣を引き抜くと、彼の凶刃を恐怖と意地で受け続ける相手に向けて投擲した。


「ぐはっ!」

「む? ユウリ?」

「お疲れ様、エノク。俺のためにありがとな。続きをしよう。そろそろ中に戻りたい」

「ああ、そうだね。すまない。時間をかけたようだ。リン、ありがとう。使い心地はいいが刃の手入れはするんだよ。血がついていると切れ味が悪くなるからね」

「あーい!」

「そしてリリィ、援護お疲れさま。君ならもう少し魔力を増やしてもいいかもしれない。次はそうしてみておくれ」

「はいです!」

「それじゃあ戻ろうか。ルカ、君もお疲れさま。あとは戻って休んで欲しい。ここからは我々が御者を務めよう」

「ありがとうございます。失礼します」

「うむ、決して無理はしないように。それじゃあね」


 馬車の扉は各部屋への扉になっている。彼らは自室へと戻ったルカとカルラを見送ると、自分達も元いた場所に戻る。彼はユウリ、イヴと一緒に普段の場所へ、リンとリリィは御者台に。すると暫くして馬車は発進した。


「それにしてもなんというか…、憐れだな」

「他者の者を奪う代償を考えていないとああなるのだよ。奪うとは相互的に成立しえない権利だ。失敗の代償は明確な死。想像力に乏しかったまでだね」

「確かにな。お前のことはアイツらもよく知っていただろうに、何故お前に喧嘩なんて売ったんだか」

「誇張表現と断定して私を無為に過小評価したのだろう。都合の良いことしか見ない。人間の典型的な悪い例だったね」


 彼はそういいながら机に鍵爪をめり込ませた鴉の頭を優しく撫でた。既に見慣れたものだ。これは彼の使い魔で、視覚情報と聴覚情報を記録、及び共有することが出来る優れモノだ。艶やかな毛並みと蒼い目は妙に美しく、いざとなれば一匹で人間を数人は相手できるというから驚きだ。彼は鴉の頭から手を離す。そしてその足首についた透明の水晶を取り外すと、それを指先でパリンッと押し潰した。


「さて、暫くはなにもないだろう。今度は邪魔も入らない筈さ」

「であれば俺はハーブティーがいいな。クッキーはさっきのと同じがいい」

「ふむ、ではそうしよう。イヴ、どうだい君も」

「食べたいデス!」

「ようし、じゃあおいで。リンとリリィには秘密だからね」


 彼はごく自然に振舞うがその頭に流れ込む魔力として変換された情報は凄まじい量であることを彼女は既に理解していた。しかしそれをわばわざ口に出すことは無い。あくまで彼はこの穏やかな時間を選んだのだ。であれば妙に心配してこの時間を潰すのは優しさとはいえないだろう。

 彼女は湯を沸かし始める。暫くすると馬車の中にはスゥとするような清涼感のあるハーブの香りが溢れた。

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