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魔術の最期  作者: 青眼の夜鴉
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第2話 兄妹

「すまない、巻き込んでしまって。君の親御さんに連絡を取らなければね」

「大丈夫。一人暮らしだから…」

「ごめんね…」

「あ、謝んなくていいって! 私も守ってもらったんだから!」


 リビングの四人掛けのテーブルに腰掛けた彼らはティータイムと称して先程の出来事を呑み込むための処理時間を設けていた。彼は湯気をたてる紅茶を2人に勧める。そして戸棚から取り出した茶菓子と共に戻ってくると、手を拭きながら再び彼女らの対面席に腰を下ろした。


「今日は本当にすまない。後日、自宅まで送ろう」

「私こそゴメンね。ついてきちゃったのは私なのに…」

「あれだけの畏怖の中、単独で残るのは難しい。君に選択肢はなかったさ」


 そう言った彼の傍らには青薔薇の装飾が施された鞘が立て掛けられていた。刀身自体は現在軒先にて乾燥中。僅かでも血がついてしまえば刃が悪くなる原因になるからだった。


「お兄ちゃん、準備はできたよ。引き払う用意も」

「ああ、ありがとう、アリア。荷物はそこに置いておけばいい。流石に今日の間に発つことはできないからね」

「2人共、どこか行っちゃうの?」

「あれだけの騒動を起こした後ではまともに生活は出来ないよ。私達は君を自宅へ送り届けた足でこの村を去る。行き先は決まってないがね」

「大丈夫なの?」

「慣れたことだよ。これまでずっとそうだったし。色んな理由で色んなとこ行ったからね」

「…………」

「2人共、そう暗くはならないで欲しい。勿論ここからは消えるが連絡も取れないわけではない。少し身が落ち着けばアリアから君に連絡もいく筈さ」

「ホント?」

「お兄ちゃん…、うん。ちょっと後になるかも、しれないけど」

「そっか…、分かった」


 引っ越すと言っても彼らが持っていくのは金銭、そして最優先の私物だけだ。それ以外は全てここに放置。野盗が住み着くもよし、行き場を失くした者がここを漁るもよし。ここを発った後の彼らに関係はない。幸か不幸か金銭に関してはそれなりの貯蓄がある彼らにとって、私物以外の道具は移動する上で邪魔以外のなにものでもなかった。


「ねえそういえばさ、さっきのお兄さん本当にカッコよかったね!?」

「そうかい? うら若い乙女に褒めていただくと嬉しいものだね。ただあの程度、傭兵をしている者ならば皆が容易くやってとけてしまうよ」

「けど凄いよ! 鳥を捌くときでさえ、何度も包丁を入れなきゃ切れないのに」

「剣と包丁じゃ一撃にかけられる重さが違うからね。それはそうと、あの状況で混乱していないなんて君は随分と肝が据わっているようだ」

「ま、まあね。父さんが狩人だから、昔から血とかは見慣れててさ。人のは初めてだけど、結局変わらないんだね」

「人間も動物も所詮は理の上に創られたモノであることに変わりはない。そこを分けることこそ、人間の傲慢だと私は思うね」


 そういった彼の目は遠い景色を見ていた。空虚な宙を見上げ、瞳の裏になにか記憶を映し出しているようだ。暫く静かな雰囲気が部屋に立ち込める。

 すると突然、玄関扉の鈴が鳴る。そしていつの間にか家の外に出ていたアリアが大きな木の篭に大量の瑞々しい野菜を入れて帰ってきた。


「ど、どうしたのそれ!?」

「庭の野菜。もう少しで発つから収穫してきたの。エリスもいるし、お兄ちゃんちょっと手伝って」

「勿論。出発前の晩餐を頼むよ。私はこれに追加してもう少し採ってくるよ」


 ゆっくりと腰を上げ、篭を差しだすアリアからそれを受け取った彼は取っ手を左手に移すと、小さく微笑みながら小さな彼女の頭を優しくなでる。そして尚ついてこようとする彼女を手で制した。


「ありがとう、あとは私がやるからゆっくりしておきなさい」


 そう告げて玄関を出て行った。彼女は一瞬ガッカリしたように肩を落とすも、少しして気分を入れ直したのか嬉しそうに微笑むと彼の座っていた椅子の隣に腰掛ける。そして静かに、だがじっと視線を向けるエリスに気付くと小さく首を傾げた。


「ホントに兄妹ってくらい仲良いよね?」

「そ、そうかな~? 兄妹だし仲良いものだよ?」

「うちのお兄ちゃんはエノクさんみたいに優しくないからな~」

「けど兄妹が嫌いな人がいるわけないよ…。エリスのお兄さんはどこにいるの?」

「今はきっと共和国の方にいると思う。自由な人だから…、まだそこにいるかは分かんないけどね」

「それじゃあ長いこと会ってないの?」

「ずっと…。といっても、私も実家を出てるわけだし偶々重なんなきゃ会うことなんてないんだけどね」


 自嘲気味に笑う彼女にアリアはなにも言うことはなかった。他者の家庭の話に首を突っ込むほど無遠慮ではない。彼女は紅茶に口をつける。そしてふと窓の方を見ると、エノクが裏庭の方へと歩いていくところだった。


「たまには会ってた方がいいと思う」

「そう?」

「お兄ちゃんといると、私は安心する。きっとこれからもずっと一緒にいる。だから、たまには会ってた方がいいと思うよ」


 彼女にとって兄、エノクはこの世に唯一存在する血の分けた家族だった。遍く全てから見捨てられたとしても、彼女には彼だけは自分の手をとってくれるという確信がある。生きている以上、そこに別れがあるのは必然である。しかし彼女の手を最後に離れるとすれば彼であり、また彼女がここを去る時は彼がその手を握ってくれているだろう。ならば生ける間は精一杯ともに笑おうと彼女は考えていた。妹として、家族として、彼らは結ばれているのだ。この縁はエリス、彼女にもある。ならば自身と同じ安心と幸福を分かちたいと思うのは彼女を思いやる友達として当然の感想だった。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー



 青白い月が静寂とともに支配していた闇夜。金の受け皿の中央に立てられた蝋燭の火の明かりを頼りに本の文字列をなぞっていた彼は、突如聞こえた小さな物音に顔を上げた。暫くして二階から寝間着姿のアリアがエリスを起こすまいと静かに降りてくる。彼は彼女を自分の隣へ。念のため、立て掛けてあった剣を手元に持ってくると、刃を扉に押し当てながら二度ノックをした。


「夜分遅く申し訳ない。私は魔導国リムレア、第一騎士団第二部隊隊長、ルーカス・フェルミと申します。突然の訪問、失礼します。此度は国議会議長様より伝言があり、こちらへ越させていただきました」


 ノックの音にざわりと鎧の擦れ合う音が聞こえるも、それを制して最も近い位置から上記のような挨拶が聞こえた。礼を欠いていること、しかし伝える必要があること、そして相手が三大国の1つである魔導国リムレアのトップであること。彼は不安そうに後ろで待っているアリアの方を振り返った。すると彼女はコクっと小さく頷いた。


「入るがいい。貴様らの責任者とその従者2人までだ」


 それ以上は認めない、と強く断言し鍵を開けて扉を離れた。微かに外で会話が聞こえる。しかしそれを聞く理由は最早ないだろう。彼は振り返ることなく席へ戻る。すると暫くして三人の鎧姿の男が警戒を張り詰めた様子で足音を忍ばせながら入ってきた。


「座るといい。既に自己紹介はいるまい。でなければ遠路はるばる来はしないだろう」

「改めて自己紹介をさせていただきたい。私はルーカス・フェルミ。リムレアの第一騎士団第二部隊の隊長を務めている。左右にいるのは第一、第二班を任せている者だ」

「軍人らしい自己紹介で安心したよ。それで、私になんの用かな? それによっては君達はここを去る私達が畑に撒く最後の肥やしとなるだろう」

「我々は伝言と荷物を預かったまでだ。お納め願いたい」


 すると男は隣の鎧騎士の持つ荷物から包みを取り出し彼の前へ。そして小さな小箱をその隣へ置いた。美しい質感を持つキメ細やかなシルクの布は確かに上等なモノだろう。しかしだからといってそれを全面的に信用することはできない。

 彼はパチンッと指を鳴らした。すると男の背後に小さな短剣が現れると、その首元を微かに切り裂き少量の血が宙を舞った。


「血の結晶という契約を知ってるかい?」

「契約の最上位対価だと聞く…」

「その通り。これは原理的にそう難しいわけではない。相手から一切の魔力を奪うことができる。ただそれだけさ。しかし威力は絶大だとも」

「なにがいいたい?」

「これが罠だった場合君の命を責任として取らせていただくと言っているのだよ」

「………結構だ」

「ふむ、では信じよう。アリア、解呪を」

「必要ないと思う。大丈夫」

「どうやら君は助かったようだね」


 魔術技能において同格の実力者であるアリアがいうのならば彼にとって信用できるというモノだ。包みの結びを解く。するとそこには大袈裟に装飾された紅い箱。その箱を開けると、中にはなにやら丸く丁寧な文字のしたためられた手紙が入っている。彼はそれを取り出す前に彼女に見せた。


「大丈夫、害のあるトラップはないと思うよ」

「アリアは本当に優秀だね。それでは読もうか」


『《エノク・ディオネ 貴方に届くことを心から願う》


 先日、

 連合における機密計画が破綻したことは貴方でも聞き及んでいることだろう。

 理由は三大国の身勝手な行動であることは明白である。  

 我々を含めた三大国の決定が、

 貴方の現状を招いていることを思うと、

 貴方が我々に協力することは無いだろうと思う。

 しかし恥を忍んで頼みたい。

 是非我々の協力者となってほしい。

 より詳しい話はこちらで行おう。

 私は魔導国リムレア国議会、議長を務めるユリアという者である。

 一先ず私の契約を送ろう。信じて欲しい


         《国議会議長ユリア・ヴァスティ》』


 手紙の通り、彼がもう一つの贈り物である小箱を開けるとそこには蔦により戒められた紅い結晶が入っていた。試さずとも分かる、これは対象者の魔力を削り取る魔術だ。被術者の命と存在を連動し一度壊してしまえば助かる術のない正真正銘の契約の魔術。彼はそれをアリアに渡すと、暫く腕を組んで目を閉じる。そして次に目を開くと議長の手紙を懐へしまった。


「貴様は内容を知っているのかい?」

「我々はこれらを送り届けるよう命令を受けたまでです。またあなたが了承すれば魔導国までの護衛をせよと」

「なるほど。つまり私の旅路には君達がついて来るわけだね」

「っ!」

「明日、発つことにしよう。どちらにしろ昼間の野盗のせいで私が村にいることはできなくなってしまったからね」

「「…………」」

「さて、それでは今夜は戻りたまえ。明日の昼、村の北側、400メートル程の位置で待つとしよう」

「了解した。目立たぬよう、少人数で出迎えることになるがご了承願いたい」

「勿論。君達の都合に合わせようとも」


 彼は柔和に微笑むと立ち上がった彼らを玄関に誘導。頭を下げて出ていく彼らがその場を去ったのを確認すると、彼は鍵を閉めて大きなため息をついた。すると椅子に座っていた筈のアリアがその傍に移動。彼にしゃがむように言うと、その体を小さな体でギュッと抱き締めた。


「お兄ちゃんはこれ好き」

「アリア…、君には敵わないな。ああ、ありがとう」


 彼の成すこと全ての根底に彼女の存在があるとすれば、それによる肯定は彼の行いに対する肯定といえる。小さな手が精一杯自身を抱き締める感触というのは、なんとも心が温まるものだ。

 彼は腕を上げ彼女の銀髪を優しく撫でる。そして「大丈夫?」と首を傾げる彼女に首を縦に振り肯定すると、再び今度は対面する形で席に着き直した。


「どうして、こんな時間まで起きてたの?」

「今晩彼らが来ることは分かっていたからね。月が落ちる間際に来るということは、恐らく日の昇らぬうちにここを発ちたかったのだろう。生憎、私達には用があるがね」

「エリスを送って行かなきゃ」

「彼女に対する対応は君に任せる。私ではやはり距離がある」

「うん、わかった…。けどエリス、昨日の夜もお兄ちゃんのこと話してたよ」

「私のこと?」

「うん。自分のお兄ちゃんとはずっと会えてないんだって…、だから羨ましいなって」

「会えばいいんじゃないのかい?」

「お兄ちゃんみたいに優しくないんだって」

「ふむ、なるほど」


 彼らの状態とエリスの状態は明確に細分化すると僅かだが形態に違いがある。恐らくはその違いが現状の違いを生み出しているのだろう。しかし同時にそれは手の打ちようがないことを意味する。彼は紅茶を注ぐと彼女に差し出した。


「君は彼女がお兄さんと仲良くなることを望むかい?」

「私はお兄ちゃんがこうやって優しくしてくれるの好きだから…。エリスもそうだったらいいなって」

「なるほど。ならば時間が必要だね。私達にできることはないさ」


 暫くして彼らが何度か紅茶を飲み干した頃、外からカーテン越しの白い光がリビングの中を照らし出した。既に飲み飽きた渋い味に彼は蓋をする。二階で足音が聞こえた。どうやら二度目の朝が訪れたようだ。

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