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魔術の最期  作者: 青眼の夜鴉
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第1話 騒動

 爆炎の煌めきが立ち込めた闇の中に現れた。 空を(つんざ)く爆発の轟音と土砂が崩壊し雪崩れる音。火炎が青白い空を染めあげ、月と星の妖光が朱く爛れた姿に異様さを添えつける。

 恐怖と驚愕の悲鳴は呑まれながらも生き残ったようだ。時は動く。叫びが声にかわり、声が調子のとれた伝達と化す。しかしそれは鋭い鋼色の障壁に阻まれてしまった。恐ろしく醜悪な悪鬼の如きそれが四角く白い紙の中に収まった。

 幕は人知れず閉じていく。観客はごく僅か。窓は狭く照明はあまりに乏しい。しかし、演者の記憶は消えることはなく、またそれが新たな火事の火種となる。全ては受け継がれる記憶と罪の上に。原罪の記憶は分派し、こうしてまた新たな罪事の笛を鳴らすようだ。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー



「お兄ちゃん、植木鉢の水やりは?」

「雨が降りそうだし必要ないと思う。それより今日はどこかに?」

「そろそろ野菜が無くなりそうだから。買ってこなくちゃ…」

「なるほど、時間は急いでるかい?」

「別に、急いではないよ。どうして?」

「久しぶりに私も外に出ようかと。長らく家にいると肩が凝る。たまには文字から離れるのもいいだろう」


 氷の入ったガラス製の器に白髪とも見紛うような白雪のような銀髪を映しながら、スラリとした人影が腰を上げる。彼の名前はエノク・ディオネ。肩の下、腰の上ほどまである長髪を持つまだまだ年若い青年だ。しかしその柔和な表情や中性的な顔つきは男性らしさを滲ませず、どこか不透明なベールを展開しつつその真たる像をぼやけさせる。彼女が兄の相変わらず整った顔立ちに感嘆していると、いつの間にか彼の支度が終わった。


「でもお兄ちゃんがついて来てくれるなんて珍しいよね。でも、今日は友達いるけどいいの?」

「私が気にするとでも? アリアこそ私がいてもいいのかい?」

「ううん、大丈夫。それに今はついて来てほしいかも」

「??」

「こないだ、強盗があったんだって。流石に物騒で今日もどうしようかって…」

「ふむ、ならば護衛ということで。その犯人は結局掴まってないんだね?」

「うん。剣とか鎧とか着てたらしいから、多分盗賊だって」

「ならば多少の荒業は問題ないね。躾けと仕置きは甘くてはいけない」


 彼ら兄妹の家は村から少し離れたところに位置する。それはこの村が比較的大都市に近く、また彼らが移住者であることに由来する。村の狭さと移住の需要が釣り合っていないのだ。かといって村を広げるだけの資金は無く、またここに住む者も活動範囲は都市であることが多い。つまり都合の良い下町扱いをされているわけだった。


「ねえ、こないだの事件聞いた? まあ、新聞じゃなく噂だから、信用できないけどさ」

「噂は半々だね。どこが核心でどこが誇張なのか。ただ火のないところに煙は立たない」

「じゃあこの話、信じるの?」

「事故を見間違えた、もしくはそれこそ強盗事件の見紛いだろうね。本当に問題のあるものは、絶対に流出はさせないさ」

「させた結果が現状なんだけど…」

「あれは流出ではなく密告だ。とんだ裏切者がいたということさ」


 冷静な声が僅かに震えているのが分かるのは妹である彼女だけだろう。冷静で冷たい雰囲気を持つ彼が、こうして怒気を滲ませるのは珍しい。彼女は指の絡まる手をギュっと握った。すると彼は目を丸くして顔を彼女に向けた。


「お兄ちゃんには私がいるからねっ…」

「っ! アリア…、ああ、分かっているさ。私にとって君は遍く全てに勝る。この自分よりもね」

「それはお互い様だよ…」

「私にとってはそれだけで十分さ」


 驚いた顔を甘く柔和な笑みに変えながら話すエノク。整った美形の顔と背後の青々と茂る木々と日差しが相まってそれは一枚の絵画のように映える。彼女は顔を伏せた。そして繋がれた手を離すことなく足を速めた。

 暫くして、彼らは村の門に到着した。少し寂びれた罅入りの焦げ茶の二本の支柱には村の名前が入った板が渡され、入るものに境界をはっきりとさせる効果がある。彼らは門をくぐった。


「久しぶりに来る。友達とは待ち合わせかい?」

「うん。ここで待ってる」

「なるほど。ん、っといっている間にどうやら来たみたいだね。驚く程にタイミングが良かったみたいだ」


 石と木の混ざった総合的な建築物が規則的に並ぶここは大幅な村開発のなされた場所であることがよくわかる。四方に従って伸びる広い道。中央には川から水を引いて作られた噴水を沿える広場があり、そこを中心に様々な村の機関が設置されている。すると彼が大通りの先を何気なく見つめてる間に到着したアリアの友達が声を発した。


「ごめんごめん、ちょっと遅れた?」

「大丈夫。うん、今日は少し早かったかも…」

「そっか~、安心! それで、そっちの人は? 初めて見るけど」

「お兄ちゃん。私の」

「お初にお目にかかります、エノクと申します。以後お見知り置きを、お嬢さん(レディー)

「ほえ~、ホント初めて知った。お兄さんは私のこと知ってる?」

「黒髪に紅い目、そしてアリアより背が高い。アリアからよく話を聞いているよ、エリスちゃんであってるかな?」

「正~解! お兄さんって不思議な感じだね。アリアと同じ!」

「そ、そう、かな…?」

「やっぱり兄妹なんだなって! まあ、一瞬お似合いだな~とは思ったけど」


 冗談だよ、と前提を置きながら話す彼女に彼は小さく微笑んだ。純粋な子に見えたからだ。嘘の色が無く溌剌としたハッキリしたもの言い。すると暫くして女子達は仲良さげに歩き出した。彼はその一歩手前を歩く。

 村に視線を戻そう。彼らの入ってきたのは東口。通り沿いに歩いていくと大きな水の彫刻が現れ、次いでこの村の市場(マーケット)である露店が姿を見せ始める。小さな村という環境において、各々が開く露店は数少ない資源供給の場所だった。


「ねえお兄さん、お兄さんは行きたいとことかある?」

「私はアリアの護衛をしているまでさ。先日の強盗騒ぎ、君達の中では周知の事情なのだろう?」

「あー、まあね。因みに私が目撃者。鎧つけてたから、多分盗賊だと思う」

「どうりでアリアの話に具体性があったわけだね。というと盗られたのは別にいるのかな?」

「うーん、っていうより店のモノとか盗ってたんだよね。あとすれ違いざまに鞄盗ってったり」

「随分欲張りな強盗だね。となると、被害に遭う可能性はいくらでもあるわけだ」

「そんなことより、早く見にいかない?」

「ああっ、そうだったね。目的は別にあった。2人の好きなところへ向かうといい」


 彼自身に目的はない。久し振りに活気というモノを感じたかっただけだ。取り留めのない各々の会話が1つの音のようになって空間に存在し続ける。足音や生活音。視線を広げれば普段屋内では味わうことのない濃い味付けをした料理の香りや、瑞々しい果物の香りまでも活気の1つといえるだろう。


「そういえば護衛って言ってたけどお兄さんって傭兵だったりするの?」

「私は趣味で武術をかじっているだけさ。捕まえることができなくとも、追い払う程度なら問題はないだろう。この細身では不安かい?」

「そ、そういうわけじゃないんだけど。大人しそうな顔してるからさ」

「ふふ、確かにそれ言えてる。女装したお兄ちゃんはぜんぜん見分け付かないもん。しかも悲しいことに私より可愛い」

「ウソっ!?」

「以前、何度か依頼中に女装したことがあってね。環境に合わせなければならない仕事において、姿形を変えることはそう珍しくはないさ」

「女装しても似合うって…。というよりも、その姿見てみたいな?」

「機会があれば見ることもあるだろう。アリアの友達である限りはね」


 暗に友達でいてあげて欲しい、と微笑みながら彼が言うと彼女は大きく首を縦に振った。彼女達の付き合いは数か月前、彼ら兄妹がこの近隣に引っ越してきてからになる。短時間の付き合いで随分仲良くなったのはいいものの、いつまた引っ越すか分からない彼らにとって友人というのは貴重な存在だった。


「あらエリスちゃん、今日はお友達と…、彼氏さん?」


 中央の噴水を中心に円状に展開される露店をぶらりぶらりと歩く最中、恰幅の良いエプロン姿の婦人の呼び止める声に彼らは足を止めた。二本の支柱とそれに両端を駆ける白い布の屋根、その直下の褪せ茶の台にはクッキーなどの甘いお菓子が包みにくるまれており、心地の良い香りを周囲に振り撒いていた。


「ち、違うよ、おばさん! この子は前に話したアリア! そしてこの人はアリアのお兄さんのエノクさん!」

「へえ~、君がアリアちゃんね。そしてお兄さんと。仲の良い兄妹は羨ましいね~」

「ウルサいっ!」


 チラリと視線を向ける婦人に精一杯の牙を剥くエリスだが婦人がそれを意に介することはないようだ。口元に浮かべた笑みはイタズラっぽく、ただ同時に心配げな色を見せもする。彼はわざと指摘せず財布を出した。そして店頭に並ぶ包みのうち、適当なモノを二つ選ぶと2人に渡した。


「お初にお目にかかります、エノクです。妹が世話になっているようで、これからもよろしくお願いします」

「あらまあ礼儀正しい、こちらこそこんな馬鹿な子だけどよろしくね。きっとお兄さんにも世話になるだろうし」

「それはお互い様です、こちら、代金になります」

「まいどあり。んじゃあまた来ておくれ」


 険悪になりかけた雰囲気をバッサリ切り捨て彼は2人の背を押して歩みを進めた。 

 実に穏やかな雰囲気だった。噴水のへりに腰を下ろし世間話をする人々、広場に落ちた食べ物の欠片を啄む野鳥達。活気と和やかさの入り混じる場所は適度に人を感じるには丁度良い。

 しかし人がいて時が流れる以上、それは永遠の空間から除かれる。全ては唐突に始まるのだ。一瞬、どこかで悲鳴が上がった。彼は咄嗟に2人を連れて後ろに下がる。すると彼らのいた場所には瞬く間に顔を黒布で覆った武装状態の男達が現れた。


「…………」

「な、なに…」

「お兄ちゃん、どうしよう…?」


 まるで場面が変わったように緊張の張り詰める空間。広場を包囲する形で現れた男達はその特徴から先日の強盗犯らである可能性が高いと思われる。状況は芳しくない。相手は武装した人物が複数人。囲みを破り退散することもまた難しく、騎士などの駐屯基地もないここでは外部による救援の希望さえ存在しなかった。


「やれ」


 東側、彼らの歩いてきた方角にいるリーダーらしき男が腕を上げ合図を出すとその左右の男が剣を抜いた。するといまだ囲むだけに留めていた男達が一斉に剣を抜く。

 リーダーが掲げた手を振り下ろす。すると男達は一斉に駆け出すと、突如手当たり次第に人々の腕を掴むと囲いの外へと引き摺り出した。


「エ、エノクさん…っ!」

「君は私から離れてはダメだよ。ここにいなさい」


 至って冷静な彼の目が見据えるのはリーダーの男。そして左右に佇む2人の男。混乱に満ちた悲鳴と怒号がその場を掻き乱す。すると突如、ほんの近くで悲鳴が上がった。彼は急いで視線を手前に引き寄せる。するとそこには1人の男に腕を掴まれたアリアの姿があった。


ゴトッ…


 不吉な音というのは不思議とよく響く。彼は突如引く力がなくなり姿勢を崩したアリアをそっと抱き止める。そしてドボドボと溢れる血に悲鳴をあげ恐怖と困惑を見せる男に自身の持った剣を突き付けると、ボロ布に覆われた鎧の側面をスッと撫でて剣を収めた。


「「…………」」


 事象の展開というのは意外なまでに素早く進む。自身等を囲む男達に向けた恐怖は突如それを容易く斬った彼に対する恐怖に変わる。そして対する鎧武装の男達には困惑が。そしてそれら全てが静寂となって空間を支配するのだ。支配者は彼、エノク。青白さを帯びる刃で切り落とされた手首からはまだ血が滴り、流れ出した血溜まりは蹴り千切られた花の花弁をぷかぷかと浮かせる。彼は落ちた手首を持ち上げた。そして腰を抜かせる男の前に突き出すと、鋭い視線をリーダーの男に投げかけた。


「………」

「………」


 耳打ちで話す声は彼らにまで届かない。しかしそれの内容は日を見るよりも明らかだ。暫くして男達が静々とその場から走り去った。残されたのはまだまだ続く静寂と畏怖の念のみ。

 彼はサッと身を翻すと、おずおずと追従する2人を連れてその場から歩き去った。残された広場、僅かな血臭と砂埃の舞うそこにはお菓子の入った包みを手にした婦人がその背を悲しそうに見詰めていた。

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